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臨時 vol 274 「「看護師が見たアメリカの疼痛緩和の現場」(下)」

医療ガバナンス学会 (2009年10月 4日 08:43) | コメント(0) | トラックバック(0)


     東京大学医科学研究所
     先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
      児玉有子
      看護師・保健師


【仙谷大臣とオレンジバルーン】
 仙谷由人行政刷新担当大臣の記者会見が、しばしばテレビで放映されています。後ろに控えている秘書官の胸元に、オレンジ色風船のピンバッチが着いているのに気づかれた方はおられるでしょうか。実はあれ、緩和ケア推進のシンボルマークなのです。
 仙谷大臣は、がん患者です。2002年に国立がんセンターで胃がんの手術を受けました。それ以降、医療問題に関心を持ち、2006年のがん対策基本法成立に尽力されました。
がん対策推進基本計画では、10年以内にがん患者およびその家族の苦痛を軽減することと、療養生活の質の向上の目標として掲げられました。あれから3年、果たしてどれだけ進んだのでしょうか。
 ドラッグ・ラグに対する国民の認知度は上がり、さまざまな解決策が試行錯誤されています。ところが、同じような状況にある医療機器のデバイスラグについてはまだまだ十分な議論がなされているとは言えません。

【体内埋め込み型ポンプは、難治性疼痛患者への福音】
アメリカでは18年前からがん性疼痛に対して、埋め込み型ポンプを用いた疼痛治療が行われています。体内埋め込み型ポンプから出たチューブの先が第12胸髄腔に留置され、髄腔内に直接モルヒネを注入します。心臓ペースメーカーと埋め込み型ポートを足したような存在と考えれば理解しやすいでしょう。
ポンプの埋め込み手術にかかる時間は1時間程度、アメリカでは外来で手術しています。ポンプを体内に埋め込むことで、患者の日常生活の邪魔にならず、かつ一定の量の薬剤を持続的に注入できます。
 モルヒネを用いる場合、副作用対策に注意が必要です。例えば、モルヒネを服用する患者の一部は、便秘、眠気、吐き気に悩まされます。一方、埋め込み型ポンプを用いれば、このような副作用は緩和されます。便秘や吐き気は1/3から半分程度に減ります。それは、髄腔投与は、経口投与の300分の1の量のモルヒネで済むため、全身性への影響が少ないからです。
例えば、今回の見学で紹介されたナンシーさんは、モルヒネの経口投与だけでは、痛みをコントロールできず、泣きながら過ごしていましたが、埋め込み手術後は普通の生活を送ることができるようになりました。


【体内埋め込み型ポンプはデバイスラグの典型例】
 アメリカにくらべ7%程しか麻薬が処方量されていない日本では、まだまだがん患者の疼痛対策は十分とは言えません。このような器械が導入できれば、痛みが軽減され行動範囲が広がるでしょう。
体内埋め込み型ポンプは、国内での適応が海外に比べて大きく遅れているというデバイスラグの例です。体内埋め込み型製品そのものは2005年に脊髄損傷や脳性麻痺による重症の痙縮に対して承認を得、保険診療で行われていますが、がんの疼痛対策への仕様は適応外です。アメリカでは1991年に承認され、臨床応用されているのに、我が国では治験の要否を含め、適応拡大にいたる道筋ははっきりしていません。
また、既に承認されている薬剤ではありますが、適応の拡大に当たって、それぞれについてどのような追加試験やデータが必要かについては検討が進んでいません。患者さんや医療現場のニーズに迅速に応えられるような手当てがなされることが期待されます。


【埋め込み型ポンプ導入の基準】
 埋め込み型ポンプの導入は、モルヒネの経口投与や注射では十分な疼痛緩和が得らない人が対象になります。多くは進行がんの患者です。
モルヒネの内服量が1日200 mgを超えることが予測されれば、埋め込み型ポンプの使用が検討されます。この規準は、欧州と米国を舞台とした多施設共同研究の結果に基づくもので、2000年代初頭にJournal of Clinical Oncology や Annals of Oncologyなどの権威ある医学誌で発表されました。
 ただ、臨床現場では、この規準は杓子定規に当てはめられていません。患者さんの状態にあわせて、微調整されています。例えば、予後不良で強い痛みが生じやすい膵臓がん患者では、診断後早期に埋め込みます。また、主治医が、痛みが問題になりそうだと考えた場合には、規準にとらわれず、早期に埋め込むこともあります。彼らは、「耐え難い痛みがある患者すべてが適応患者である」ということを強調していたのが印象に残りました。


【メディケイドでも認められる医療行為です】
では、埋め込んでいる人の経済状態はどうでしょうか。実は、埋め込み型ポンプはメディケイドでも支払いが認められている医療行為です。もちろん大半のプライベート保険ではカバーされており、アメリカでは誰でもが受けることができる普通の医療になりつつあります。
 もちろん、そんなに安い器械ではありませんが、米国では埋め込み型とそうでない硬膜外・対外式ポンプを比較した場合、疼痛管理を始めてから3ヶ月後にはその費用はむしろ埋め込み型のほうが安価であるという研究結果もあります。


【これまでに経験した副作用やトラブル】
 これまでに埋め込んだ人のうち10%弱の人では、期待する効果が得られませんでした。その最大の理由は、創傷治癒が遅延し、埋め込みを維持できないことです。
医療機器の埋め込みに付きものの、感染症の頻度は1%程度です。これまでに、機械の誤作動で過剰投与になったり、機械が故障したというトラブルはないようですが、患者さんが自らハンマーでたたき壊したという例があったようです。
 このようなアクシデントを経験することで、アメリカの医療界はノウハウを蓄積しています。医療機器の活用には、患者・医療者のノウハウの蓄積が必須です。日本がアメリカに追いつくには、経験の蓄積が必要で膨大な時間がかかりそうです。

【埋め込み型ポンプ普及の障壁】
 体内埋め込み型ポンプを普及する上での障壁は、専門外の医師の無理解でした。特にがんの専門医は、なかなか共感してくれなかったようです。
ところが、この医療行為が普及するには、がん専門医から疼痛専門医に、早期に患者が紹介されることが必要不可欠です。
疼痛チームがまずしたことは、各診療科が集まっている医局で腫瘍医との非公式なディスカッションを積み重ねた事だそうです。最初は非公式だったディスカッションは段々と格上げされ、今では定期的なカンファランスも実施されていますが、疼痛専門医は「何よりも非公式でのディスカッションを繰り返すことで信頼関係を構築できたことが良かった。」と振り返っていました。さらに、実際にこの器械を用いて疼痛が緩和された患者さんとがん専門医との対面を促し、がん専門医にもその効果を目で見てもらったことも有効だったそうです。
今では、疼痛専門医とがん専門医の間に信頼関係ができ、患者さんは早い段階で疼痛緩和チームの診察をうけることになっているそうです。異職種の連携にはコミュニケーションが重要。洋の東西問わず、状況は変わりません。
 

【自宅で過ごし、訪問看護師やかかりつけ医がフォローしています】
 埋め込み型ポンプを使用している患者の多くは、病院から2時間程度かかるところに住んでいます。手術当日と翌日は、病院近くのホテルで泊まり、それ以降は2週間から1ヶ月の間隔で通院しています。
 埋め込み患者の大部分は自宅で過ごし、かかりつけ医や訪問看護師によりケアされます。導入後に急な痛みを生じたり、器械がアラーム音を発しているときには、まず訪問看護師が対応します。訪問看護師は、自分の受け持ち患者が器械を埋め込むとなれば、病院とメーカーから操作法などのレクチャーを受けます。訪問看護師では対応困難な場合には、メーカーが雇用している看護師が患者宅に出向き対応します。


【医師とメーカーの関係】
 医師とメーカーの関係は微妙です。完全に関係が途絶すれば医療事故が増えて、患者さんに不利益がでます。一方、癒着すれば不正の温床になりかねません。
先日開かれた中医協では、メーカーの担当者と医師個人の関わりについて議論され、技術指導は許可しているが、それ以外の接触は一切排除しているという病院の例が紹介されていました。雑談も許さないようでは、円満なコミュニケーションなど出来るはずがなく、厚労省と御用学者の「机上の空論」に過ぎません。
私が訪問した病院では、両者の関係はもっと自然でした。1ヶ月間に20例以上の導入を行い、精力的に疼痛対策を進めている医師は、メーカーの担当者のことをとても頼りにしていました。「ここ数年、ずっと一緒にいるようだ。」と。
 癒着を望む人はいません。しかし、医師とメーカーが患者さんの治療に関わる多くの情報を共有することは非常に意味がある事であり、また個人的な信頼関係があるからこそネガティブな情報交換もスムーズにできます。
 

【さいごに】
 今回、出会いもっとも親身にかつ有益な情報を提供してくれたのは盆栽を愛する40歳の医師でした。「がん性疼痛をなくすことは自分のパッションだ。」と何度も繰り返し、「今日から一緒に取り組もう。」と握手をしました。
 我が国でも、オレンジバルーンの効果により、緩和ケアの知識が普及し多くのがん患者さんに緩和ケアが提供される日はそう遠くない将来おとずれるでしょう。従来の緩和ケアだけでは消えない痛みの治療に、医療機器の力は欠かせません。日本における痛みからの開放はデバイスラグの解消と共に訪れるという思いを強くしました。

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