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Vol. 301 「さらば厚労省~それでもあなたは役人に生命を預けますか~(著:村重直子)」を読んで

医療ガバナンス学会 (2010年9月21日 06:00)


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「さらば厚労省~それでもあなたは役人に生命を預けますか~(著:村重直子)」を読んで

東京医科歯科大学医学部医学科2年  大熊彩子
2010年9月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は、現在医学部の大学2年生でありまだ教養学部に在籍している。週に一回医学部のキャンパスに行って医学関連の授業はあるものの、医学的知識はまだ殆ど ない。しかし将来このまま無事に学年が進めば医師になるという意識はある。大学受験を終えてから1年半ほど、まだまだ医師として働く、という事や医師とい う職業の可能性のイメージは曖昧なままで、著者の経歴を見て何かよく分からないけれど面白い、という印象を持った。実際にこの著作を読み進めるにつれ現場 の様子やその場面場面で筆者が感じたことが分かり、筆者が医師として歩んできた道のりに興味を持って読み進めた。読了後、大きく分けて2つの事を感じた。

まず感じたのは「組織としての行き詰まり」だ。著作内では、インフルエンザ対策の不合理な一連の対策のいきさつを中心に、厚労省の医系技官の能力の無 さ、ペーパードクターである彼らがいかに不合理な政策を打ち出し、現実の医療を担う現場の医師たちに負担を強いているか、という主張に主点がおかれてい る。

水際対策をデータに基づかずに感覚的に行ってしまった厚労省のインフルエンザ対策の話や自分たちの立場で負荷をかけやすいところに負荷をかけるというや り方の説明を読んだときに、何かこの、曖昧なまま集団内の空気と常識に引きずられてしまう感覚はどこかで感じた事がある、と思った。稚拙な例えかもしれな いが、小学校時代の学級会や生徒会だ。私は学級会や生徒会で進行役をしては、苦労していた。お楽しみ会ひとつの企画をするのであってもコンセンサスを上手 にとる手段がわからず、多くの時間がとられ、結局なし崩し的に生徒会メンバーの常識だと思っている事で有る程度決め、各生徒に役割を分担した。生徒のニー ズを把握する手段を持たず、しかしながらどうしても自分たちが何となくやりたいこと、やり易い事だけはしっかりと分かるので、その立場において煩わしいこ とは避けがちになってしまう。結果的に生徒たちに不満が残ってしまった。私を含め、生徒会に故意に自分の利益になるようにした人間がいた訳ではないと思 う。ただ、事実を判断するツールがなく、検討するための手段をもたず、曖昧な感覚で進められる議論が多かったのだ。

どんな組織においても何かの専門知識やプロフェッショナリズムというのは突破口になり、そこからやっと建設的な議論がはじめられる。厚労省の医系技官の 場合求められるのはデータ処理能力、科学的思考能力、全体を俯瞰できるような知識だろうか。政治家においても政治家としてのプロフェッショナリティ、判断 力が求められると思う。

しかしこの本から読みとれることは、それ以前に「医系技官と言うシステムが問題であるということ」だ。ひとつの医系技官という終身雇用の利益集団が形成されてしまうことが、国民のためのシステムとして機能しにくいということである。

まだまだ私は不勉強で政策の議論の妥当性や技官としてのシステムが本当に成立しないのかなどを批判的議論ができるほどの目を持ってはいないが、この本を読んでそのような印象を持った。

もうひとつこの本を読んで感じたことは「臨床医としてのプロフェッショナリズム」だった。著者は東大卒業後すぐに米国で研修を受け、臨床医をしている。 米国には米国の屋根瓦式の医師をトレーニングする制度があり、その経験に基づくエピソードが私にとっては刺激的で非常に面白かった。レジデント同士の熾烈 な争い、直属の先輩から様々な物を授けてもらうシステム。経済的に、また事務処理の狭間で見過ごされてしまう危険性が常にある米国の患者。
日本の医療環境は現在、医師が過酷な長時間労働を強いられ、患者にリスクが及ぶほどであり、施設環境も米国と比べ楽観視できる状況にない。しかし、現場 の医師の奉仕精神や匠の技に支えられた日本の医療は安心できる面もある。医療においての奉仕精神はそれを強要されるべきものではないかもしれないが、それ が息づいている日本の医療はその点で非常に素晴らしく、日本という風土に沿って涙と感情があるものだと思う。また、その意識が根底にあるからこそ網のよう に患者を支える事が出来る。

このように、臨床医に憧れをもてるようになったのは私にとって大きな財産だ。私自身元々高校時代は文系を選択していた時期があった。その影響からか、ど うしても医療が狭い世界に見えてしまい、狭い分野の医療だけでなく幅広い分野にまたがる仕事、世界を股に掛けるような仕事がしてみたい、という漠然とした 気持ちから、医系技官も進路のひとつに入っていた。
医学部入試をうけながら、なんとなく自分の臨床医としての未来がイメージできず、臨床医としてのやりがいが分からずにいたのである。18、19歳の高校 生で医療現場や医師の仕事を知らずに医師になるという覚悟を決めるのはなかなか難しい。私のような医学生はだんだんと病院研修をしたり実際の医師と話をし たりしながら学年が進むにつれ、医師になるという覚悟ができていくのだろう。私の場合は、この本を読み、医学部入学後医師としての将来について考えていく ことによっても少なからず意識が変わった。今回の読書を経て「臨床医としてのプロフェッショナリティ」にとても共感を覚えるようになった。助けたいという 思いと技により医療に貢献していくことに素直に憧れるようになれたのである。

最終的にこれら二つの感想からこの本を読んで感じたことは、どのような世界においても「全てを少しずつかじったことのあるひと」ではなく「プロフェッ ショナルな人材」がほしい、そうでなければ解決できない場面があるということである。人が最後に拠り所とすることができるのは実際に自分の身についたもの だけであるということが分かった。そしてオーケストラにひとつの楽器でありながらバイオリンのようなフルートのようなチェロのような、中途半端な音色を もった楽器はいらない、ひとつひとつの異なる音色をもった別の種類の楽器の音が重なってハーモニーとなるのだ、という、高校に講演に来た数学者の言葉を思 いだした。

これから私がどのような道を進むかは分からないが、プロフェッショナルとして自分自身ができることを確立していきたいと感じた。

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