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Vol.139 なぜIVF大国・日本で不妊治療を受ける中国人が少ないのか?

医療ガバナンス学会 (2019年8月13日 06:00)


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段雪飛

2019年8月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

◆はじめに
2015年10月に「一人っこ政策」が解除されて以来、二人目を求めて不妊治療のニーズが中国で急速に高まっています。高まる国内ニーズに対して中国国内の治療体制整備は追いついておらず、海外で不妊治療、特に体外受精・胚移植(IVF)を受ける人が増えています。日本は世界で最もIVF件数が多い「IVF大国」です。ですが、中国から日本へIVF治療を受けに来る人は思ったよりも多くありません。なぜでしょうか?

実は日本における中国IVF市場は何軒かのクリニックに独占されており、ほとんどの不妊治療クリニックが部外者というのが現状です。不妊治療はクリニックにより内容が大きく異なり、他のクリニックと差別化するためにあえて一つの方法しか提供しない場合もあります。そのため身体に負担の大きい方法や、効果が認められない治療を続けられる場合もあります。一部のクリニックが独占している現状ではそうした問題が起こりやすく、大きな健康問題を引き起こす可能性があります。

では、現状で中国IVF市場に参入していないクリニックは中国からのIVFニーズにそもそも消極的なのか、それとも積極的に参入したいがそのノウハウがないだけなのでしょうか。一つの大きな問題は、体制が整備されていないことに他なりません。日本産婦人科学会、そして学会に追従するクリニックは問題があることを知りながら現在までこれを見過ごしてきました。保守的な文化を持つ日本、とりわけ医療業界ではこうした新たな問題に取り組むことは大きなストレスかもしれません。しかし観光立国の政策下、インバウンドや医療ツーリズムが年々増え、高度な補助生殖技術を求める巨大なニーズが高まる中、中国IVF市場との関わり方を考えるべき時期がきているのではないでしょうか。
本稿では上で述べた中国における不妊治療ニーズの高まりや日本における受け入れの現状について詳しく解説していきます。

◆中国で不妊治療を受ける人の割合
不妊は日本では病気の扱いを受けていませんが、国際的には、がん、心臓・脳血管障害に継ぎ、21世紀における三大疾病とされることもあるとご存知でしょうか。実は日本の隣国である中国は、自然環境の悪化、ストレス、晩婚などに影響され、不妊問題に悩まされる不妊大国です。

中国平安証券研究所の統計によると、現在中国において不妊の有病率は12.5%~15%と高く、このうち、20%前後は高度生殖補助技術(胚移植(IVF)等)によって治療される必要があると推測されています。中国第六回目の人口数調査(2010年実施)に基づいた推測では、2019年の出産適齢女性(21歳~49歳)は3.08億人、内、45歳~49歳までの女性は19.7%(約6000万人)、高齢出産者となる35歳以上の女性は全体の50.6%(約1.5億人)となります。年齢が上がるにつれ、高齢女性は正常な生理周期があっても、卵巣機能の低下、子宮内膜受容性の降下、卵胞衰退、卵子の品質が悪化等、諸々の要因から妊娠率や出産率が下がり、一方で流産率は上がります。

上述の不妊有病率で推算してみると、2019年度で、中国出産適齢女性(21歳~49歳)のうち約3850〜4620万人が多かれ少なかれ不妊問題に悩まされていると推測されます。さらにこのうち20%前後は高度生殖補助技術(IVF等)によって治療される必要があると計算すると、約770〜924万人の市場ニーズがあります。また、高齢出産者となる35歳以上の女性は出産適齢女性全体の50.6%もあることから推測すると、実際に高度生殖補助技術(IVF等)が必要になるのは770〜924万人を大きく上回る可能性が考えられます。

◆中国における不妊治療の現状
2015年10月には、中国当局は全面的に「一人っ子政策」を解禁したため、二人目ブームが発生しています。「二人目が欲しいが今からでは高齢妊娠になるため、不健康な子を避けたい」、「二人目は一人目と違う性別の子がほしい」等のニーズも浮上し、着床前スクリーニング(胚移植前に胎盤になる細胞の一部を取ることで遺伝子検査を行う技術)などの高度IVF技術の需要が増えました。また、今回の本題からは少し外れていますが、単身女性卵子凍結についても、2019年の全国人民代表会で熱く議論されており、若い女性の中で大きな関心を集めています。
さて、この巨大な市場ニーズに対し、中国国内の不妊治療の現状はどうでしょうか?不妊治療施設、技術面、法律面の3点からご紹介をしたいと思います。

まず、不妊治療施設に関してお話をします。データは少し古いですが、2016年12月31日までに、中国当局に「不妊治療施設」として認定されている病院数は、全国で451軒となります(2019年5月には497軒)。そのうち、広東省56軒、河北省29軒、江蘇省29軒、河南省28軒、浙江省27軒でトップ5にランキングされていますが、中国の経済中心と言われている上海は18軒で10位、政治中心で言われている北京は17軒で11位と意外に少ないことがわかりました。これらの不妊治療施設において、年間治療可能な件数は20万件~30万件(周期数)前後だといわれています。
また、許認可がある施設はほとんど公立総合病院の産婦人科です。公立総合病院では治療資源(先生の人数や手術室数等)が限られ、治療関連の諸手続きが煩雑であるため、治療周期に入るまでの所要時間が長い(半年以上)のが現状です。病院によって、一日に診る患者数も設定され、予約を取るため夜中から列を並ぶとか、転売屋から高額で診察番号を購入しないといけないこともあります。施設内の診療環境も悪く、混雑により待ち時間が長いなど多くの問題があります。

技術面はどうでしょう?中国では、胚移植(IVF)の技術を「一代目~三代目」でわけます。一代目IVFはふりかけ受精法(卵子に精子をふりかけ受精させる)、二代目IVFは顕微授精(採取した精子から1つを取り出し、卵子に注入する)、三代目IVFはPGS/PGD(出生前スクリーニングの併用)です。現在、中国でメインに使われているのは一代目のふりかけ受精法と二代目の顕微授精法(ふりかけで成功しない場合のみに限る)であり、三代目(PGS/PGD)の技術を持つ病院は北京1軒と湖南省1軒しかありません。二代目・三代目の技術は時間も人手も一代目の方法よりはるかにかかりますから、「患者が多すぎて二代目まで対応する余裕さえもないのに、三代目の研究や対応ができるはずがない」というのが病院側の本音です。

さらに、IVFに関する技術について議論するにあたり、排卵誘発法や反復着床不全・反復流産の問題は重要です。自然周期では、通常1個の卵子しか成長・発育しませんが、胚移植にあたっては一度に多くの卵子を取るために薬剤を用いて排卵誘発を行います。排卵誘発法には、注射を使って一度に多数の卵子を採取するための高刺激法から、飲み薬のみを使ってより自然に近い形で採卵する方法、完全に自然周期で育った卵子を採取する方法などがあります。このうち現在中国ではよく使用される排卵誘発法は高刺激法(アンタゴニスト法)です。一回で多くの卵子が取れるのはメリットですが、母体への侵襲が高く、成功しない場合次回までの回復期間が長いなどのデメリットがあります。

この刺激法の大きな欠点として、発育した卵子から大量のホルモンが分泌され、腹痛や腹水貯留が起こり、最悪の場合死に至る卵巣過剰刺激症候群(OHSS)という病気が起こりやすいことが挙げられます。中国ではOHSSケアがほとんど整備されておらず、また術後に感染症や合併症が発生するケースも多くみられます。また、採卵は実施する医師の経験により方法が左右されることが多いですが、方法によっては痛みが強く、採卵時の出血が多くなる場合もあります。また、反復着床不全・反復流産を起こすいわゆる不育症の患者に不妊治療を行う場合では不育症の検査や治療が必要ですが、そうした治療が十分に行われていない場合が多いことも大きな問題となっています。

最後に、法律面のお話をします。現在、高度不妊治療について、中国立法面に色々と制限があります。治療が法律に基づき結婚する夫婦(結婚証明書、結婚証明書の公証書等煩雑な手続き)に限定されるのは当然のこと、精子バンク、卵子バンクを利用することも厳しく制限されています。高齢出産者が増加しているにも関わらず、染色体異常を検査するPGS/PGDの利用も大きく制限をされています。また、前述の通り卵子凍結の議論が始まっておりますが単身女性の卵子凍結を対応できる病院はまだありません。(ちなみに、現在卵子凍結が中国国内でできない原因は、法律面の制限以外、卵子凍結・解凍技術はまだ未成熟だからとも言われています。)代理母や、独身のIVF、及び卵子・精子・受精卵の海外郵送はもちろん法律上で禁止されています。

◆海外IVFという選択肢
ここまで、中国のIVFニーズと治療現状を述べてきて、読者の皆様には、中国国内のIVF治療はすでに一部の患者ニーズに合わないことがおわかりいただけたかと思います。こうした実情を背景にして、海外IVFは富裕層や特別なニーズを持つ患者の新たな選択肢となりました。現在海外IVFを受ける上で人気がある国は上から順にタイ、アメリカ、カンボジア、ロシア・ウクライナ、そして日本があります。次回は日本で治療を受ける中国人がなぜ思ったよりも少ないのか、その原因について詳しくお話しします。

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