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Vol.183 東京電力が認めない原発事故による長期避難の健康弱者への影響

医療ガバナンス学会 (2019年10月28日 06:00)


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この記事は2019年9月4日に医療タイムスに掲載された文に加筆修正を加えたものです。

南相馬市立総合病院 外科
澤野豊明

2019年10月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

災害時には多くの住民が健康影響を被りますが、高齢者や障害者、病人に代表される健康弱者への影響は特に顕著になり得ます。福島第一原発事故も例外ではなく、高齢者や入院患者などの健康脆弱層において、避難に伴うと考えられる著しい健康影響が観察されています。例えば、南相馬市の老人介護施設の高齢住人では緊急避難による死亡リスクが緊急避難しなかった群に比べて約3.4倍高かったことがわかっています。その一方で、健康脆弱者への健康影響のうち、長期的な避難が健康に及ぼす影響については未だ検証が不十分です。

私は先日まで南相馬市立総合病院で勤務していた外科と公衆衛生を専門とする医師です。私たちは被災地で原発事故をきっかけに健康に不具合が生じてしまったケースを検証するため、2016年6月から定期的に弁護士と医師の勉強会を開催しています。その勉強会で以前話題になったのは、「長期避難による健康影響を東京電力は認めてくれない」ということでした。もちろん、原発事故が起きた直後に避難によって亡くなってしまったケースについては、東京電力も原発事故の影響として一部過失を認め賠償の責任を負っています。しかし、上述の通り健康弱者では、一般の方に比べて災害の影響を受けやすく、その影響を及ぼす大きさも期間も一般の方よりも大きく・長くなることが予想されます。そのため、個別に考慮すべき事情はあるでしょうが、原発事故によって生じた長期避難の影響を全く認めないことには問題があると考えています。

今回、弁護士さんとご遺族の多大なご協力を得て、弁護士と医師の勉強会で議論になった症例を英文医学雑誌Medicineで発表することができましたのでその詳細について解説したいと思います。実はこの症例は以前に東京電力から「亡くなったことと原発事故による長期避難に直接の関連はない」として、賠償を拒否されたため、悲しみに暮れるご遺族が弁護士に相談したケースでした。しかし、私たちが医学的検討を行った結果、この患者さんは元々肢体障害を有しており健康影響を受けやすい患者さんではありましたが、医学的には避難の影響を大きく受け、死が早まってしまったと考えられました。なお、小文を執筆するにあたりご遺族の許可を頂いていることをここに付け加えさせて頂きます。

右下肢に血管腫(先天的な血管奇形)を持ち、震災当時56歳だった男性は福島第一原発からほど近い富岡町に家族と共に住んでいました。右下肢の自由はほとんどきかなかったものの、杖を使って移動もでき、彼は家族とともに自宅で生活をしていました。

2011年3月11日に地震と津波を受け、翌12日に原発事故による避難命令が発令されて以来、男性と家族は繰り返し避難を強いられました。避難所は全ての被災者に開かれてはいましたが、障害者に対して特に設けられたスペースはなく、彼は一般の被災者の迷惑になることを恐れてほとんどの時間を車の中で過ごしました。度重なる避難に伴う劇的な環境変化は彼に顕著な身体的負担を課しました。加えて、家族に自分の存在が負担をかけているという申し訳なさから精神的ストレスも感じでいたのではないかとご遺族は振り返ります。

避難開始から3ヶ月後、発熱と動悸のため、彼は避難先のホテル近くの病院を受診しました。精査の結果、心房細動(不整脈)と心不全と診断され緊急入院となりました。入院中、心不全によって血管腫の動静脈瘻の悪化(動脈と静脈が交通し、それよりも末梢の循環が阻害)し、右足先に潰瘍を形成してしまいました。入院から約1ヶ月後に退院となりましたが、下肢潰瘍は難治性でその後彼が亡くなるまで治ることはありませんでした。

度重なる避難、そして入院によって彼の身体を著しく弱ってしまいました。退院後は他の被災者と同様に仮設住宅に入所しました。仮設住宅は障害者にとって特に使い勝手が悪い環境で、周囲の道路は舗装もされていないため外出もままならず、家族の助けが必要な入浴も狭すぎるため困難でした。2013年7月からは全身状態が更に悪化し家族の手を借りても外出は困難となり、唯一の楽しみだった富岡町にある自宅への一時帰宅もできなくなってしまいました。本人は家族との時間を大切にし、入院を望まず、定期受診以外には病院を受診しませんでした。2014年2月のある夜、下肢潰瘍からの出血と潰瘍への感染のため再入院になりました。輸血や抗生剤での治療のかいなく、入院して約3週間後に敗血症性ショック(敗血症とは、血液中に細菌が周り、重症な場合は全身臓器が機能不全に陥り死亡する重篤な病態)の診断で永眠されました。

本症例は身体障害を持つ男性が度重なる避難の後、不整脈と心不全を発症し、原病の悪化に伴って右下肢の難治性潰瘍を患い、結果として潰瘍からの出血・感染によって敗血症となり約3年後に死亡したものです。この患者では長期間に及ぶ避難に適応できず、身体的・精神的負荷によって原病が悪化し、死期が早まってしまったと考察されました。

地震や津波による直接的死と比較して、放射線災害後は震災関連死が起こりやすく、それが長期間に及ぶことが報告されています。加えて身体障害者は、一般人と比較して、災害後の環境的・精神的負荷に対して、より影響を受けやすい可能性があります。つまり、本症例以外にも健康的脆弱層における死亡率は長期間にわたり増加する可能性があります。

前述の通り、健康弱者の長期避難の影響に関しては科学的な検証が現状不十分なため、東京電力は一般的な見解として原発事故からある程度の時間が経って亡くなったケースでは、亡くなったことと原発事故の影響の因果関係を認めていないと考えられます。確かに、原発事故の避難の影響とその患者さん自身の因子の死への影響をクリアカットに分けて考えることがおそらく困難でしょう。しかし、特に健康弱者では、本症例のように、本当に原発事故の影響が賠償額に寄与しないほど小さいのかを個別に見当が必要なケースが少なからずあるはずです。本症例は、私たちが医学論文にして検証し、今回発表した医学論文を根拠の1つとして使用し、弁護士がADR(原子力損害賠償紛争解決手続)を申請する予定です。

東京電力は今回の事故を猛省し、後世のためにどんな健康弱者がどのようなプロセスで長期避難の影響を受けるのかを検証する使命があると思いますが、現状はできるだけ賠償金を抑えようとして、その検証はおざなりになっているように見受けられます。私たち医療従事者も、身体障害者をはじめとする健康脆弱層に対する災害の影響の全体像を理解し、どのようなサポートが災害による彼らへの負荷を最小限にし、どのように災害時に彼らの健康を守ればよいのかを明らかにするため更なる研究が行なっていく必要があると考えています。

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