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    <title>MRIC by 医療ガバナンス学会</title>
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    <title>vol 92　医師養成はトコロテン方式</title>
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    <summary>医療制度研究会　中澤堅次2010年3月11日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会...</summary>
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        <![CDATA[医療制度研究会　中澤堅次<br /><br />2010年3月11日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[■　実働医師数が増えない理由<br />　新人医師は毎年約7千人養成され、医師の総計は、引退する数を差し引き毎年4千人ずつ増えるといわれている。<br />実働医師数を考慮し医師数を計算すると、医師の養成はトコロテンを毎年一塊ずつ筒の中に入れて押し出すような形になっており、一塊ずつ補給された医師は毎年正確に一年ずつ筒の中を移動し、筒の長さの分だけは増加するが、最終的には順番に筒の端から押し出されるようになっている。<br />医師の養成数が一定とすると、高齢年齢層を除き、各年齢層では一年ごとに人が入れ替わるが人数は固定しており、たとえば50歳以下と年齢を区切って合計すれば、この層は何年経っても同じ医師数で組成も変化しないというショッキングな現象を確認した。<br />これに都会への集中と診療科の選択が加われば、地方の医師は減り続ける可能性があり、また首都周辺の医師不足は今後高齢化で加速すると考えると、深刻な事態が予想される。<br />緊急に医師を増やさなければならないが、医師が現場で活躍するためには8～10年かかり、援軍が駆けつけるころにはすでに高齢人口はピークを過ぎるところもでる。難しい判断だが事実は事実、しっかり検討して政策に反映しなければならない。<br /><br />■　医師需給の具体策を国内の水準で考える<br />医師の養成は何人必要か？具体策はまだ示されていない。<br />医師の充足度にスタンダードを決めるとすこし具体性が出る。<br />OECDの平均という水準があるが、各国の数値はばらばらで根拠が理解されにくい。<br />英国は不足で医師数をあわてて増やしたが、日本はなかなか医師数の増加に理解は得られない。<br />日本独自の水準を考えるとき地域格差に注目すると、一極集中で医師を集めている東京の水準が考えられる。<br />わが国としては最大限の見積もりになるが、それでもOECDの平均値には達しない。<br />もう一つの指標は全国平均で、地方格差を考えると急いで確保しなければならない最低水準と考えることが出来る。<br /><br />■　医師の充足率は高齢人口当りの医師数で推計できる<br />医師の充足率は一般的に人口千人当り医師数というように、全人口に対する比率で議論されるが、これでは、高齢になると病人が増加する医療の特性が消されてしまう。<br />実際に2004年以前15年間に、全人口の増加率は2,8％だったが、50歳以上の人口は40％増加した。<br />少なくとも医療の需要に関係する指標は高齢人口を無視すると間違える。<br />ちなみに2006年から高齢人口の伸びは緩やかになったが、増加傾向は2025年まで続きその後一方的な需要の減少が続くと予想される。<br />急性期医療の需要は50歳から84歳の人口の推移をもって推測するほうが実態に近い。<br /><br />■　医師数の将来推計はトコロテン方式で計算される<br />医師数はトコロテン方式で補給されることを考えると、実働医師は年齢を区切って考える必要がある。<br />勤務医の状況に合わせて、50歳以下か60歳以下の医師数を当てれば、先に示したように将来でも一定値を示すと考えられる。<br />将来予測は同じ数値で置き換えて推計が可能である。もちろん全医師数を用いる推計は実態を反映しない。<br /><br />■　医師の不足数の推計は都道府県単位で行う<br />地域格差はすでに顕在化しており、国全体の医師数を決めても意味が無い。<br />都道府県ごとの高齢人口（50～84歳）と、60歳未満の医師数を当て、全国平均の水準に達するに必要な医師数を計算することで、地域差を含めた需給を推計することが可能になる。<br />同じ手法で、都道府県別の高齢人口の将来推計と、トコロテン方式で固定される実働医師数から将来の需給も予測が可能である。<br />現在の段階で、全国平均に達していない都道府県の医師数を、全国平均並みに引上げるのに必要な医師数は、すでに達成している都道府県をゼロにして合計すると、2010年現在で約2万人となる。<br />2万人の医師を養成するには、10年間で毎年2千人、5年間に短縮すると、毎年4千人になる。<br />現在計画されている定員増は年間千人規模であり、最低限の需要を満たすのに十分な数とはいえないがかけ離れた数値ではない。ちなみに東京の水準に引き上げるに必要な医師数は約20万人である。<br /><br />■　地域間格差は地域枠で解消する<br />従来どおりの医師の配分では東京への一極集中が加速される。<br />水準に満たない道府県の医師を増やすためには、地方が将来の需要を見込んで養成する医師数を決め、奨学金を出し、学士入学で期間を短縮し、卒後は出資した地方での勤務を義務つける地方枠で医師を確保すべきである。<br />この方式はかつて医学部が無かった沖縄が本土の大学に地域枠を設けた歴史がある。<br />医師養成は地方格差を縮小するというはっきりした目的のもとに、全国規模で地方枠を確保するくらいの覚悟が必要だろう。<br /><br />■　医学部定員増は15年間で次の段階に。<br />医学部定員を増やす方式の効果が出るには10年かかる。<br />今は定員増が必要だが、わずか十数年間養成を続ければ、今度は削減を考えることになる。<br />15年間医師養成を続けた年に、入学する学生が、実働の医師になるのは今から25年後、その頃老年人口はすでに減少期に入り、急性期需要は減ってくる時代になっている。<br />すぐには過剰となるわけはないが、今度は定員削減が課題となる。何処を残すかまたどのように削減するのか、これにも高度な予測能力が必要となる。<br /><br />■　新設大学は役割を明確にする<br />新設大学を作るのであれば、地方間格差を是正する目的を鮮明にし、国策として地域枠と臨床重視の即戦力養成を図るべきである。<br />役割を終えたら他の目的に転用できるような柔軟性も必要である。<br />国は危機管理に国税を使用し、危機とは関係の無い分野を民間に任せるべきである。<br />危機の回避に民間を利用するやり方は、撤退戦では自由度を欠き、失敗すれば民間も危機に巻き込むことになる。そのくらい今の医師需給は逼迫していると思う。<br /><br />■　医師の増員の効果が出る前に看取りと介護の充実を<br />結論は元に戻るが、少なくとも今後10年間医師は充足することはない。<br />実働医師は大事に使わないとならないが、事業の内容を整理し、医師に頼らず、医師以外の職種が肩代わりできる体制を築くことしか方法が無いように思う。<br />医師中心に行われてきた診療内容、特に自然死に関する意識改革を進めること、つまり、病院に行く前の看取りや介護の体制を充実することが、雇用拡大の面でも、国民負担を減じる意味でも重要である。<br /><br />■　国の舵取りに関することは民間で無く国が行う。<br />40歳を超えると勤務医は開業する傾向がある。<br />この部分に制限が加えられれば勤務医の減少は避けられ、開業医も過剰になるのを避けられるかもしれない。<br />しかし、地方によっては開業医も少なく、勤務医も国家の意志だけで一生を左右することは出来ない。<br />少なくとも返還不要な奨学金と、ドイツのような老後も含めた保障も必要になろう。<br />ややもするとこの国は、本当に必要なことには費用がかかるという理屈で軽視する傾向がある。<br />国の舵取り、特に撤退戦に類することは国がやるべきであり、民間に任せて逃げていては氷山に衝突する危機を避けることは出来ない。<br />]]>
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    <title>vol 91　「未承認薬のコンパッショネート使用」の早期制度化を</title>
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    <published>2010-03-09T23:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-11T12:11:18Z</updated>

    <summary>　京都大学大学院医学研究科　　社会健康医学系専攻・健康情報学分野　　　寺岡 章雄...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[　京都大学大学院医学研究科<br />　　社会健康医学系専攻・健康情報学分野<br />　　　寺岡 章雄<br /><br />2010年3月10日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[　わたしは京大SPH(School of Public Health)の専門職学位課程大学院生として、日本･世界の薬事制度・医薬品政策を研究テーマとしている。<br />　「未承認薬のコンパッショネート使用)(compassionate use of unapproved drug: CU)は、命を脅かす疾患や強度の衰弱をもたらす疾患などで治療手段が他になく、臨床試験への参加もできない患者に、未承認薬へのアクセスを可能にする公的な制度である。<br /><br />　日本にはこの制度がなく、そのような場合に患者・家族・医師がとり得る手立ては、安全管理など問題の多い「個人輸入」しかない。2007年7月、厚労省の｢有効で安全な医薬品を迅速に供給するための検討会｣が、保健衛生上必要な方策として、CUの導入に向けて検討を開始すべきと提言した。しかし、その後具体化に向けてあまり進展していない。<br /><br />　わたしは共同研究者とともに、このCUについて、米国・EU・韓国での歴史的経緯と現状、日本において限られた分野ではあるが未承認薬への公的アクセスが実施されている事例などについて調査し、日本における制度設計に当たっての論点と提言を含め、「未承認薬のコンパッショネート使用―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか」としてまとめ発表した1)。以下に内容を紹介しながら日本における「未承認薬のコンパッショネート使用」が早期に制度化されるよう訴えたい。<br /><br />【米国FDAはこの70余年一貫して患者からのアクセスに尽力】<br />　米国では、研究用薬を治療に使用する形でのCUが発展してきた。1938年に連邦食品医薬品法で研究用薬を規制する権限を得た食品医薬品庁(FDA)は、これらの患者に対する研究用薬の人道的供給に以後一貫して努めてきている。<br /><br />　エイズの大流行を受けて1987年には研究用薬の治療使用(Treatment IND)が法制化された(21CFR312.34)。CUには、｢患者のアクセスの保証｣と｢安全管理・患者保護｣それに有効性・安全性を確認して販売承認する上で必要な｢比較臨床試験の遂行を妨げない｣との過不足のないバランスが求められる。<br /><br />　FDAは2009年8月、どんな環境にいる患者でもアクセスしやすくするための規則改定とともに、企業が料金請求する場合の規則を定めた(いずれもFinal rule)。後者では有償とする場合はFDAの承認を必要とするなど患者負担の軽減を図るとともに、有償供与が臨床試験の遂行を妨げないことを提出された臨床試験計画書で厳しくチェックしている。最近では、FDAは2010年2月23日にOffice of Special Health Issues(OSCI)主催で、制度の説明を行うと共に患者・家族の相談に乗るWebinarを開催している。<br /><br />【EUは法体系で上位のRegulationにCUを位置づけ、運営は加盟各国にゆだねる形】<br />　EU各国でも、未承認薬のアクセスの関心は高く、各国またはEUレベルで種々の制度が作られている。EU各国では米国と異なり、外国では承認されているが国内では承認されていない未承認薬を、必要な患者に輸入して供給する形を主として制度が形作られてきた。<br /><br />　米国での「研究用薬の治療使用」としてのCUが法制化されてから2年後の1989年に、EUは加盟各国での法制化を促進するDirective(指令)を出し、加盟15か国は1990年代にそれぞれの国の環境に応じてCUを法制化した。2004年には、加盟国が25か国に拡大する機会に医薬品欧州政策が策定され、患者・市民の運動で「コンパッショネート使用」がEUの法体系でも上位のRegulation(規則)に位置付けられた(EC726/2004、83条)。1989年のEU指令ではCUは主として個々の患者を対象としたものが想定されていたが、2004年のEU規則では患者集団を想定したものとなっている。<br /><br />　いずれにしても中央化が進んだ新薬承認制度とは異なりCUでは制度の統一はせず、EUとして基本的な理念などは示すものの、制度の具体的な運営は加盟各国にゆだねる形がとられている。フランスではCUの費用が全額保険償還され、他にも全額ないし一部が保険償還される国が多い。<br /><br />【韓国では政府がオーファンドラッグセンターを創設、Treatment　IND制度も導入】<br />　韓国では、未承認薬の人道的供給について制度的な取り組みが進んでいる。<br /><br />　ひとつは、1999年に韓国オーファンドラッグセンター(KDOC)が創設され、外国で承認されている未承認薬を輸入し患者に供給する欧州型のCUを重点に活発な活動を行っている。KDOC は国が設立しNPOが運営しており、薬事法にも条文化されている(91、92条)。<br /><br />　いま一つは、2001年米国で開発段階にあった慢性骨髄性白血病治療薬イマチニブ(グリベック)の好成績を知ったチュンナム大学のカン・ヨンホ教授など韓国の患者が導入を求めて運動した結果、外国でも未承認であったイマチニブが始めて公的に治療目的で使用された。2003年には臨床試験承認制度(IND制度)導入実施と併せ、「研究用薬の治療使用」(Treatment IND)制度が導入され、米国型のCUも整備された(薬事法34条関連施行規則)。<br /><br />　患者たちの運動は医療従事者団体・社会団体・市民団体などの共感を得て、その後もCUの充実や承認後の患者負担の軽減などを求める活発な動きに広まっている。<br /><br />【日本でも熱帯病薬・エイズ薬・ハンセン病薬で未承認薬の公的供給に実績】<br />　日本は、米国・EU・韓国のようなCUの制度を持たないが、未承認薬の人道的供給が公的に行われてきた疾患分野がある。<br /><br />　熱帯病では、国際交流が活発化し輸入感染病は1970年代後半に明確な増加傾向を示し始めた。治療薬の必要性は高まっていたが、まず患者のために治療薬の確保、流通経路の確立が急務であった。この問題について熱帯病研究者が当時の厚生省薬務局審査課と協議し、熱帯病治療薬研究班(略称)を発足させ、輸入した医薬品を治験薬の形で無償供給するアクセスルートを開くとともに、関連した研究を推進することが決定された。その後研究班の名称などは変わっても現在まで継続されている。<br /><br />　2008年に研究班導入薬剤は延べ106例に使用されており、2009年6月現在の取り扱い薬剤は19剤である。また、研究班のデータを参考に国内承認される薬剤もいくつか生まれている。<br /><br />　エイズは、世界的にもCUの法制化をもたらした疾患であり、熱帯病薬同様対処は急務であった。先行した熱帯病治療薬の経験を生かし、1996年にエイズ治療薬研究班(略称)が組織された。この研究班も名称などは変わっても現在まで継続されている。2007年4月から2008年2月までの11か月間に研究班導入薬剤は271症例に使用され、取扱薬剤は18剤である。両研究班とも、薬剤と治療法についての情報は周知のためインターネットを通じ公開されており、エイズ治療班ウェブサイトへのアクセスは60万件を超えている。エイズ治療薬研究班では、文書の回収・整理・保管などを行う事務局を臨床試験受託機関(CRO)に依頼している。<br /><br />　ハンセン病では、過去に国とドイツのグリュネンタール社が協定(無償供与)を結び、サリドマイドを国立療養所多磨全生園が一括入手し全国のハンセン病療養所に供与がされた。またクロファミジンについても未承認薬であった際に一括入手して使用していたが、これらは歴史的な経験である。<br /><br />【「未承認薬のコンパッショネート使用」の早期制度化を】<br />　現在、「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」など、未承認薬問題への取り組みがなされているが、辻2)3)が記したように、ドラッグラグが全く解消することはあり得ない。必要な医薬品の需要と供給、すなわち「くすりギャップ」の観点から保健衛生の仕組みを考えるとき、命を脅かす疾患や強度の衰弱をもたらす疾患などで治療手段が他になく、臨床試験への参加もできない患者に、未承認薬へのアクセスを例外的に可能にする公的な制度は欠かせない。<br /><br />　日本において「未承認薬のコンパッショネート使用」 (CU)を、どう位置づけ、どう制度設計するかについては文献1で詳細に論じたのでご覧いただければ幸いであるが、本投稿ではその中でも重要と考える事項を箇条書きにしたい。<br /><br />(1)　国(厚労省)の制度とし、厚労省は「患者のアクセスの保証」と「安全管理・患者保護」「比較臨床試験の遂行を妨げない」との過不足のないバランスを保持する。<br />(2)　保健衛生の向上を図るという薬事法の本来の目的に添い、未承認薬に対する規制を条文に取り込む。販売の限定的解除とするなどして現在の条文に無理に当てはめない。<br />(3)　外国からの輸入と国内開発中のもののアクセスとの両方に対応した制度とする。<br />(4)　外国から輸入の場合の取り扱い業者を資格制にする。<br />(5)　個々の患者と患者集団の２つのタイプに分け管理するのは合理的である。<br />(6)　医師の処方のもとで行い、医師が薬剤部を通じ申請し厚労省の承認を取得する(将来的には患者集団タイプは届け出制移行も考慮する)。<br />(7)　企業が未承認薬を有償にする場合は厚労省の承認を必要とする。<br />(8)　医師・薬剤師の有害事象報告を義務付ける。<br />(9)　治療中に生じた重篤な有害事象情報のすみやかな伝達を図る。<br />(10)　何らかの健康被害救済システムを実現する。<br /><br />　未承認薬の例外的使用システムとしてCUの早期制度化が強く望まれる。<br /><br />【引用文献】<br />1)　寺岡章雄・津谷喜一郎. 未承認薬のコンパッショネート使用―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか. 薬理と治療2010: 38(2): 109-150<br />オンライン版: http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/109-150.pdf<br />2)　辻香織: ドラッグラグは本当になくなるのか?　MRICメールマガジン2009年8月27日<br />3)　辻香織:　薬価維持特例制度でドラッグラグは解消しない.　 MRICメールマガジン2009年12月2日<br />]]>
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    <title>vol 90　日新館の伝統を継ぐ</title>
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    <published>2010-03-08T23:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-11T12:09:54Z</updated>

    <summary>エーザイ・ボストン研究所顧問　押味和夫2010年3月9日　ＭＲＩＣ by 医療ガ...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[エーザイ・ボストン研究所顧問　押味和夫<br /><br />2010年3月9日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[３月４日発信の MRIC vol 84 で、上　昌広先生が、「どこに医学部を作るべきか？戊辰戦争と医師偏在の関係を考える」という題で考えを述べておられますが、本論説の趣旨に大いに賛成です。<br /><br />ただし、私が福島県出身ということで、少し割り引いてご判断下さい。<br /><br />上先生が述べられたように、人口当たりの配置を考えるべきと思います。<br />東京近辺の人口は増え続けていますが他は減っていくことを考えますと、将来の人口動態も考慮しないといけないでしょう。<br /><br />会津に医科大学を作るというのはいかがでしょうか。<br />会津には、佐賀・鍋島藩の弘道館と並んで最高の藩教育を行った日新館がありました。<br />できれば、復元された日新館の隣りに医科大学を作るのがいいと思います。<br />市の中心からもさほど遠くないし、学生は山川健次郎の魂に直に接することが出来ます。<br />会津をもう一度学問の中心にする・・・いかがでしょうか。<br /><br />あと作るとすれば、千葉県の東京寄り・・・患者が多すぎて全く足りません。<br />神奈川の西部から静岡県の東部にかけても不足しています。<br />浦安にも伊豆にも順天堂大学の分院があります。<br /><br />私は長年これらの分院で回診してましたが、付近の病院・医師不足は深刻です。<br />宮城県の人口が２３４万人ですので、人口からすると宮城県にもう１つあってもいいと思います。<br /><br />なぜ会津を学問の中心にしたいか。<br />戊辰戦争後に活躍した二人について最近書いた駄文をご覧ください。<br />題して、「山川健次郎と朝河貫一」。<br /><br />おそらく2人の名前ともご存じない方が多いと思います。<br />2人の共通点は?　いずれも戊辰戦争で敗れた藩の武士の子でした。2人ともエール大学に学んでます。<br />ということは、2人も会津藩?　いえ、山川は会津藩で、朝河は二本松藩でした。<br />山川は白虎隊の生き残り組です。白虎隊といっても年齢層が広く、実際に飯盛山で自刃したのは年長組みでした。<br />山川は幼少組で、会津若松鶴ケ城で籠城しました。<br />というわけで、2人とも出身は福島県です。<br /><br />山川はエール大学を卒業後に帰国し、東京帝国大学で物理学を教えました。弟子に長岡半太郎がいます。<br />やがて、東京・九州・京都の各帝国大学総長にまで上り詰めた人でした。<br />会津藩の藩校・日新館は、司馬遼太郎によりますと、佐賀・鍋島藩の弘道館に負けないほどレベルの高い教育をしていたとのことです。<br />山川は日新館でもずば抜けた秀才だったようで、その優れた才能は若いときから注目されていました。<br />原寸大に再現された日新館の門前に、山川の銅像があります。<br />一方、朝河も旧・安積中学きっての秀才で、中学の答辞を英語で読んだそうです。<br />英人教師ハリファックスは、その文章の見事さに、「やがて世界はこの人を知るであろう」 と語ったとのことです。<br /><br />昨年1月、エーザイが持っている抗がん剤のことで、Yale Cancer Center の医師に相談に行くことが必要になりました。<br />そこで、ちょうど良い機会と、エールでの2人の足跡を調べることにしました。<br /><br />まずは、山川が最初に留学した高校を探しました。<br />この高校は、コネチカット州の Norwich という町にあることになっています。<br />ボストンから南西へ車で２時間もかからないところです。<br />エール大学がある New Haven よりもずっと東にあって、静かで落ち着いた小さな町です。<br />町の中心に大きな高校がありました。Norwich Free Academy といいます。<br />この高校へ行って卒業生名簿を調べましたが、1872年前後に彼の名前はありませんでした。<br />そこで町の図書館へ行き、当時他に高校がなかったかなどを調べましたが、やはりここしかありません。<br />そこで思い出したのは、当時の校長先生の名前です・・・ハチソン先生です。<br />ありました!!　当時の Norwich Free Academy の校長先生の名前は、まさにハチソン先生でした。<br />ですから、山川がここに在籍していたことは間違いありません。<br />では、何故彼の名前が卒業生名簿になかったか？<br />想像するに彼は1年しか在籍していなかったせいで、正式には卒業していなかったのではないでしょうか。<br />彼はその後、明治５年の夏にエール大学の Sheffield Scientific School に入学しました。<br /><br />朝河は家が貧しく、早稲田の前身の専門学校を卒業後、本郷教会の牧師・横井時雄の紹介で、彼の友人ウイリアム・J・タッカーが学長をしていたダートマス大学に学費免除で入学しました。<br />因みに、横井が留学していたのはアンドーバー神学校でしたが、この神学校はエーザイのボストン研究所がある Andover にありました。<br />ダートマス大学はアイビー・リーグの１つで、私も昔、レジデントの職を求めて面接に行ったことがあります （断られました)。<br />アンドーバーからさほど遠くないニューハンプシャー州 Hanover にあります。<br />ダートマスでレジデントをしていたのが Medical University of South Carolinaの教授をしておられる小川眞紀夫先生でした。<br />先生はここで1969年、世界で2例目となるIgE骨髄腫 を見つけて、患者検体を当時デンバーにおられた石坂公成先生に送って解析してもらったそうです。<br /><br />話は横道にそれましたが、朝河はダートマスを主席で卒業し、エール大学大学院で歴史学を学びました。<br />その後、彼はずっとエールを離れず、最後までエールの教授でいました。アメリカの大きな大学で教授になった初めての日本人です。<br />彼の勉強振りはすさまじかったらしく、６－７カ国語を駆使して、日本の封建時代が世界の歴史の流れに占める位置を解明しようとしました。<br />日露戦争のときにはアメリカ中を講演して回り、何故日本が戦争に突入せざるを得なかったかを説き、米国の世論を日本に有利になるよう導きました。<br />歴史学から見た日露戦争を執筆し、ポーツマスの日露和平交渉では日本側のオブザーバーを務めました。<br /><br />太平洋戦争を避けるべくルーズベルト大統領に送った書簡は有名だそうです。<br />この書簡で朝河は、ルーズベルト大統領が昭和天皇に直接親書を送ることを提案することで戦争を回避しようと努め、さらに天皇に宛てる親書の内容までも提案しました。<br />読んでみますと、難しい英語が並んでいて、流し読みは到底不可能な文章です。<br />実際にルーズベルトが書いた親書はかなり違うようですが、彼が提案した親書が修正に修正を重ね天皇に届いたのは、日本軍がパールハーバーに向けて飛び立った後でした。<br /><br />エール大学の先生たちの墓地が大学の近くにあります。彼はここに眠っています。<br />墓石が雪の下に埋もれていて見つからないのかなと、次々に墓の雪をのけていきましたがやはり見つかりません。<br />そこでもう一度管理人室に行き聞き直しましたところ、彼が教えてくれた区画が間違っていて、今度は容易に見つかりました。<br />朝河の業績を記念して、彼がエールに来て100年経った年、つまり３年前ですが、大学構内に朝河庭園が作られました。<br />意外に小さいのですが、石が見事でした。<br />朝河の母親は朝河が2歳のときに他界し、後妻として来たのが私の郷里、梁川町の神官の娘でした。<br />この継母のおかげで、朝河は丈夫な子に育ったそうです （スミマセン、最後はいつも故郷の話になります）。<br />]]>
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    <title>vol 89　チーム医療　「医師以外の専門職に評価を」</title>
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    <published>2010-03-07T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T02:31:53Z</updated>

    <summary>医療ジャーナリスト福原麻希この投稿は、３月３日付・朝日新聞朝刊　「私の視点」に掲...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[医療ジャーナリスト<br />福原麻希<br />この投稿は、３月３日付・朝日新聞朝刊　「私の視点」に掲載されたものです<br />2010年3月8日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp]]>
        <![CDATA[　病院や診療所の医療行為に対して支払われる診療報酬が４月から改定される。今回は、疲弊した病院勤務医の待遇改善が主眼に置かれ、全体的に増額になった。その発表によると、医師の業務負担削減策として、「チーム医療」が導入されている。<br /><br />　チーム医療では、一人の患者に複数の医療専門職が連携して治療やケアに当たる。「患者中心の医療」をめざして、治療だけでなく生活の視点から療養を考えているからだ。病院では、医師以外に、医療ソーシャルワーカーや作業療法士など、２０余りの医療専門職が働く。<br />　つまり、チーム医療の本来の目的は「医師の業務負担削減」ではない。こういう<br />表現が使われるのは、チーム医療を支える医療専門職が軽視されているからだ。<br /><br />　すでに、現場ではチーム医療に対して業務に負担感覚え敬遠する人もいると聞く。医療専門職も疲れているからだ。医療従事者間の上下関係も残っている。「医師の業務負担削減」はチームがうまく機能したときの結果に過ぎない。<br />　医療専門職は、かつて「医師の補助職」として専門学校で養成されていた。だが、現在は大学や大学院でもコースがあるほど高学歴になり、その専門性とスキルは高い。さらに、患者と接する時間が長いため、「医師と患者をつなぐ」「患者の心をケアする」という共通の役割がある。<br />　だが、一般国民どころか、医療関係者でさえ、互いにその専門性や仕事内容を知らない。<br /><br />　医療ソーシャルワーカーは患者の仕事や家族など、闘病中の生活に密着した悩みについて１日１０～２０件以上の無料相談を受けている。相談者の心の中を整理し、問題解決に向けての優先順位をつけ、行動方法や発想の転換などを助言する。傾聴のスキルが高く、情報の幅が広い。<br />　しかし、病院にいる人数がとても少ない。「患者の心のケアの充実」がうたわれてきたのに、その根本を支えている職種でさえ、この４０年間ほとんど知られていなかった。<br />　作業療法士も、全国の病院の６割が「一人職場」だ。脳卒中の後遺症や精神的な疾患などに対してリハビリをする。患者は自分で身体をコントロールできるようになると心を開く。自主的な行動力や社会適応能力を高められる。<br /><br />　医療専門職を増やしたいという病院経営者もいる。だが、診療報酬上の配置基準に明記されないと、病院収入に結びつかず、雇えない。医師さえ増えれば、国民の医療への信頼は回復できるのか。そうではない。医療専門職が現場で専門性とスキルを発揮し、長年の経験やノウハウを生かせていれば、医師はこれほど疲弊しなかったのではないかと思う。医療専門職への再評価を強く期待する。<br />]]>
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    <title>vol 88　適応外薬品を何とかしないとドラッグラグはなくならない！！　卵巣がんのジェムザール治験に思う　（下）</title>
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    <published>2010-03-06T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:41:04Z</updated>

    <summary>国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部　医長　勝俣範之2010年3月7日　...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部　<br />医長　<br />勝俣範之<br />2010年3月7日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[【卵巣がんにジェムザールの治験をやることの無駄】<br />　ジェムザールは、1996年に世界で初めて膵臓がん治療薬として承認され、日本では、1998年に肺がんに承認されている。膵臓がんには、当初適応がなく、当時5万人の患者の署名が集まり、米国から5年遅れて、2001年に膵臓がんに承認となっている。以後、膀胱がんや乳がんにも承認され、我々のような腫瘍内科医にとっては、副作用も血液毒性以外の目立った副作用はなく、外来治療でも使いやすい、多くのがん腫で使われるなじみの抗がん剤の一つである。発売から10年が過ぎ、もうすぐジェネリックが出るという薬剤でもある。卵巣がんに対する適応は、海外では既に81ヶ国以上あり、先進国はおろか、東南アジア、アフリカ諸国もほとんど承認し、適応されないのは、日本か北朝鮮かというレベルになってきている。<br />　ジェムザールの卵巣がんに対するエビデンスとしては、2006年に始めてランダム化比較試験が報告された。この試験は、ドイツの臨床研究グループが主体となり、欧州とカナダの多施設共同試験として行われたものである。再発卵巣がん患者356名を対象に、コントロール群のカルボプラチン単独とカルボプラチン+ジェムザール併用療法との比較で、カルボプラチン+ジェムザール併用療法が無増悪生存期間で有意に上回ったという結果が得られている。この臨床試験の特徴は、企業主導の治験として行われたのではなく、日本で言うところの医師主導治験の形で行われた。卵巣がんの罹患患者数は、女性で世界的に第6番目に多い（日本では10番目）がん腫であり、乳がんや肺がん、大腸がんに比べると圧倒的に少ない。そのため、企業主導の治験の対象となるのは、数が多い乳がん、肺がんなどが中心となる。企業としてみれば、マーケットが大きいがん腫を治験対象にした方が営業利益が大きいので企業戦略としてみれば無理もないことである。というわけで、海外でも卵巣がんが企業治験になることは少ないわけで、比較的罹患数が少なく、企業治験ができにくいがん腫については、この試験のような医師主導治験という形を、国全体でサポートする体制で行ったり、上述したように治験せずとも、適応外薬として保険で認めたりしているのである。卵巣がんに対するジェムザールは、2004年にEMEAが承認しているが、米国FDAは実は、自国で治験をすることなく、欧州のデータのみで、2006年に承認している。このあたりは、欧州のデータの質を評価して、ということであると考えられるが、卵巣がんという比較的稀少な疾患であり、かつ化学療法に感受性が高いが、難治性癌であることの特性も考慮した専門家の判断であることが理解できる。無駄な治験・臨床試験を繰り返さないと考えるところも合理的判断と思われる。その後、卵巣がんに対するジェムザールは、ドキシルとのランダム化比較試験も2つ報告されており、ドキシルとほぼ匹敵する治療成績が得られ、卵巣がんに対するセカンドライン化学療法の地位を確保したと言える。これらのエビデンスを基に、卵巣がんに対するジェムザールは、世界のガイドラインにも記載があり、日本の卵巣がん治療ガイドラインにも記載されており(日本婦人科腫瘍学会2007年度版)、もはや標準治療薬の一つとして考えてよいと思われる。<br />　このような標準治療になっている薬剤に対して、元々、欧州、米国でもやっていない企業治験をやらせ、それをわざわざまた国の税金を使って、審査・承認をやることは国の税金の無駄遣いとしか言いようがない。発売から10年以上も経ち、もうすぐジェネリックが出るという薬剤を治験としてやって得をするのは誰なのか？治験開始から承認までまたおそらく数年のドラッグラグが発生することは目に見えている。患者さんをこれ以上ドラッグラグに苦しませるつもりか? 企業もいい迷惑である。こんな薬剤の治験のために数億円捻出させることは、日本企業の開発力をますます低下させる。ただでさえ、日本企業は世界から相手にされなくなってきているのにそれに拍車をかける。研究者にとっても、今さら卵巣がんのジェムザールの治験をやっても、世界の誰も引用してくれないデータを出すだけであり、モチベーションも何もわかない。治療開発の点からも、現在、卵巣がんでもやっとPARP阻害剤などの非常に期待のある分子標的薬剤が複数日本へ開発・導入されつつあるのに、こんな治験をやらされるようだと国際化する治験にまた乗り遅れてしまう。ジェムザールを治験でやり、喜ぶ人は誰かと考えると、適応外薬まで薬事承認をと自分たちの既得権益を守ろうとする厚生官僚か、日本人特殊論に固執し、全ての疾患に対する日本人の治験データを見るのを趣味としている薬学系厚生官僚のたぐいぐらいかと考えてしまう。<br /><br />【ではどうしたらよいのか？】<br />　さて、日本でどうすべきか？ジェムザールのような薬剤は薬事承認を得るための面倒な治験をすることなく、海外と同じようにさっさと保険適応にすればよいと思う。卵巣がん薬事法承認された＝保険適応のある薬剤しか使えない融通の利かない規則の抜け道として、55年通知（※MRIC vol 35参照）というものがある。一般の臨床医にはほとんど知られていないが、要は、薬事承認された以外の適用でも医師の判断で、保険適応を認めてよいという内容である。日本の医療現場は、この矛盾したダブルスタンダードで成り立っている。医療現場では適応外使用なくしてやってられない。薬事承認が医学の進歩に追いついていっていないので、そのような現象が生じている。実際、薬事承認だけの適応で医療をするととんでもないことになる。胸腺がんや原発不明がんの患者は、抗がん剤の適応が一つも取れていないので、抗がん剤が使えない。がん性脊髄圧迫症候群になったら、ステロイド剤が使えないので、四肢麻痺になったらそのままである。胸膜癒着にミノミマイシンも使えない。実際の現場は、堂々と使っているし、また、各地域の保険支払基金も審査しているのは医師なので、よっぽどひどいことをしない限りは、保険査定することなしに、大目に見てくれている。このことは、先日の厚生労働委員会でも磯部薬剤管理官も認めている（http://lohasmedical.jp/news/2010/02/11130519.php?page=2）。要は、55年通知を今のままあいまいに用いないで、保険局医療課がガイドラインにも書いてあるようなエビデンスに基づいた診療に対しては、保険適応を認めるよう各保険支払基金に指導すればよい。もっと、システマティックにやるためには、日本でもNCCN drugs &amp; Biologics Compendiumのようなガイドラインに基づいた薬剤一覧集をつくり、そこに載せられた薬剤はすぐに保険適応にするしくみを確立させることである。日本でも各種ガイドラインは既にできているので、薬剤一覧集をつくることはそう難しいことではない。要はそこに、利権がからまないようにしっかりコントロールされ、科学的エビデンスのみを重視した組織でつくりあげることが大切である。<br /><br />【私の利益相反】<br />　ここまで書くと、筆者は当該企業から利益享受を受けているのではないかと思われてしまうかもしれないので、筆者の利益相反を明らかにしておきたいが、筆者は3年前（2007年）に1度当該企業に招かれて講演をし、謝礼をもらっているが、その際のテーマは、「外来化学療法のマネージメント」であった。実際のところは、ここ数年間は、ジェムザールの対抗馬となるようなドキシルやイリノテカンなどをもっている企業からの講演依頼による謝礼（とは言っても国立がんセンターは1時間2万円だが）が多い。個人的にはどこの企業の利益誘導をしたいという気はさらさらない（と言うかそれほどもらっていない）。<br /><br />【最後に】<br />　2月8日より、ドラッグラグ解決のために、未承認薬・適応外薬検討会が始まっている。あげられてきている薬剤はほとんどが適応外薬と聞いている。検討会では、治験にするか、公知申請にするか振り分けを決めることしかしないらしいが、適応外薬問題の根本的解決につながる議論をしてほしい。日本では、抗がん剤の専門医が極めて少ない状況にあることはよく知られていることと思われるが、婦人科がんの抗がん剤の専門家となると数えるくらいしかいなくなる。現場からの声がより反映されるような議論になってほしいし、世界的観点から日本の国益、日本の国民・患者を守るにはどうしたらよいかを真剣に考えてほしいと思う。<br />]]>
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    <title>vol 87　適応外薬品を何とかしないとドラッグラグはなくならない！！　卵巣がんのジェムザール治験に思う　（上）</title>
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    <published>2010-03-05T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:40:03Z</updated>

    <summary>国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部　医長　勝俣範之2010年3月6日　...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[国立がんセンター中央病院臨床試験・治療開発部　<br />医長　<br />勝俣範之<br />2010年3月6日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[　ドラッグラグの改善を目指して、患者が声をあげ、国も本格的に取り組みを始め、ようやくドラッグラグの解消ができると少し安心していたところに、「卵巣がんのジェムザールを治験でやる」という情報を耳にしたので、専門家としてこれは黙ってはいられないと筆をとるものである。<br /><br />【2月19日の厚生労働委員会】<br />　話の元は、先月2月19日に行われた厚生労働委員会である。足立厚生労働大臣政務官が、同じ民主党宮崎岳志議員からの質問に答弁したものであるが、「卵巣がんのジェムザールを、中略～やはりこれはしっかりした治験が必要であろうと、そのように思っております」と述べ、この後、卵巣がんに対して、治験を行うべく企業とPMDA（医薬品総合機構）が相談を始めているということである。足立政務官は優秀な外科医と聞いているが、抗がん剤は専門ではない。ましてや、卵巣がんという比較的マイナーな疾患に関して、どれほどの知識があるというのだろうか？おそらくは、専門家にも聞いたのであろうが、危惧するのは、厚生労働省官僚の言うなりになっていないか？また、卵巣がんの治療開発を世界的視野から判断できるきちんとした専門家の意見を聞いたのか？というところがひっかかる。<br /><br />【未承認薬と適応外薬の違い】<br />　ドラッグラグは、薬害と並んで日本の薬事行政のふがいなさが原因となっており、もはやドラッグラグは「第二の薬害」であると言ってよいと思う。とんでもない薬を承認して、副作用の被害を出す薬害と同様、良い薬を承認しないで患者に不利益をもたらすのも「薬害」と考えられる。もちろん、「安全性」を第一に考え、危ない薬をむやみに承認しないというスタンスは大切である。だからといって、「日本の卵巣がん患者にジェムザールの安全性が確かめられていないから治験が必要である」という短絡的な思考には気をつけた方がよい。治験とは何か？治験以外の方法はないのか？など、日本の薬事行政の諸事情を理解してから考えてみることが必要である。薬害問題を解決する上で、世界の情勢・情報をいち早く取り入れることが解決の鍵を握っていたように、ドラッグラグも世界各国の対応を学ぶことによって、解決の糸口は簡単に見つかる。<br />　まず、未承認薬問題と適応外薬問題は全く別の問題であるので話を分けて考える必要がある。未承認薬とは、薬事法に基づいて日本でどの疾患にも承認されていない薬剤のことであるが、未承認薬に対する解決策は治験活性化計画などあちこちで議論されているので、ここでは議論しないが、日本での治験が必須となるところである。いわゆる「ドラッグラグが3-4年ある」というところの話は、未承認薬の話である。それに対して、適応外薬というのは、ある疾患で承認され治験も済んでいるが、他の疾患に対して、適応がない薬剤のことである。適応外薬に対しても、全て「治験」が必要なのだろうか？<br /><br />【治験とは何か】<br />　「治験」とは元々治療の臨床試験の略だというが、日本では、「薬事法上の承認を得るための臨床試験」のことを言う。「治験を行い、薬事法の承認」を得るためには、厳密な安全性・有効性を検証しようとする臨床試験を行い、薬事法に基づいた膨大な資料の作成をし、薬学・医学・生物統計学の各専門家からの厳密な審査を経て初めて承認となる。治験を行う企業はもちろん、審査を行う国側も莫大な時間・労働力・費用が必要となる。それだから、一つの治験を行い、承認を得るまでに、最低数億円はかかる。人間に対して最初に承認して使えるようにするのだから、それくらい厳密な過程があって当然である。しかし、一度承認した薬剤を他の疾患に対して承認しようとする際には、これほどまで厳密にする必要はなく、簡略化できるようにすればよいことは誰が考えても理解できる。<br /><br />【適応外薬の海外での対応方法】<br />　海外で承認審査を行っているのは、米国FDA（米国食品医薬品局）、欧州EMEA（欧州医薬品審査庁）であるが、そもそも、全ての疾患、薬剤に対して、FDAやEMEAは、逐一審査をしていない。シスプラチンという抗がん剤を例にとると、FDAはシスプラチンに対して、3つの疾患しか承認していない。シスプラチンが標準治療である肺がんの承認もしていない。かたや日本は、20の疾患に承認している。日本のPMDAは、FDAの1/10の規模の審査員だと言われるのに日本でまともな治験とその承認審査ができていたかは、はなはだ疑問ではあるが、では、米国では肺がんにシスプラチンは使えないのか、というともちろん使える。<br />　海外では、要は、薬事承認と保険支払いは別になっており、適応外薬の対応方法として、主要な疾患に承認されたら、後は主要なpeer reviewジャーナルに載るような臨床試験のエビデンスがあれば、順次保険適応とされるしくみが確立されている。米国では、法律で、適応外薬は治験以外での臨床試験の何らかのエビデンスがあれば、保険（メディケア・メディケイドなどの公的保険を含む）償還を認めることが定められている。具体的には、政府が指定した薬剤一覧に記載があるものは保険で認められる。抗がん剤の例だと、NCCN（National Comprehensive Cancer Network）という全米21のがんセンターの代表が集まってつくったNPO団体があるが、NCCNは各種がんの治療ガイドラインの他、ガイドラインに基づいた薬剤一覧集（NCCN drugs &amp; Biologics Compendium）を作成しており、ここに載せられた薬剤は、保険適応されることになるので、医師はガイドラインに載るような良いエビデンスをつくる（臨床試験をする）ことのモチベーションにもつながっている。NCCNの薬剤一覧集は有効なエビデンスが出ると数ヶ月以内にすぐに更新されるので、日進月歩する抗がん剤の進歩にタイムリーに準拠し、患者さんへすぐに還元できるシステムとなっている。<br /><br />【日本の適応外薬の対応方法】　<br />　薬事承認と保険適応が一体となっている国は日本以外存在しない。日本では、適応外薬もすべて現場で使用するためには、結局、薬事法に基づく承認が必要とされている。悪く言うと、臨床現場では最新のエビデンスに基づく診療をいち早く取り入れたいが、薬剤の承認は、現場もエビデンスも全く知らない役人の権限に牛耳られていて、国民に還元できていないシステムになっている。日本では、治験で承認申請する他に、「二課長通知」による公知申請で行う承認申請方法（※MRIC vol 35参照）があるが、これは、治験をせずとも公知なエビデンスがあれば承認を認める、というしくみである。しかし、「二課長通知」による公知申請は、薬剤申請の通常ルートではなく、限定的なルートとしてしか使えず、最終的には、企業が申請し、PMDAの審査・厚生労働省の承認が必要であることになっており、海外のような最新のエビデンスを、タイムリーに医療現場にもたらすようなシステムは構築されていない。平成16年（2004年）に厚生労働省内に抗がん剤併用療法委員会が設置され、「二課長通知」による公知申請方法により、19の抗がん剤が承認された（抗がん剤併用療法に関する報告書についてhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/05/s0521-5.html）が、それ以来、結局適応外薬に対する抜本的な対策が講じられることがなかった結果、6年経って、かなりの薬剤のドラッグラグがたまってきた結果、2月8日の未承認薬・適応外薬検討会（http://lohasmedical.jp/news/2010/02/11130519.php?page=1）で取り上げられる結果となったわけである。<br />]]>
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    <title>vol 86　過労死寸前の開業医を襲う「24時間電話対応」</title>
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    <published>2010-03-04T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:38:56Z</updated>

    <summary>武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科多田智裕2010年3月5日　Ｍ...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[<p>武蔵浦和メディカルセンター<br />ただともひろ胃腸科肛門科<br />多田智裕<br />2010年3月5日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br /></p>]]>
        <![CDATA[<p>　2月10日、今年の診療報酬改定を巡る、最後の中医協総会が開かれました。支払い側と診療側が議論する最中に診療側の委員全員が退席し、会議が一時休会になるという事態が発生しました。<br />　　争点となったのは、「再診料を病院・診療所とも69点で統一」するという部分でした。これに診療側が強く抗議し、退席したのです。結局、診療側は着席したのですが、「（この件については）コメントしない」とし、多数決での敗北を避けることで総会が成立しました。その結果、再診料の69点での統一が決定しました。それまで診療所の再診料は71点（710円）でした。診療所はそれでも普通のやり方では採算が取れなかったのに、さらに690円へと引き下げられたのです。<br />　　この改定について、新聞各紙は「政権交代の成果」だと報道しました。診療側が反対した理由をきちんと理解した上で賞賛しているのであれば問題ありません。しかし、「診療報酬明細書の無料発行」（前回コラム　「誰が読む？気が遠くなるほど詳細な領収書 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2760　」を参照ください）と同じく、とても現場の事情が理解されているとは思えないのです。<br /><br />【病院と診療所は同じ料金設定にすべき？】<br />　　再診料を巡る議論は、「（病院と診療所で）同一の医療サービスを受けたら、同じ料金にするのが基本」という支払い側の主張の検討から始まりました。<br />　　でも、病院と診療所はそもそも機能、収益源が異なっています。病院は検査や入院、手術などが収益の柱ですが、診療所は外来診察料が主な収益源です。機能と収益源が異なる医療機関の値段を統一するのは、無理があるのです。タクシーの基本料金だって、普通車が710円、中型車が660円と車のサイズによって値段に違いがあります。それと同じことです。<br />　　そこで、診療側は「病院の再診料を引き上げて、診療所と合わせる」ことで、支払い側の主張に応えることにしました。しかし、2009年末の「事業仕分け」を経て、「診療所の開業医が実際の労働以上に厚遇されているから、診療所の再診料を下げる」ことが前提となり、議論は進んでいきます。<br /><br />【過労死基準を大きく超える開業医の労働】<br />　　しかし、これは開業医の収入のみならず、開業医の労働時間を理解していないとしか思えない前提です（開業医の収入については関連コラム「整形外科・眼科・皮膚科の開業医は稼ぎすぎ？　http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2179　」「開業医の給与は高すぎる？　http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/1159　」をご参照ください）。<br />　　診療時間が9～12時、15～17時という一般的な診療所を考えてみましょう。午前の診療が12時で終了といっても、実際には12時どころか13時過ぎまで診療が食い込むのは日常茶飯事です。また、昼休みには予防接種、エコーや内視鏡などの検査、業者との打ち合わせ、訪問診療、市民健診業務などの 仕事があります。<br />　　夕方の診療も、インフルエンザ流行時など19時過ぎまでかかることはよくあります。また、そうでなくても、紹介状、診断書、レセプトなどの事務仕事、従業員の勤務表作成、給与計算などの総務的仕事、最新の医学知識を学ぶ研究会参加、夜間休日診療所の当番などもあります。<br />　　銀行が15時に閉まるからといって、銀行員の仕事が15時までと思う人はいないでしょう。また、夜6～10時までしか開いていないレストランの従業員が4時間しか働いていないと思う人もいないでしょう。オープン時間はあくまでもオープン時間であり、勤務時間とは別物なのです。<br />　　産婦人科勤務医の1カ月労働時間341時間には及びませんが、開業医の月平均勤務時間は252時間に達します。「時間外労働時間80時間以上」という過労死基準を大きく超えているのです。<br />　　そもそも診療報酬を病院へ重点的に配分したいのであれば、病院の点数を増やすべきであって、診療所の再診料を引き下げる必要はありません。<br />　　「開業医が厚遇である」ことを裏付ける厚生労働省のデータは、あまりにも恣意的なものです。そのデータを基に「診療所の再診料を下げる」と言われても、素直に受け入れることはできません。それに、今回は病院への配分のために800億円の予算がついているのです。診療所の再診料を引き下げる必要はなかったわけですから、なおさらです。<br /><br />【開業医をさらに苦しめる「地域医療貢献加算」】<br />　　支払い側と診療側の議論はまとまらないまま平行線をたどりました。1月19日には、「時間外に患者からの電話問い合わせに応じている診療所に対し、報酬を加算する」という仲裁案が提示されました。これが今回決定された「地域医療貢献加算」（30円）です。<br />　　これにより、診療所の再診料は、マイナス20円とプラス30円で、差し引き10円のプラスになります。しかし、「地域医療貢献加算」を得るためには、ただでさえ過労死基準を超える水準で働いている開業医が、24時間365日、かかりつけ患者からの電話に対応しなければなりません。<br />1日平均70人前後の診察をしている開業医の場合、一体どうなるのでしょうか？<br />　　帰宅後の夜10時に「夜分遅くすみません。明日の予約のキャンセルをお願いします」。そして、眠りについた夜中の2時に、「夜中にすみません。ずっと我慢してたんですけど、腹痛で眠れないんです」。さらに数時間後の朝6時に、「朝早くすみません。夜中は悪いと思ってずっと待っていたんですけど、便 秘でお腹が苦しくて・・・」。<br />　　これが365日続くわけです。これらの仕事に対する報酬が最大で1日に「30円×70＝2100円」にしかならないのもさることながら、こんなことを続けられないのは明白です。実施されれば、良心的な開業医から真っ先に倒れていなくなることでしょう。<br />　　そもそも、かかりつけ患者への時間外の対応は、「喜んでもらえるから」「信頼されているから」自発的に開業医が行なうことであり、「30円加算されるから」「決まりだから」行う筋合いのものではないはずなのです。<br /><br />【2つの改訂は医療崩壊をますます加速させるだけなのでは】<br />　　現在の日本では、再診料を含めた外来1人当たりの医療費単価は約7000円です。ちなみに、米国では約6万2000円、英国では約2万5000円となります。諸外国と比較すると、日本の診療報酬がいかに低いかが分かっていただけるのではないでしょうか？<br />　　これだけ低いと、経営を成り立たせるためには、医師は最低でも1日に40～50名程度の診察をこなさざるを得ません。その結果、日本の医師1人当たりの年間外来診察数は、約8500名にもなるのです（OECD加盟諸国の平均は2421名です）。<br />　　診療側は、単価7000円を米国並みに10倍にしろと主張していたわけではありません。ものごとには適正な値段の設定が必要です。「もっと単価を下げて数をこなせ」というのは現実的ではないのです。<br />　　今回の診療報酬改訂では、「診療報酬明細書の無料発行」と「病院と診療所の再診料統一」が大きな成果として挙げられています。現場にいる私にとっては、この2つの成果は医療再生につながるどころか、医療崩壊を加速させるだけのような気がしてならないのでした。<br /></p>]]>
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    <title>vol 85　2009年の「御前会議」：新型インフルエンザ専門家諮問委員会</title>
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    <published>2010-03-04T02:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:37:21Z</updated>

    <summary>山形大学医学部附属病院検査部森兼啓太2010年3月4日　ＭＲＩＣ by 医療ガバ...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[山形大学医学部附属病院検査部<br />森兼啓太<br />2010年3月4日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[　　2009年春に発生した新型インフルエンザの流行は、1年弱の経過を経て終息に向かっている。このウイルスはヒトに適応しており、次の流行がいつかはやってくるはずである。その規模、変異の程度、病原性など、不確定要素は多い。一方で、この1年弱にたどってきた我々の道筋を検証する時期がようやく来たと言える。<br /><br />　　厚生労働省の足立政務官は2010年2月19日の厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会において、「内閣官房に置いている対策本部で、今年度中に総括に着手することが決まっている。それから厚生労働省の対策本部でも今年度中に総括に着手することは決まっている。」と述べている1]。遅くとも来月末には今回の新型インフルエンザ流行とそれに伴って実施した対策に関する総括を開始するという風に解釈できる。<br /><br />　　これ自体は悪いことではない。しかし、実施した対策を総括するならば、何がうまくいって、何がまずかったのか、その反省と今後に生かす教訓を明らかにしなければ、意味がない。対策を実施し指示をした当事者である対策本部では、単に「まとめ」を作成するだけの作業しかできないであろう。検証を行うための第三者組織が必須である。<br /><br />　　さらに困ったことに、内閣官房に置かれた対策本部で決定され実施された対策の指南役を担った「新型インフルエンザ専門家諮問委員会（委員長・尾身茂氏）」の10回にわたる会合の議事録が残されていないことが判明した2]。筆者が直接事実確認したわけではないが、m3.comの記事2]には「内閣官房・官房副長官補室・新型インフルエンザ等対策室の三好英文氏は、m3.comの電話取材に対し、この報道内容が事実であることを認めた。」と記されているので、三好氏およびm3.comの取材に誤りがなければ、議事録は残されていないのである。<br /><br />　　筆者は、新型インフルエンザ流行当初の国の施策に関して、少なくとも二つの誤りがあったと考える。一点目は、国内の季節はずれのインフルエンザ様疾患の流行に対し、海外渡航歴にこだわって新型インフルエンザの遺伝子診断を行わせず、結果的に兵庫県と大阪府での集団発生の形で国内流行が始まったこと。二点目は、国内症例が百数十名と多数に達しているにもかかわらず、事前に定めた第二段階に拘泥し、患者の入院隔離や接触者調査を強行し、さらには有症状者発見のための機内でのサーモグラフィーによるスクリーニングを継続したことである。これらの施策が日本じゅうを混乱に陥れたことは記憶に新しい。<br /><br />　　他にも様々な誤りはあるが、このうちには、あとになって振り返って不適切であると判明したが、その時は適切と思われたものもある。しかし、前段落の二つに関してはその当時から不適切と指摘されていた対策を改めない、または強行していたものである。<br />　　後者については、2009年5月18日の舛添前厚労大臣と筆者ら数名の懇談の場において、我々の「季節性インフルエンザに準じた対応に一刻も早く切り替えるべき」という意見が多数のメディアで報道されている。にもかかわらず我々の意見をしばらく容れず、機内検疫も数日間は続行され、すでに病原性が低く大多数の患者の医学的入院がないことがわかっていながら入院措置が続いた。<br /><br />　　これらの施策は、形式上は内閣官房の新型インフルエンザ対策本部で決定されたことになっているが、実質的には諮問委員会が決定している。内閣官房には新型インフルエンザ対策の専門家はいないからだ。このような、国の重要な施策を決定する会議を、議事録も残さずに行っていたことは、驚きを通り越してあきれ果てるしかない。非公開で議事録も残さない現代の「御前会議」において重要な決定を行なった5名の委員、そして委員会の運営にあたった事務局は、その下した決定に対する責任や議事録を残す責務を全く感じていないということだろうか。これはこの国の保健福祉行政の象徴と言える。<br /><br />1] http://lohasmedical.jp/news/2010/02/21140600.php?page=10<br />2] http://www.m3.com/iryoIshin/article/116484/<br />]]>
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    <title>vol 84　どこに医学部を作るべきか？　戊辰戦争と医師偏在の関係を考える</title>
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    <published>2010-03-03T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:35:54Z</updated>

    <summary>東京大学医科学研究所　先端医療社会コミュニケーションシステム　社会連携研究部門上...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[東京大学医科学研究所　<br />先端医療社会コミュニケーションシステム　社会連携研究部門<br />上　昌広<br />※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail Media(JMM)で配信した文面を加筆修正しました。<br />2010年3月4日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[【医学部新設、３私立大が準備】<br />　2月21日、朝日新聞は「医学部新設、3私立大が準備」というスクープ記事を発表しました。設置を検討しているのは、国際医療福祉大（本校・栃木県大田原市）、北海道医療大（北海道当別町）、聖隷クリストファー大（浜松市）の3つの大学です。設置認可を国に申請する手続きのために、学内に検討組織を立ち上げたと言われています。<br />　2008年に舛添前厚労大臣が医学部定員を50%増員すると提言し、2009年の総選挙では、民主党も同様の主張をマニフェストに盛り込みました。2008-9年にかけて、既存医学部の定員が増員されましたが、今回の報道は、医師増員対策が次のステップに移ったことを示しています。<br /><br />【鈴木寛文科副大臣発言】<br />　この議論のきっかけは、鈴木寛文科副大臣の発言です。昨年12月11日に都内で開かれたシンポジウムで、1980年以降増えていない大学医学部を「新設するかどうか、来年から議論を深めていく場を設けることが決まっている」と、医学部新設を視野に入れていることを明らかにしました。<br />　さらに、「医学部の新設について来年から議論を深めていこうということで、議論の場を設定することは決まっている。その結果がどうなるかはまだ分からないが」とも述べました。<br />　予算作成のタイムスケジュールから逆算すると、今春くらいには文科省に検討会が立ち上がり、議論が始まるでしょう。そして、その人選が、設置形態や場所に大きな影響力を持つことは言うまでもありません。<br /><br />【西高東低の医学部】　<br />　医学部新設の目的は、「医師の増員」です。しかしながら、医学部新設は、「医師偏在解消」の最も有効な方法と考えることも可能です。<br />　現在、我が国には80の医学部があります。各県に最低一つあるという意味では、「平等」な感じがしますが、実態は違います。人口当たりの医学部卒業生数は、圧倒的に西高東低です。<br />　例えば、九州の人口は1320万人ですが、10の医学部があり、年間約1000人の医師を養成します。四国の人口は401万人で、4つの医学部があります。ちなみに、このレベルは、人口1300万人で11の医学部がある東京と同レベルです。<br />　一方、千葉・茨城・埼玉県の人口は合計1630万人ですが、医学部は4つしかありません。うち一つは防衛医大のため、地域医療への貢献は限定的です。<br />　今の医師養成システムを続ける限り、関東近郊の医師不足は解決することはあり得ません。<br /><br />【戊辰戦争と医学部の関係】<br />　なぜ、このような格差が出来たのでしょうか？二つの理由が考えられます。一つは、第二次世界大戦後、東京近郊で人口が急増したこと、もう一つは戊辰戦争の影響です。<br />　前者は誰でも想像がつきます。昭和10年の時点での、九州の人口は1230万人。千葉・茨城・埼玉の人口は430万人でした。現在の人口は、それぞれ1320万、1630万人ですから、東京近郊の人口増が如何に急速かおわかりでしょう。東京近郊で、社会資本の整備が人口の増加に追いついていません。<br />　問題は後者で、私はこちらの影響の方が重大だと感じています。九州地区の医学部は歴史が古いのが特徴です。例えば、長崎大、鹿児島大、熊本大は長崎奉行書西役所医学伝習所や藩医学校を前身としています。江戸幕府や西国雄藩が、富国強兵の一環として、医学に力を入れたのでしょう。このような藩校は、明治以降、地域の中核医学部として発展します。<br />　また、九州は維新以降も、重点的に開発されます。例えば、九大と久留米大学は1903年、1928年に設立されました。驚くべき事に、戦前の段階で、九州には5つの医学部がありました。そして、高度成長期に宮崎、大分、佐賀、および福岡（福岡大学、産業医大）に新設され、現在に至ります。<br />　一方、賊軍とされた幕府側は憂き目を見ます。その代表が会津藩です。会津藩には日新館という、全国有数の藩校があり、その中には医学校もありました。しかしながら、日新館は戊辰戦争で焼失し、その後、再建されることはありませんでした。藩主松平容保は鳥取藩預かりの禁固刑となり、跡を継いだ嫡男容大は陸奥国斗南（青森県むつ市）に移封されます。福島県に医学校ができるのは、1944年の福島女子医専（現福島県立医大）の設立まで待たねばなりません。人口204万の福島県に、医学部は1校しかなく、人口当たりの医師数は全国平均を大きく下回ります（全国38位）。そして、2006年には医師不足の象徴的事件である福島県立大野病院事件が起こりました。<br />　東京以外の関東圏も、状況は似たようなものです。千葉・茨城・埼玉県で、戦前から医学部があるのは千葉大学だけです。1876年に公立千葉病院の中に医学教場が設置されたことに由来します。茨城・埼玉県に医師養成機関が出来るのは1972年まで待たねばなりません。その間、医師の供給は、東京の医育機関に依存してきました。新設医大の一期生は、まだ60歳程度ですから、地域への開業医の供給という意味では発展途上です。<br /><br />【教育の東西格差】<br />　学校教育や西洋医学などの近代の社会システムの根幹が形成されたのは明治期です。そして、そのグランドデザインを描いたのは薩長を中心とした維新の志士たちです。彼らは出身地へ重点的に資源を投資したと考えるのが妥当でしょう。<br />　一方、関東の多くは幕府直轄領、あるいは親藩・譜代大名の領地です。戊辰戦争後の戦後処理で、冷遇されたのも無理ありません。<br />実は、これは医学に限った事ではありません。例えば、旧制高校のナンバースクールは、九州では鹿児島、熊本に設けられましたが、東京以外の関東圏に旧制高校が出来るのは、1920年の旧制水戸高校の創設まで待たねばなりません。<br />　教育は人材養成の根幹です。高等教育機関が出来れば、そこへの入学を目指し、中学・高校が切磋琢磨して裾野が広がります。例えば、九州には、北は修猷館高校から、南は鶴丸高校まで全国レベルの公立進学校が、多数存在します。修猷館、鶴丸高校は何れも藩校に由来します。一方、東京以外の関東圏の進学校は、千葉高や浦和高校など少数です。これらは、明治期に創設された旧制中学が前身です。九州の雄藩が、如何に教育に力を入れていたかお分かりでしょう。<br />　現在、千葉・埼玉県の人口の合計が、九州全体とほぼ同じである事を考えれば、両地域の教育格差が実感できるのではないでしょうか。余談ですが、2009年の東大合格者数のトップ50に九州からは5校、合計153人が合格していますが、千葉・埼玉からは3校で、91人しか合格していません。千葉・埼玉の高校生が東京の進学校に通っている側面はあるにせよ、九州地区の学校がアウェーの東大受験で、千葉・埼玉県を圧倒しているのは、笑えない話です。ちなみに、東北地方からトップ50に入っている高校はありません。<br />　この傾向は、何も受験勉強に限った事ではありません。例えば、1985年以降に甲子園で優勝した公立高校は九州、四国、中国地区に限られます。最多は四国の5回。九州は佐賀商、佐賀北、長崎清峰高校が優勝しています。全国から選手を集める私立高校と違い、地元出身の選手で構成された公立高校が優勝するというのは、選手層の厚さを意味します。西日本の野球は、今でも健在です。<br />　千葉県の高校の最後の優勝は、昭和50年の習志野高校までさかのぼります。かつて、野球王国と言われた千葉県が、最近はめっきり勝てなくなったことは、このように考えれば、意味深です。事態は、悪化していると思わざるを得ません。<br />　戊辰戦争後の戦後処理が地域の教育格差を産み、教育格差が人材格差を産み、更に地域格差を再生産するという悪循環が生じています。<br /><br />【どこに医学部を作るか？】<br />　民主党政権が医学部新設を考えるに当たり、医師養成数の地域格差を念頭に置くべきです。特に問題となるのは、千葉、茨城、埼玉、宮城、愛知県三河地区、静岡県東部、兵庫県播磨地区、東北地方などです。<br />　ちなみに、何れも、戊辰戦争で官軍に属さなかった地域です。例えば、尾張徳川家は、御三家でありながら真っ先に官軍に寝返り、全国を転戦しました。一方、同じ愛知県でも三河地区は、最後までまとまらず、官軍と戦い、破れました。現在、尾張にある名古屋市には４つの医学部がありますが、三河地区には一つもありません。尾張地区の人口当たりの医師数は東京都心部並ですが、三河地区の人口当たりの医師数は、全国平均を大きく下回ります。名古屋市民は、無節操と揶揄された、幕末の尾張藩主徳川慶勝に感謝すべきかも知れません。<br />　また、兵庫県の姫路藩は譜代大名の酒井忠淳が、徳川慶喜と同行して大阪城を退去したため、朝敵の汚名を着ました。江戸時代まで、姫路は姫路城を中心とした瀬戸内有数の都市でした。しかしながら、明治維新以降、兵庫県の県庁所在地は、幕末まで小さな寒村に過ぎなかった神戸村となり、姫路を中心とした播磨地区はさびれました。現在、阪神間には、神戸大学と兵庫医大の二つの医学部がありますが、姫路周辺に医学部はなく、医師不足に喘いでいます。<br />　以上のような背景を考えれば、今回の医学部新設は戊辰戦争の戦後処理のやり直しと言っても過言ではありません。「平成維新」という言葉も、あながち的外れではないと感じます。民主党が、今回の政権交代を、明治維新以来の改革に出来るか否かは、どのようなグランドデザインを描くか、彼らの知性・歴史観にかかっているのではないでしょうか。<br /><br />【誰がカネを負担するか？】<br />　果たして、このような地域に医学部が作れるでしょうか？ボトルネックは何でしょうか？それは、おそらく財源です。長引く不況で、国が予算を工面するのは、おそらく不可能です。自治体と民間に期待せざるを得ません。<br />　今回の医学部創設議論で不幸なのは、国際医療福祉大（本校・栃木県大田原市）、北海道医療大（北海道当別町）、聖隷クリストファー大（浜松市）の何れもが、既に地元に医学部があり、人口規模を考えた場合、緊急性が低いことです。<br />　一方、現時点で医学部新設に名乗りをあげる、千葉、茨城、埼玉、宮城、愛知県三河地区、静岡県東部、兵庫県播磨地区、東北地方の学校法人はなさそうです。そうなれば、地元病院を自治体・民間企業が支援する形で創設するしかなくなります。<br />　ここで興味深いのは、医師不足で悩む自治体の中には、財政状況が良いところがあることです。例えば、関東なら浦安市、成田市、戸田市、神栖市などは500億円程度の財政規模で、財政力指数は1.5程度の黒字自治体です。これらの町には、ディズニーランドや成田空港などがあり、都市を特徴づけていると同時に、そこからの税収が大きな財源となっています。医学部の持続可能性を考えれば、このような自治体との協同作業が、もっとも実現性が高いのではないでしょうか？<br />　一方、このような自治体にとって、医学部新設は地域住民にも理解されやすいでしょう。医師不足は、地域住民にとって切実な課題です。ニーズがあり、お金が工面できるなら、この企画の実現は、調整・実行力のある人材の存在にかかっています。<br />　ところが、このような地域は、かつて天領であったところが多いためでしょうか、調整を官僚に頼ってきたことが多いように感じます。今でも、霞ヶ関に陳情する風景を見かけます。ところが、問題は「お上」に頼っても解決しません。必要なのは、企画・調整・実行力がある人材です。このような地域から人物が出てくるか、今後の動きに注目したいと思います。<br />]]>
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    <title>vol 82　ビジョンなき｢予防接種法改正」の提言</title>
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    <published>2010-03-03T01:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:34:34Z</updated>

    <summary>神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野神戸大学医学研究科微生物感...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野<br />神戸大学医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野<br />岩田健太郎<br />2010年3月3日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[　2009年のインフルエンザA感染症の流行（パンデミック）を通じて我々は多くを学んだ。もっとも価値のあったのは、「日本の感染症対策はあらゆる層において遅れている」という我々感染症のプロが長く苦痛に感じていた事実を、国民的なコンセンサスとして共有できた事であろう。これまで、私は何人もの関係者に｢日本の感染症界はこれではダメだ。改革が必要だ」と説いてきたが、「そんなこと国民も学会も求めていないじゃないですか」と木で鼻をくくるようなあしらいを受けてきた。新型インフルエンザを通じて、これまで看過されてきた問題が顕在化したのである。<br />　麻疹が未だに流行する、子どもの命が髄膜炎や喉頭蓋炎で失われる。ワクチンそのものが疾患を起こす生ワクチンでなく、不活化ワクチンを使えばあり得ないポリオの発生が未だに起きている。<br /><br />麻疹情報（感染症情報センター）<br />http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/<br />ワクチン接種で減らせる乳幼児の細菌性髄膜炎―先進国中最も遅れている我が国の対応<br />http://www.news.janjan.jp/living/0810/0810119259/1.php<br />ポリオ：神戸の乳児が発症　ワクチン未接種、経口感染か　／兵庫<br />http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20100219ddlk28040362000c.html<br /><br />　このような「先進国ならあってはならない厄災」が日本では日常的である。先進国の多くはこの問題を克服している。日本は、克服できるにもかかわらず、やっていない。新型インフルエンザに関わる、解決のしていない問題がうまく処理できなかった事を私は恨みに思わない。分からない事は分からず、できないことはできないのだから。しかし、｢できると分かっている事」を看過するのは許容できない。<br />　常時起きている厄災にはメディアは見向きもしない。メディアが叩かないと、厚労省は動かない。10年前からある1億の借金より、昨日借りた10万円の方がインパクトは大きいのである。このようなメディアの軽薄さが、2009年のインフルエンザに飛びついた。腰の重かった厚労省も動かざるを得ないと考えた。厚生労働省健康局長の上田耕三氏は予防接種法を「不退転の決意で大改正に取り組む」と述べたという。<br /><br />http://lohasmedical.jp/news/2009/12/25125656.php<br /><br />　これはチャンスである。いきさつはどうあれ、何十年と続いた日本の予防接種システムの遅れを、この機会に一気に挽回したい。<br />　しかし、2月19日に公表された厚生科学審議会感染症分科会予防接種部門会の｢提言」を読んで私は心の底からがっかりしたのだった。<br /><br />http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000004g8a.html<br /><br />　この「提言」は叩かれてしかたなく作られた代物である。新型インフルエンザワクチンの運用で起きた齟齬や混乱を修正する部分にしか議論がされていない。そこにはビジョンがない。プリンシプル（原理）もない。ゴールがない。日本を予防接種によってどのような国にしたいのか、何を目指したいのか、見据えていない。叩かれたから、動く。動いてから、なんとなくゴールが決まる。日本は長いあいだこのような｢後追いの」構造で政策を決定してきた。しかし、叩かれて仕方なく動くだけならば、そしてその目指すところが不明確ならば、むち打たれて走りまわる牛馬と同じではないか。<br />　なぜ、日本には定期接種と任意接種が分けられているのか。その定期接種を一類疾患と二類疾患を分ける事がどのようなゴールを日本にもたらすのか。それが国民の健康にどのような寄与をするのか。定期接種とされている予防接種はなぜジフテリア、百日咳、ポリオ、麻疹、風疹、日本脳炎、破傷風、BCGとなっているのか。なぜそれ以外のワクチンはそうではないのか。任意である小児のインフルエンザ菌や肺炎球菌のワクチン、子宮頚癌のワクチン、日本のまだ持たない海外のワクチンは今後どのように運用され、それが何を日本にもたらすのか。これらが定期接種に昇格される可能性はあるのか。ないのならば、どのようにすれば道筋は作られるのか。そもそも、定期と任意を分断する理論的根拠はどこにあるのか。またなぜ「任意」接種だと「有料」だと｢決めつけるのか」。そもそも、予防接種のあり方の決定が厚労省があらかじめ準備した資料を厚労省が召還した｢部会」で議論する、という従来のシステムで可能なのか。これまでできてこなかったことを、これまで通りの方法論でできると信じて良い根拠はどこにあるのか。今後、新たな予防接種が開発されたときに、現行の予防接種のシステムに常時組み込んでいくシステムがないことを、どうすればよいのか。<br /><br />　こういった何十年と積み重ねられた問いに対して｢私はこう考える」とビジョンを示すのが、｢提言」ではないのか。<br /><br />　上記の命題を厚労省が無視しているわけではない。これらは｢議論が必要と考えられる事項」という最後の一項目に矮小化されて｢アリバイ作り」がされている。しかし、｢予防接種全般について、更に抜本的な議論を重ねていくことにしたい」とはあまりにひどい。提言が、「議論」を求めてどうするというのだ。議論は手段であり、目的ではない。要するに、「その他のことには、私たちは現在、何の見解も持っていませんよ」と開き直っているようなものではないか。<br />　予防接種法は抜本的に改正されるべきである。私が提言したいゴールは｢日本において、予防接種により、回避できる厄災は全て回避できること」である。アメリカがそうしているように。オランダがそうしているように。WHO（世界保健機関）がそう目指しているように、日本もそこを目指すべきである。ビジョン、見据えた先の世界には、もう小児の髄膜炎もポリオも、麻疹もない。子宮頚癌やB型肝炎は激減している。<br />　そのゴールに基づいて、ゴールから逆算して手段が決定される。現在有用性が確認されている予防接種は全て適応のある国民に無料で提供されるべきである。インフルエンザワクチンも、B型肝炎ワクチンも、インフルエンザ菌ワクチンも、小児、成人向けの肺炎球菌ワクチンも、子宮頚癌ワクチンも、そうである。有効性と副作用のデータは公表されるべきであるが、その価値判断を国が一方的に行うことは不可能である。だから、推奨されても義務化することはできない。だから、オランダのようにワクチンは｢任意だが無料」にし、勧奨して接種率は高いが｢義務ではない」のが望ましい。当然、有害事象の補償額にワクチンによる差が生じてはならない。新しいワクチンは次々開発される。予防接種のあり方は頻回に、定期的に見直されなければならない。だから、アメリカのACIPのような独立した、そして最終決定権を持つ委員会が必要になる。日本版ACIPである。<br /><br />http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02857_03<br /><br />　今回の｢提言」にはACIPのAの字も出てこなかった。部会の委員は当然、日本の予防接種におけるトップオーソリティーたちのはずである。ACIPを知らないはずがない。彼らは日本版ACIPを望んでいるのか、拒んでいるのか。それすら分からない。<br />　こう書くと、厚労省の官僚からは必ず次のように反論される。「おまえは政治を知らないからそんなことを言うのだ。そんなことあり得ない」と。<br />　今でも覚えているが、10年ほど前、｢日本の医療者はもっと増やすべきだ」と意見して、ある厚労官僚にやはり「お目は世の中が分かっていない。医師は偏在しているだけだ。医師を増やすなんて、そんなことは絶対にあり得ない」と強く反論された。できない理由ばかり探すと、そういう見解になる。しかし、ここ数十年、我々の世の中は｢そんなことはあり得ない」と思っていたことばかりが日々起こっているのではないのか？「できない理由」ばかりを探し、「できるための条件」を模索しなければ、もちろん何もできない。たいていのことは、自らが引いた線を｢限界」と称しているだけなのである。<br /><br />　国のあり方についてビジョンを示す第一番目の人物は政治家のはずである。民主党政権は日本の予防接種をどのようにしたいのだろう。民主党政策集によると、<br /><br />子宮頸がんの予防に有効なヒトパピローマウイルス（HPV）ワクチンの日本での開発を推進し、任意接種に対する助成制度を創設します。重篤な小児の髄膜炎の主要原因菌であるヘモフィルスインフルエンザ菌ｂ型（Hib）ワクチンの定期接種化を図ります。新型インフルエンザ対策も踏まえ、肺炎球菌ワクチン接種の対象年齢を拡大します。<br /><br />　とある。<br />http://www.dpj.or.jp/policy/koseirodou/index2009_medic.html<br /><br />　これらは｢方法」であって「目的」ではない。民主党政権は、鳩山総理大臣は、そして長妻厚労大臣は、より明快なビジョンを示し、それを実行する必要がある。が、今のままだと｢目的」どころか「方法」すら達成できないのではないか。昨年の選挙で大勝した民主党に、我々国民が何を期待していたのか、もう一度初心に立ち返って思い出してほしい。<br />]]>
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    <title>vol 81　持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を</title>
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    <published>2010-03-02T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:33:13Z</updated>

    <summary>河北総合病院理事長政策室室長構想日本政策スタッフ田口空一郎2010年3月3日　Ｍ...</summary>
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        <![CDATA[河北総合病院理事長政策室室長<br />構想日本政策スタッフ<br />田口空一郎<br />2010年3月3日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[　昨年8月の総選挙において民主党が300議席を超える圧勝を収め政権が交代した。鳩山総理そして小沢民主党幹事長らの「政治と金」をめぐる騒動がつづく中、10年ぶりの診療報酬ネット・プラス改定（技術料本体と薬価・材料を合わせたトータルでのプラス改定）が決まり、2200億円の社会保障費削減は完全に撤回された。改定率の詐術を云々する議論も散見されるが、グローバルな経済危機がつづく中、社会保障費総額が減額の方向に向かわなかった一事だけでも、大きな思想の転換が起こったと積極的に評価できる。<br />　また、限られた財源の中でのパイの奪い合いという側面があるとはいえ、2月12日に中医協から厚労大臣に提出された診療報酬改定の細目に対する答申、特に救急医療や周産期医療への報酬の重点配分、再診料の病診統一化、医療安全対策に対する報酬上の評価など、基本的なコンセプトや方向性は国民的支持を受ける判断といえるだろう。<br /><br />　ところで、リーマンショック以来の今回の一連の経済危機では、安定的な政府財源を維持する上で、法人税がいかに財源として不安定であるかが改めて明らかとなった。たとえば、2003年の外形標準課税導入以後だけを見ても、政府一般会計の法人税収は03年に10.1兆円、04年に11.4兆円、05年に13.3兆円、06年に14.9兆円、07年に14.7兆円と小泉構造改革に後押しされつつ増収の一途をたどったが、リーマンショック後の08年には10兆円に大幅減収し、昨年の09年はついに当初予算で見込んだ10.5兆円から5兆円以上減収して5兆円程度の税収となってしまった。09年度予算全体では当初見通しから9.2兆円の税収減があり、そのツケは昨年末の第2次補正予算において赤字国債によって賄われることとなった。<br />　一方、消費税は1997年の5％への税率改定後だけを見ても、同じく政府一般会計の消費税収は97年の9.3兆円、98年の10.1兆円、99年の10.4兆円、00年に9.8兆円と以後、10兆円前後の水準を維持し、リーマンショック後の08年も10兆円の税収となっており、その財源としての安定性を明瞭に示しているといえる。<br />　社会保障ましてや医療という人の命に直結する政策領域においては、金融バブル等の経済的な流動性が直接税収に悪影響を及ぼすことはあってはならないことだ。その意味でも、わが国の直接税（法人税等）と間接税（消費税等）の直間比率の構造転換による税収リスクの分散が急務だ。具体的には、景気動向を見据えつつ、法人関係税を減税して消費税を10％以上に増税し、現在の直間比率7対3をドイツ・フランス並みに5対5に近づけていくということになるだろう。生活必需品はEU諸国などと同様、低率課税化すれば良い。<br />　他方、医療分野の財源は介護分野と併せて、その不足が加速度的に年々顕著になっていることは火を見るよりも明らかとなっている。高齢者医療制度、介護提供体制、周産期医療、小児救急を含む救急医療一般、ワクチン政策、自治体病院事業、医師不足対策、看護師・介護士・コメディカル等の養成・雇用対策等々、どれもがメディアなどで「医療崩壊」「介護崩壊」のテーマとして連日取り上げられている項目だが、それらの崩壊の主要因として医療・介護に対する明確な財源不足、投資不足が指摘できる。<br />　高齢者には慢性疾患が多く、かつ終末期には通常の数倍の医療投資が必要である。施設介護や訪問介護サービスのニーズはうなぎ上りだが、財政投資が過少なことによる圧倒的な供給不足が生じており、行き場のない大量の介護難民が発生している。周産期医療、救急医療は診療時間と同様、待機時間が重要になるが、それが「診療」報酬にほとんど反映されておらず「不採算部門」の汚名を着せられている。ワクチン政策は先進諸国と比べて公費補助が著しく少ないためほとんど普及しておらず、予防可能な疾病によって無視しえない数の方々が亡くなっている。自治体病院は主体的なガバナンス能力が乏しい上に自治体本体からの財政支援が削減されてきており7割以上が赤字経営である。医師養成数は80年代以降抑制されてきたため若手中堅の勤務医不足が深刻である。現在の診療報酬点数では医師・看護師以外の医療スタッフを十分雇用する人件費を賄えない、等々。<br />　しかし忘れるべきでないのは、今後20年間はつづくことが予想される高齢化率の上昇に鑑みても、財源不足を理由としたこれ以上の赤字国債の発行は我々先行世代による未来世代に対する反逆行為であるとすら見なすことができるということだ。持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を提唱する所以である。<br /><br />　一方、民間病院の経営内部にいて感じることは、診療報酬・介護報酬という公定価格で動く医療・介護施設の運営は非常に受動的にならざるを得ないということだ。この経済危機では民間金融機関からの資金調達も思わしくなく、当然積極的な戦略は展開できず、かといって報酬改定の度に現状の収益維持すら困難ではないかという危機感を覚えざるをえない現場の状況。地域の患者・住民の皆さんの健康をいかにお守りするかだけでなく、必然的に自らの組織をどう守るかも内部会議での重要な議題となってくる。<br />　政府の医療・介護投資費の増額が必要であることはいうまでもないことだが、それをどう実現するかも問題だ。昨年末の税制改正論議でも話題になったが、医療関連の税制は複雑を極める。たとえば現在の制度では、医療機関は窓口で患者に消費税を請求できないため、医薬品や医療材料、医療機器等の仕入れに掛かる消費税は医療機関の持ち出し（損税、つまりマイナス）となっている。厚労省は89年の消費税導入時と97年の5％への税率改定時に、消費税増税分の額を診療報酬の中に上乗せ調整したとしているが（それぞれ0.76％、0.77％の上乗せ）、それを遥かに上回るマイナス改定が以降繰り返されてきたため、事実上、この上乗せは有名無実化している。<br />　たとえば私の勤務する河北総合病院の場合、総収益が百数十億円の規模に対して、昨年度の消費税損税は総額2.3億円に上っている。この低医療費政策の時代に、2.3億円を回収するのは困難を極める。急激な収益増を見込めない現状下では、病院の赤字の主要な原因ともなっている。この消費税損税の額は仕入れの規模が大きい病院（つまり地域の中核病院）であればある程、当然、大きくなる。もしこのままの診療報酬制度を維持して消費税増税に踏み切れば、医療のためにと思ってやった行為によって医療機関の側に大きな損害がでかねない状況である。<br />　また昨年末の税制改正論議では医療機関に対する「事業税非課税」の撤廃についても議論がなされたが、本質的な課題は「税の簡素化」であって、事業税非課税の撤廃を行うのであれば、医療機関の仕入れに関わる消費税を非課税ないし低率課税化することとセットで実現されるべきだろう。政府の仕事は安定的な税収確保の方策を練ることであり、税が搾れるところならばどこでも搾ってよいということではないはずだ。<br /><br />　経済成長が右肩上がりのうら若き1960年代に基本設計された現在のわが国の医療財政システムは、超高齢社会の世紀を迎えた今、大きなパラダイムチェンジが求められている。今回の報酬改定のような医療費配分の見直しや居所的な報酬増といった弥縫策では対処できないところまで、現在の医療財政システムの歪みは来ている。<br />　持続可能な医療財政システムの確立にとっては、診療報酬制度だけではなく、税制そして今回は言及できなかった補助金制度の問題等も含めた医療財政に関する総合的な議論と見直しが不可欠である。そしてこの大きな財源不足の解決のためには、当然、政府だけでなく民間資金の医療・介護分野への大幅な投資増も必要となってくる（たとえば高齢者専用賃貸住宅（高専賃）の規制を大きく緩和し、政府と民間が連携して低額の健康支援高齢者住宅を供給するような、住宅政策の全面的な転換などが現実的であり、かつ超高齢社会の基盤整備に着実に対応した民間投資となりうるだろう）。<br />　2012年に見込まれる診療報酬および介護報酬の同時改定を前に、今まさに、持続可能な医療財政システムの確立に向けた国民的議論を始める時だ。<br />]]>
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    <title>vol 80　「ワクチン手当」創設私案―ワクチン・ラグの漸進的な解消を目指してー</title>
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    <published>2010-03-02T02:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:30:56Z</updated>

    <summary>弁護士井上清成2010年3月2日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　h...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[弁護士<br />井上清成<br />2010年3月2日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[【予防接種法制の抜本的改正】<br />　新型インフルエンザ騒動を通じて、前政権までの間に積み重ねられたワクチン・ラグが、国民一般に露呈した。そこで、昨年末に特別措置法が制定されたが、抜本的な予防接種法の大改正はまだ年月を要するであろう。ただ、ワクチン・ラグの全面的な解消のためにも、時間をかけてでも本質的な議論を積み重ねる必要がある。<br />　予防接種行政は、規制行政ではなく給付行政であると言ってよい。もちろん、権力的な行政でなく非権力的な行政である。この給付行政で、かつ、非権力的な行政であるという本質に即して、ワクチンの給付体制を整えるための予防接種法の抜本的改正がなされることを期待したい。<br /><br />【ワクチン・ラグの漸進的な解消】<br />　ところで、ワクチンには、子宮頸がんワクチンやヒブワクチンといった国民が目前で大きな期待を抱いているものもある。当然、公費助成をして国民の間に広めることが要請されよう。ところが、なかなか公費助成の施策が進んでいないらしい。理由は、予防接種法の改正待ち、ならびに、財源難などというところにある模様である。<br />　確かに劇的な改善は難しいかもしれない。しかし、現に目の前で国民が大きな期待を抱いている以上、漸進的にでも施策を進めることが要請されよう。少なくともワクチン・ラグは、できるところから徐々にでも改善していくべきである。そのためにも、何とかして公費助成を早めることが望まれよう。<br /><br />【「手当」方式による公費助成】<br />　予防接種法抜本改正による目標は、予防接種の完全無償化である。予防接種を受ける国民の自己負担ゼロと考えてよい。そのための法定接種化への抜本改正である。<br />　しかし、その道のりは必ずしも近くはない。そこで、抜本改正時に切り換えしやすく、かつ、それまで漸進的にでも進めやすい暫定的な方式を講じるべきであろう。<br />　政権交代後の施策の方式を見ると、国民への直接給付方式を多用している。民主党の看板は、「子ども手当」であり、公立高校授業料実質無償化であるとも言えよう。代理受領という法形式を使ったりもするが、本質は、国民への直接の現金給付の方式である。その時限りの現金給付ならば一時金と言い、年額の支払いならば年金と言い、月払いを代表例とするある程度の継続的支払いならば「手当」と言う。中学までを「子ども手当」と言うならば、高校授業料の年払いならば「子ども年金」とでも言えようか。遡って、出産時のものは「出産育児一時金」としているので、それは差し詰め「子ども一時金」であろう。<br />　そうすると、いわば「手当」方式によって、必要なワクチンの公費助成をしたらよい。<br /><br />【「ワクチン手当」制度の創設を】<br />　ワクチンには至急のもの、期待の大きいもの、費用のかかるものなど、諸々ありうるところである。給付行政の施策によって、その種類や範囲を徐々に拡大していくことになろう。徐々にワクチンの種類を増やし、範囲を広げていくと、その積み重ねはあたかも継続した給付の形になるので、法的には「手当」という名称がふさわしい。「できるところから必要な人にワクチンを！」と言ったニュアンスである。<br />　「ワクチン手当」の給付方式は、ワクチンを接種する国民への直接の現金給付方式が望ましい。代理受領の形の公費助成だと政策効果が薄いと思う。これは、現在のデフレ不況下の経済政策という別の考慮もある。直接の現金給付は経済効果（特に乗数効果）が小さいという机上の反論はあろう。しかし、偉大な経済学者であるケインズやピグーも言っているように、経済政策で忘れてはならないのは、国民の「心理」である。「心理」面の明るさ、活気、希望、安心といった心理効果こそが鍵であると言ってよい。「手当」方式は、この心理面に直接に働きかけるものであるから、特にデフレ不況下の刺激策として優れている。財源面の制約は免れないが、人の命に関わる真に必要とされるワクチンを拡大する際も、「手当」方式ならば政策的緩急・強弱のコントロールもしやすい。もちろん、全額助成に限らず、一部助成も可能であるし容易である。<br /><br />【「ワクチン手当」の政策的検討を】<br />　予防接種法の抜本的改正中でありながらワクチン・ラグが大きく、かつ、デフレ不況下である現在において、「ワクチン手当」制度の創設は適切なように思う（もちろん、「ワクチン手当」は単に私案にすぎない）。いずれにしても、漸進的であってもよいので、急ぎワクチン・ラグの解消を目指した具体的な動きが望まれよう。<br />]]>
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    <title>vol 79　予防接種部会傍聴記(4)　「国民の意識」と「政治主導の意味」を忘れていないか</title>
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    <published>2010-03-01T22:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:29:38Z</updated>

    <summary>細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会事務局長　高畑紀一2010年3月2日　ＭＲＩＣ...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会事務局長　<br />高畑紀一<br />2010年3月2日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[<p>【乖離する部会と国民の意識】<br />　「緊急なものへの対応は元々シンプルにすべき。どうしても複雑なものにするなら特措法」。この発言が何故「ごくごく少数の意見」と感じられるのだろうか。<br />2月19日に行なわれた第５回厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会での議論は、部会の意識が国民のそれとは大きく乖離していることを露呈することとなった。<br />　冒頭に紹介した発言は黒岩祐治委員（ジャーナリスト・国際医療福祉大教授）のもので、後者は加藤達夫部会長のもの。確かに部会での発言からは「ごくごく少数」の委員の意見であることは事実なのだが、しかし、国民の意識としてはそう言い切れるであろうか。少なくても、議論をつぶさに目の当たりにしている傍聴席の反応は、黒岩委員の発言への賛意が「ごくごく少数」ではないことは明らかであった。部会終了後、何名かの傍聴者と感想を述べあったのだが、多くの方は「黒岩委員の発言はそのとおり。なぜ他の委員は事務局案を丸呑みしようとするのか」というもの。私が話を聞いた傍聴者が全てではないし、傍聴者の意識と国民の意識が完全一致するわけでもないだろうが、さり<br />とてそうかけ離れたものであるはずもなく、黒岩委員の発言が「ごくごく少数」となる部会全体の意識は国民の意識とは乖離していると言っても言い過ぎではないだろう。<br /><br />　しつこいほどの繰り返しとなるが、私は新型インフルエンザ対策を予防接種法に盛り込む「パッチを当てる」作業は、余計なものは含めずに必要最小限に留めるべきだと考えている。<br />　今回の新型インフルエンザ対策については、予防接種による対応も含めて、その妥当性や改善すべき反省点等の検証が行われていない。ワクチンの供給量に限りがある場合に優先順位を示すことは必要であろうが、現場の判断に委ね弾力的に運用することを認めずに金科玉条の如く政府が優先順位を徹底させたことが果たして妥当だったのかどうか。特措法を作ってまで接種を推進したワクチンにも拘らず、接種費用は国民から徴収することが適切だったのかどうか。保健所による集団接種ではなく個別の医療機関での接種が適切だったのか。検証しなければならないことは数多い。であればこそ、今回の特措法による対応をまるまる予防接種法に持ち込むべきではないし、どうしても予防接種法に位置づけなければならないのなら、極めてシンプルにすべきなのである。<br />　以上のように考える私にとっては、黒岩委員の「予防接種法ならシンプルに。シンプルにできないなら特措法で」という考え方には共感を覚えるのだが、これを「ごくごく少数」といわざるを得ない部会の意識～意識というよりは空気といった方が妥当かもしれない～に対して強い違和感を感じる。<br /><br />【委員の発言は一個人のものではない】<br />　黒岩委員が感情を露にし、事務局案の追認に終始している現状に抗議する一幕があった。前後のやり取りから直接的には事務局への抗議であったが、その真意としては事務局だけを批判するのではなく、本質的な議論に踏み出さない部会全体への抗議ではなかったのだろうか。<br />　民間の有識者、専門家等が委員を務める審議会が、厚生労働省事務局の叩き台を追認するだけなら、それは百害あって一利なしだ。事務局が全てを決定できるなら、審議会は不要である。喧々諤々の議論を経て、専門家や国民の意見を事務局案に反映させることに審議会の存在意義がある。<br />　審議会の委員は、個人として優秀な人物だからこそ委員となっているわけだが、同時にその帰属する集団の代表である側面を忘れてはならない。集団とは直接帰属する組織だけではなく、より大きなものを意味する。委員は議論において、自らが帰属する集団を代表しているという意識を持つべきであろうし、それは同時に議論する相手の意見も帰属する集団を代表していると受けとめるべきだ。部会の委員構成を見ると、医療、公衆衛生、行政、法律の専門家の代表が名を連ねているが、予防接種を受ける側の代表はいない。最も近いのがメディアの代表であり、だからこそ黒岩委員は国民の視点というものを非常に重視して発言されているのだと思われる。黒岩委員の発言を「ごくごく少数」として切り捨ててしまうのなら、それは国民の声を軽視することに繋がる危険を孕む。予防接種という全国民に関係する制度を論じるのだから、なおさら犯してはならない過ちである。<br /><br />【政治主導の意味を忘れてはいけない】<br />　今回の部会には足立信也政務官が途中から参加、終了時まで議論に耳を傾け、時には発言もされた。官僚は何かと制限の多い立場に置かれる。良かれと一歩踏み込んだ発言をすれば、分をわきまえない発言と叩かれることもある。政府を代表して発言できるのは、自らが発言に責任を持てる政治家だ。また、最終的に判断するのも、有権者の付託を受けた政治家である。故に、政務三役が部会に参加することは非常に有益なことである。<br />　とりわけ新型インフルエンザ対策の検証の前提となる記録が、新型インフルエンザ対策本部の専門家諮問委員会において殆ど残されていない状況においては、官僚任せでは「検証できません」となることは目に見えている。<br />　政治主導とは、政治家が政策決定するだけではなく責任を負うことと一である。従来の「政策決定は官僚任せ、責任は取りません」という政治が、官僚に必要以上の重責を担わせ、官僚が責任を追及され、だからこそ官僚が組織防衛に走るという構造を形作ってきた。ワクチン・ギャップもその構造が生み出したのであり、その解消を目指す予防接種部会は、政治主導を体現する部会でなくてはならない。法にあれこれ盛り込めば、「あったほうがラク」という官僚の組織防衛に寄与する考え方と、「そもそもシンプルであるべき」であり優先接種順位などは政治判断で行うべきという政治主導に適う考え方、いずれが予防接種部会の議論にふさわしいのか、今一度考えていただきたい。<br />　そして今後も政務三役には部会に参加していただきたいし、委員には政治主導の意味を常に踏まえて議論いただきたいと思う。</p>]]>
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    <title>vol 78　ナショナルセンター　独立法人化は目前、議論が白熱しています。</title>
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    <published>2010-03-01T02:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-08T01:28:00Z</updated>

    <summary>医療現場危機打開・再建国会議員連盟幹事長文部科学副大臣　鈴木寛今回の内容はロハス...</summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://medg.jp/mt/">
        <![CDATA[医療現場危機打開・再建国会議員連盟幹事長<br />文部科学副大臣　鈴木寛<br /><br />今回の内容はロハスメディカル1月20号に掲載されています<br /><br />2010年3月1日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　http://medg.jp<br />]]>
        <![CDATA[■皆様ご記憶いただいているでしょうか。1年ほど前、このコラムでナショナルセンター（ＮＣ、国立高度専門医療センター）の独立法人化について取り上げました（２００９年３月号）。<br />■その独法化が、いよいよ今年４月に迫ってきました。去る11月には仙谷由人行政刷新担当大臣の下、内閣府に「独立行政法人ガバナンス検討チーム」も設置され、検討が重ねられています。<br />■２大争点は、債務処理とそれに関わる資産評価、そして理事長・理事の人選です。<br />■例えば、ＮＣの代表格である国立がんセンターは、独法化に伴い２６０億円もの債務を引き継ぐことになります。計算すると、毎年の利息だけで７億円に上ります。これを診療報酬と運営交付金のみに頼って返済するとなれば、そのシワ寄せは医療従事者と患者の方々に行くことでしょう。もちろん、借金と共にそれに見合った資産を譲渡し有効活用して収益を上げることも、返済手段として想定されています。ところが、その資産の評価も問題なのです。<br />■というのも、公共事業による施設は、建設費・設備費が民間に比べて３～４割も高いのが実態です。つまり、支払った費用を積み上げた総額に比べ、実際の使用価値＝譲渡時の時価が見合わない現状があるというわけです。<br />■ですから、単に施設・設備を引き渡しただけでは、結局は経営が破綻し、がん難民等が続出しかねません。他のＮＣ施設も同様の状況です。<br />■また、多額の債務負担が明らかな以上、新たな経営トップの人選も困難を極めています。ましてＮＣは、難病・難治性疾患について新しい治療薬・技術の開発と普及を行い、もって患者や医療従事者は当然のこと、国民全体の満足を引き出す使命を本来的に担っています（国立がんセンタ―でいえば、治験の積極化等が求められます）。よって理事長・理事には、こうした要件をクリアすべく、包括的マネジメントが期待されるのです。<br />■今後も仙谷チームの議論を踏まえ、さまざまな決定が下されていきます。皆様には是非、そのプロセスを見守りつつ、建設的なご意見・情報をお寄せいただければと思います。新しい医療政策を共に考え、作っていきましょう。<br />]]>
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    <title>vol 77　千葉県の医療再生を目指して</title>
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    <published>2010-02-28T23:00:00Z</published>
    <updated>2010-03-05T10:33:08Z</updated>

    <summary><![CDATA[帝京大学ちば総合医療センター血液内科の立ち上げ（１） &nbsp; 帝京大学ちば...]]></summary>
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        <name>医療ガバナンス学会</name>
        
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        <![CDATA[<p>帝京大学ちば総合医療センター血液内科の立ち上げ（１）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>帝京大学ちば総合医療センター<br />血液内科<br />教授　<br />小松恒彦<br />2010年3月1日　ＭＲＩＣ by 医療ガバナンス学会　発行　　<a href="http://medg.jp">http://medg.jp</a></p>]]>
        <![CDATA[<p>[はじめに]<br />昨今、主に医師不足による地域医療の崩壊が起きています。房総半島の入り口に位置する市原市にある帝京大学ちば総合医療センター（以下、帝京ちば）も例外ではなく、筆者が赴任する2006年7月までは数年間血液内科医がいない状態が続いていました。<br />当時の血液内科の状況は、市原市全体でも千葉労災病院に常勤医１名、内房地域はゼロ。外房地区には亀田総合病院という一大拠点施設がありますが、市原市や内房線沿線地域の住民からは「かなり遠い」という声が上がっていました。<br />帝京ちばで血液病患者が院内発生したときも、転院先を探すという有様で、地域の中核病院としての責務を十分に果たせない状況でした。さらに帝京ちばは、地域で唯一の大学病院でもある以上、単に血液の医師が１名います、では不十分で造血幹細胞移植などの医療を行える質の担保と人員の確保に加え、研究・教育機関としての役割も求められていました。<br />その任を担うべく2006年8月、筆者が赴任することとなりました。むしろゼロからの立ち上げをチャンスと捉え、「自分好みの」血液内科を創設しようと考えました。個人的には「自分のquality of life（QOL、生活の質）が低い医療者が、患者のQOLを上げられる訳が無い」と考えています。さらに医療過疎地域で、単に血液内科を開設したといっても魅力がなければ人は集まりません。そこでチーム小松の目標を「過重労働を排し、自分自身のQOLを保ちながら楽しく働く」としました。果たしてそんなことが可能なのでしょうか？</p>
<p>[赴任までの経緯]<br />筆者は、1989年に筑波大学医学専門学群を卒業し、筑波大学付属病院で２年間の内科研修の後、筑波大学大学院に進学、修了後は筑波記念病院血液内科、筑波大学付属病院血液内科で後期研修を行い、1998年から再び筑波記念病院血液内科医長に着任しました。<br />医師としては珍しく、常勤はたったの２施設で、大学入学後はつくば市から一歩も出たことのない「箱入りドクター」でした。大学病院の宮仕えが嫌、自宅から遠いのも嫌、公務員も嫌、ということで敢えてつくば市内の市中病院を選びました。2002年頃よりミニ移植（抗がん剤の強度を弱め高齢者でも実施可能な同種造血幹細胞移植）や臍帯血ミニ移植などの当時としては斬新な治療法を導入し、一時は茨城県で筑波記念病院が最も臍帯血移植数が多い、という時期もありました。一人医長でしたがクリティカルパスなどをフルに活用し看護スタッフや研修医などの協力も得られ、それなりに充実した日々を過ごしていました。しかし、徐々に１人であることの限界や体力の減退も感じていました。<br />知人から「いま小松先生がやっていることはすごいけれども、このままでは年をとって衰えたらそれでお終まいじゃないですか。新天地で自分の組織を立ち上げることを考えた方がいい」とズバッと言われ、単純にもそれを受け入れたことが全ての始まりでした。「帝京ちばで血液内科立ち上げをやってみないか」との話があり、内科主任教授のN先生、病院長のW先生と面接を受け、助教授で採用、赴任時期は一任する、と一気に話が進みました。<br />幸い筑波記念病院血液内科の後任も決まり、筆者が週２日非常勤としてサポートすることとなり、後顧の憂いを減らして2006年8月2日に帝京ちばに初出勤となりました。</p>
<p>[最初の半年間]<br />まず直面したのは通勤です。自宅（つくば市）から帝京ちばまで、高速を使えば1～1.5時間くらいかな、と高をくくっていたところ、朝の渋滞時間だと楽に２時間オーバー、といって一般道を通ると２時間半以上、これを往復週３回以上通わねばなりません。電車も乗り換えが多い上、時間もほぼ同じ位かかります。車のナビゲーションの設定を色々変えて、裏道を走ったり、途中で食事をしたり、早い時間に出発したり、長時間運転のせいか2007年2月には腸閉塞で10日間入院するハメにもなりました。<br />いまのパターン（自宅発は深夜午前２時頃、帰りは市原を夕方５時半発、いずれも一部区間のみ高速道路使用）に辿り着くまで多くの試行錯誤が必要でした。しかし、この過程を経て時間調整や移動のスキルが高まりました。最近は東京都板橋区にある帝京大学本院や、厚生労働研究班代表者として頻繁にあちこちに行く機会が増えましたが、大変スムーズに時間通りに移動することができるようになりました。<br />医師としては通勤時間が長い方ですが、世間では毎日４時間通勤という方も多いと思われます。この問題を克服する過程で時間管理と健康管理の重要性を学ぶことができました。また「箱入りドクター」のため筑波大学関連施設はおろか、他大学の風土など知りません。筑波大には医局がないという事情もあり、助教授でありながら、医局講座制という制度も知らず、一体どこで何をすればいいのか、暗中模索が始まりました。<br />12月に助手としてM医師が赴任する予定なので2007年1月の病棟稼働を目標としました。そこでまず考えたのが、病棟や外来の看護師さん達と仲良くなることでした。彼女（彼）らと協力体制を築くことの大切さは、筑波記念病院でクリティカルパスを運用するときに身に沁みていました。現場の看護師さんに加え、師長クラスや看護部長とも連絡を密にし、飲み会や食事会を何度もやりました。そこを足掛かりに院内の情報や人間関係を教えてもらうことができ、徐々に輪が広がりました。<br />ただ、それだけでは時間が余り、つくば～市原を週３往復のため飲み会をできるのも週１～２回に限られます。その時間を利用して途方もないことを考えました、「厚生労働研究班に応募しよう」と。実は2006年4月から筑波記念病院の医師として、4つの研究班の研究分担者として活動することの許可と支援をいただいていました。そのため書類作成や予算の管理の経験があり、さらに贅沢なことに筑波記念病院で筆者の予算管理だけをする専任者を採用していただけました（普通こんな厚遇はないと思います）。勿論、研究分担者と代表者には大きな溝が存在します。でも魅力がなければ人は集まらない、という趣旨のもと無謀にもチャレンジを始めました。12月上旬が提出期限であり、11月以降は書類作成に没頭しました。という訳で当時は、週3.5日は帝京ちばで書類作成、外来、当直、飲み会を、週2日は筑波記念病院で回診、外来、研究班活動を行うという生活を送っていました。<br />12月にM医師が赴任され、病棟稼働に向けての具体的な準備が始まりました。最も重視したのは夜間のon call制です。主治医が全て対応するのは齟齬を減らすには有効ですが、真の休息がとることができず過重労働の元凶です。そのため、治療方針やポリシー、クリティカルパスや夜間緊急時対応などの統一を図りました。当初は、筆者が市原に週１泊しかできないのでM医師に大きな負担がかかってしまいましたが、2007年以降人員の増加で解消されました。また当時、帝京ちばは診断群分類（Diagnosis Procedure Combination: DPC）対象病院ではありませんでしたが、医師、看護師共にDPCに対応した病棟運営を当初から指示しました。ここは筑波記念病院で鍛えたDPC対応パスのノウハウが役立ちました。こうして2007年1月を迎えました。（続く）</p>]]>
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