医療ガバナンス学会 (2021年7月8日 06:00)
日本バプテスト病院 中央検査部
中峯寛和
2021年7月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
この報道に接して、昔の経験と最近の出来事に思い至った。昔の経験とは、医学関連用語に関連する外国報道の、誤訳を指摘したことである (2)。「急性骨髄性白血病」および「リンパ節を冒すホジキン病」とすべきところを、「急性脊髄白血病」および「リンパ節に影響するホジキン病」と誤訳したのは共同通信社で、これをそのまま掲載したのは毎日新聞である(これらの誤訳は、「myelo-」を「脊髄」と誤認したため;「affect」には「影響する」以外に「冒す」という意味があることに、訳者が気付かなかったためと思われる)。筆者の知る限り、両メディアによる訂正報道はなされていない。
最近の出来事とは、新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) と、これによって引き起こされる病気 (COVID-19) との混同である。SARS-CoV-2 がわが国で蔓延し始めた時期に、日本内科学会雑誌のオンライン版 (2020 年 2 月 21 日) で「(緊急寄稿) 新型コロナウイルス (COVID-19) 感染症」と題する総説が開示された (3)。緊急状況の真っ只中なので混同も止むを得ないだろうと思っていたところ、翌月 10 日に発刊された印刷版では「(特別寄稿) 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)」と訂正されたていた (4)。この訂正は、執筆者あるいは編集委員会が、内容アップデートの際に混同に気付いたことによる以外に、オンライン配信に対する読者からの指摘による可能性もある。いずれにしても半月余りで訂正されており、問題への対応が迅速であったことに安堵した。しかし、同じ誤りが1年以上経過した本年 4 月、5 月に、連続して再発した。『WHO では「COVID-19」の名称が推奨され,一般的には「新型コロナウイルス」と呼ばれる一方,』(5) および「SARS-CoV-2 (COVID-19) 感染」(6) との記載である。後者では表題だけでなく本文中にも、(COVID-19罹患でなく) 「COVID-19 感染」が頻繁に出てくる。しかし、当該雑誌の 6, 7 月号に訂正記事は見つからない。
COVID-19 の D が disease の略であることを知っていれば、上記のような混同はあり得ないが、最近は略語のフルスペルを確認しないまま使用する医療関係者・医療関連文書執筆者が、以外に多い印象がある。これには、ウェブ検索すればフルスペルがすぐに判るという環境が関わっているのかも知れない。論文化を目指した英文原稿では、DNA, RNA など略語が単語となったと解釈されるものを除いて、当該用語が最初に登場する際には「フルスペル(略語)」と記載するので、フルスペルを知らないはずはないのだが。。。筆者は若い頃に、フルスペルを知らないまま略語を使ってはいけないと教わったため、自身にとって初めての略語に遭遇した場合には、フルスペルを確認する癖がついている。そのせいで、医学以外でも、例えばメール用語の「cc」は carbon copy(昔の、カーボン紙によって複写された文書、に由来)であることも、高級外車の販売会社「BMW AG」は Bayerische Motoren Werke Aktiengesellschaft であることも知っている。加齢による記銘力低下のせいもあり、今では多くの場合、フルスペルを知らないと、略語を覚えることも思い出すこともできない。
このような誤りは、実臨床には影響がないかも知れないが、臨床といえども学術を軽視してよいはずはなく、医系学生や卒後の教育にも支障を来しかねない。そこで最近の誤り (5)(6) について、訂正を求める意味で当該雑誌に短文を投稿したが、結果は「小誌の掲載方針、目的に一致しない」との理由で、不採択であった (7)。この文章から、以下の具体的な不採択理由に思い至った。i) 医学用語に関する 1993 年の投稿 (2) は、病理学的内容ではなかったが、改変指示なく採択された。したがって、この雑誌の「目的」とするところが、四半世紀のうちに変化した可能性がある。ii)「掲載方針」とは、当該雑誌に批判的な内容の投稿は掲載しない、というものかもしれない。これが事実とすれば、批判的な内容こそ正面から受け止めて改善に繋げる、という前向きな態度とは対極にある「編集方針」ということになり、病理診断に関する貴重な邦文医学雑誌として、誠に残念である。
専門家によるこのような誤りは放置できないので、今後の防止策として、以下の 2 点を提案したい。その第一は、上記日本内科学会雑誌のように、雑誌発刊前にオンライン配信することである。この方式の主たる目的が、迅速な情報開示にあることは言を俟たないが、今回の経験から、読者が誤りを指摘する(いわば、誤りを訂正するための “公聴会” あるいは “原稿査読” の)機会にもなり得ることに気付いた。第二は、以前から指摘しているように (8)、依頼原稿といえども査読方式を採用することである。特に、医療に直結する出版物では、些細な間違いであっても放置され続けると、やがては重大な間違いも訂正されないまま発刊される、という事態になりかねない。特集号、単行本などで一冊に収録される総説が多いため、第三者による査読が困難と予測されるなら、それぞれの総説の執筆者が相互に査読するという方法もある。これらについては、少なくとも医学関連文書の出版関係者に、是非とも検討頂きたいものである。
文献
(1) 読売新聞,日刊,1面,2021年4月6日
(2) 病理と臨床 1993, 11:1119
(3) https://www.naika.or.jp/jsim_wp/wp-content/uploads/2020/02/Novel-coronavirus-COVID-19-disease.pdf
(4) 日内会誌 2020, 109:392-5
(5) 病理と臨床 2021, 39:412-5
(6) 病理と臨床 2021, 39:510-2
(7) 月刊「病理と臨床」編集委員会.「病理と臨床」編集室.2021年5月26日
(8) 診断病理 2020, 37:84-91