医療ガバナンス学会 (2021年7月26日 06:00)
この原稿はAERA dot.(2021年6月30日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/dot/2021062800025.html
NPO法人医療ガバナンス研究所内科医・研究員
山本 佳奈
2021年7月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
コロナワクチン接種が済んだ高齢の方に、「まだマスクは必要ですか?」と聞かれることが増えてきました。「日本も外国のように接種が進んで、接種した人はマスク不必要となるまではつけておいてくださいね」という一方で、「暑くなってきたら、適宜外して熱中症には気をつけてくださいね」とお伝えしています。
さて、東京オリンピック・パラリンピック開催予定日まであと3週間となりました。現在の最重要懸念事項としては、新型コロナウイルス感染症であることに間違いはありません。しなしながら、最も気温が高く湿度も高い期間中に開催予定であることから、「熱中症」対策も重要な対策の1つです。マラソンの開催地が東京から札幌に変更になったことを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
熱中症とは、体温が外へ逃げる仕組みが破綻し体温調整ができなくなることによって、身体に熱が溜まってしまう状態です。熱中症の要因の1つ目は、引き起こしやすい環境です。高温多湿、風が弱い、日差しや照り返しが強い、閉め切った室内やエアコンが設置されていない部屋などが一例です。要因の2つ目は、身体状況です。体温調整機能が低下している高齢者や、発汗機能が未発達な乳幼児、疾患を抱える方や肥満、栄養状態が良くない方や、脱水状態の方、寝不足や二日酔いなど体調不良の方が挙げられます。3つ目は、引き起こしやすい状況です。激しい運動や長時間の屋外作業、不十分な水分補給である状況です。
こうした要因によって体温調整機能が崩れることで、体内から熱を逃がすことができなくなり、体温が上昇してしまいます。暑い環境下であることに加えて、スポーツや肉体労働の要素が合わさって発症する熱中症を「労作性熱中症」ということもあります。
労作性熱中症は、アスリートや消防士、農業労働者、工場や工事現場の作業者といった労働者、兵士など健康な若者に最も多く、仲間やコーチからの動機付けやプレッシャーなどは、生理的な能力を超えて行動することを促すため労作性熱中症の危険因子となることが指摘されています。音楽フェスなどのイベントでの飲酒も危険因子です。
初期症状の段階で、涼しい場所に移動し、水分や塩分補給を適切に行えば、重症化することはありません。しかし、肝臓や腎臓などに障害が起きてしまう段階まで進んでしまえば、最悪、死に至ってしまうのです。
ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のShimizu氏らによる2020年の夏の新型コロナウイルス感染症の流行と熱中症による搬送件数を調べた調査があります。それよると、2020年7月からの再感染拡大に伴い、8月にはCOVID-19の入院者数が再び1600人を超え、この間に、東京での緊急搬送件数は8月上旬から中旬にかけて徐々に増加し、8月11日(第33週)に93件、8月16日(第34週)に101件と、熱中症による搬送患者が増加した時期に対応していることが分かったと言います。
日本でもワクチン接種が進められている一方で、6月中旬からコロナ感染者数は下げ止まっています。五輪の開催によって第5波へと発展する可能性も示唆されています。
例えば、10月にずらして東京五輪を開催すれば熱中症の心配はなく、ワクチン接種も今より進んでいるでしょう。世界各国のあらゆる対策を参考にし、国内での感染対策に反映させていれば、昨年末から日本でもワクチン接種を開始していれば、前向きにオリンピック開催について議論できたと思うと残念でなりません。万一、このまま開催するのであれば、コロナ以外の健康上の対策もしっかりと行って欲しいと思います。