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Vol.22182 補給なき前線兵士のごとき、介護現場の実態

医療ガバナンス学会 (2022年9月1日 06:00)


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介護福祉士・ライター
白崎朝子

2022年9月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

8月なかば、クラスターが出た介護現場に応援に入っていた身内から、「発熱した。これで戦線離脱です」と連絡があった。
私は2020年2月から、コロナ禍にあえぐ介護現場の実態を取材し記事を書いてきた。だが『戦線』という言葉が出るくらい、現場は苛酷なのだと、改めて痛感した。

夏になると戦争にまつわる番組がたくさん放送される。遠縁に長崎の被爆者がいる私は、学生時代に自主ゼミ等で戦争に突入していった近現史を学んだ。戦争関連の番組は極力を視聴するようにしているが、今年の夏は医療・介護現場で働く仲間が次々クラスターに見舞われ、辛すぎて戦争関連番組は観れなかった。
それでもインパール作戦に関するEテレの番組をなんとか視聴。苛酷な前線とクラスターが重なり、祈るような想いで目を凝らした。

いま発熱外来のある医療現場や、クラスターが発生した介護現場では、検査キットも職員のいのちを守るための医療用手袋も不足している。医療用手袋の値段が2倍になったためか、医療用手袋の支給を廃止した誰もが知る大企業の有料老人ホームもある。

食糧等の補給もなく、餓死や自決した前線兵士たちのように、私の仲間たちもまた、自らのいのちを守る必要最低限の物資も足らず、戦場のような現場を支えている。そして、前線に兵士たちを取り残し、自分たちはさっさと逃げ出した司令官たち上層部と、政権与党や厚労省・財務省官僚、国と結託して利潤だけ追求している大企業の幹部たちの厚顔無恥な顔が重なる。

以下の報告は、私が知り得た現場実態のごく一部にすぎない。だが、多くを語らなくてもこのメルマガの読者なら、仲間たちの窮状を察して下さると信じている。
■クラスターになってもスクーリング検査がなされない

Aさんが非常勤で働く大阪市の有料老人ホーム(某大企業運営)では、7月、陽性の疑いがある職員が出た。以前なら検査結果が陰性とでるまでは感染予防対応がなされていた。しかし今回は施設長判断で対策が全くなされなかった。この施設に関して相談していた労働運動家から、「職員に対する安全配慮義務違反です。市の保健所や高齢者施設担当に連絡すれば、指導は入るのでは…」と助言された。
8月中旬、利用者3名に陽性者が出た。翌朝、大阪市に連絡するも、「法的根拠がないので、その事業所に対し改善指導する権限は市にはありません。その事業所を運営する本社に話すべきです。感染対策に対して事業所がどう考えているのかは、正解も間違いもありません」という返答だった。大阪市は利用者や職員のいのちを危険に晒している事業所に対し、監督指導しないと『明言』した。
ちなみに都内のある自治体に同じ質問をしてみたが、「感染対策がなされていなければ、監督指導します」と答えた。

3人の陽性者はまたたく間に12人にまで拡大。Aさんの施設では初めてのクラスターとなった。医療用手袋が高騰したためか、すぐ外れてしまう安物しか支給されなくなっていた。彼女は手袋やマスクを二重にし防衛している。クラスターが施設内で発生した場合、他のフロアも食事は居室対応がベストだ。だが人手がなくクラスターの出ていないフロアは個別対応はできなかった。
クラスターがでたフロアの担当職員も、医療用マスクなしで陽性者対応をしていた。非常勤職員のAさんには、保健所が調査に来ているのかどうかすら分からず、適切な情報共有もないまま、職員たちは現場を支えている。
また検査キットが足りないからとクラスターが出ても、職員全体のスクーリング検査はしない方針に変わった。Aさんのフロアでは、利用者が発熱しても検査はされなかった。8月末、クラスターは終息に向かったが、いつリバウンドするかは分からない。この施設は職員すら、感染者の実数がきちんと情報共有されていない。
■高齢者とその家族・支援者に犠牲を強いる大阪府

7月、介護現場で働く大阪市の友人たちが次々に感染した。Bさんは妻子に感染拡大し、解熱すると5人家族の看病と家事一切を担い、療養する暇もなかった。
Bさんが管理職を勤めるデイサービスでは利用者も多数感染し、職員も1人以外は全員感染したため、20日からデイサービスの閉鎖を余儀なくされた。28日から独居で風呂がない人、介助がないと入浴できない人の利用を一部再開した(平常は8月1日から)。10日~2週間近くサービスを利用できなかった人の多くに脱水などの二次症状が出ていた。
同法人の認知症対応型グループホームでも感染者が続出。狭いフロアをなんとかゾーニングし最低数の職員で対応した。この法人では管理職が次々感染。現場の混乱は凄まじかったろうと推察できた。

大阪市の友人たちが苦闘する渦中、吉村知事は高齢者と高齢者に接触する人に行動制限を要請した。だが介護職はずっと自粛し、副反応に苦しみながら3回目のワクチンも接種した。しかし医療・介護職以外の若い人の接種率は低く、またワクチン効果も薄れていたため、市中感染が拡大すれば介護現場のクラスターは、どう努力しても防げない。
「感染予防をしても一網打尽でした。相変わらず、吉村知事の『やってる感』、国への批判で自分等への批判を反らす感じとか、維新の会の害悪はいろんなところへ影響を及ぼしています」とBさんは憤る。
■なぜ検査ができないのか?

毎週全職員の検査をしてきた、首都圏のある障害者支援施設では、8月に全利用者3分の1が感染、職員は昨夏のクラスター時の3倍も感染する大クラスターとなった。休日出勤と残業で欠勤者の穴埋めをしていた管理者Cさんは、クラスター発生から5日後、帰宅後に発熱。自宅近くで検査ができず、発熱から2日後、自治体から送られてきた検査キットで陽性と判明した。

なぜ検査ができないのか? PCR検査に力を入れてきた東京都世田谷区でも、介護現場の昨年の検査実施率ははかばかしくなかった。
民間企業が運営する世田谷区のある小規模施設では、2020年年末にクラスターが発生。だが終息後は1回も定期検査はしてなかった。区長が尽力し検査体制を構築しても、現場が検査をしなければ『絵に描いた餅』だ。

私の母が入所していた世田谷区に施設も、クラスターが出た後でも、月1回の定期検査のみ。実母のことなので、世田谷区の介護保険課に問い合わせたが、「検査や感染予防物資の助成については、ファックスで全施設にお知らせしています」という返答だった。だがクラスター時に対応した現場職員からは、医療用マスクもフェイスシールドもなくクラスター対応を余儀なくされたと聞いていた。管理職や事務が先に全員感染したためだった。いくら助成制度をつくっても申請待ちでは、たとえ無料でも申請すらされない。

全身全霊で感染予防に取り組んできたが、今夏、初めてのクラスターに苦しんだ大阪市のBさんは、「小規模事業の場合、管理者も利用者の介護をしながら、日々の事務や経理もしなければならず、検査はかなり負担です。大阪府が打ち出した3日に1度の抗原検査の助成制度も報告義務があると聞いて、仲間の管理者たちはみなやりたくなかった」と実情を語る。

2020年12月に交渉をした際、厚労省は、「コロナ禍で大量の失業者が出てますから、介護現場に人はきますよ」と言っていた。しかし、それから2年8ヶ月、離職者は出ても介護現場の慢性的な人材不足は全く解消されておらず、職員たちの疲弊は半端ではない。
財務省は教育産業が潤うヘルパー初任者研修には予算をつける。だったら自治体が『検査支援員』のような雇用を創出できるような予算措置をし、現場の検査を支援する人材を派遣して欲しい。介護は失業者なら誰でもできるような仕事ではないのだから…。

■介護現場に検査キットを!

この夏、私の知る介護現場でクラスターが発生した施設は5ヶ所。入院できた利用者は1人。いま入院できるのは中等症Ⅱ以上。ベッドの空きもなく一般病棟を潰しているため、気管挿管か人工呼吸器が必要な人しか入院できないという医療関係者もいる。医療が逼迫しているため、看護師もおらず、隔離しにくい小規模施設でも施設内療養となっている。そのため管理職を含む職員が次々に感染、管理職が夜勤明けに日勤するようなシフト体制が常態化した施設もある。

昨年と今年夏、苛酷なクラスターを経験したCさんは、「この夏は昨年以上の感染力で、障害や認知症がある利用者はマスクもできず、行動制限も不可能。どんなに頑張ってもクラスターは回避できなかった。検査キットが十分あったとしても感染拡大を防げたかは疑問です」と話す。

大阪市のBさんは、小規模施設の場合、一般の一軒家もあり、個室管理を完全にするのは難しいという。「体調が悪いと思ったとき自宅ですぐ検査ができて陽性がわかれば、すぐスクーリング検査ができた。でも検査キットは職場にも手元にもなく、土日祭日だと病院もやっていない。家族が薬局に買いに行ったが置いてなかったり、薬剤師が『病院へ行った方がいい』と売ってくれず、なかなか手に入らなかった。3連休で病院も休診。でも介護現場は3連休なんて関係ないから、その間に濃厚接触となり検査が遅れた。クラスターが終息したいま、大阪市に申請して、10日後位にやっと届いた検査キットを全職員に配布した。とにかく行政が検査キットを配布することが前提」とBさんは話す。

クラスターになる前に、例え現場から申請がなくても、検査キットを予め送って欲しい。施設単位、管理者でなければ自治体に助成制度があっても申請ができず、かつて私の母がいた施設では、管理職が感染源だったため事務職が全滅し、申請どころではなかったからだ。

いまこの瞬間も、私のかけがえのない仲間たちは、政治や一般市民に顧みられず、自分や患者・利用者のいのちを守る必要不可欠な物資すら足りずに闘っている。
私は仲間たちに最低限の安全を確保したいと、8月半ばから知り合いの国会議員数人と、私の住んでいる地域の都議会議員や、面識ある地方自治体の議員たちに働きかけをしている。このささやかな行動が実を結ぶことを祈って……。

 

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