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Vol.23041 やはり要注意「公共交通機関」、しかし本命は「進行方向多様性」 ~人流データからの発見~

医療ガバナンス学会 (2023年3月3日 06:00)


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東京大学工学系研究科
大澤幸生

2023年3月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

満員電車に乗ると、それだけで感染症をもらってしまう気がするという人は多い。その一方で、乗客はほとんどが静かにしているので感染リスクはないという人もいる。神戸大学の坪倉誠氏のシミュレーションによると、各駅電車でのドアの開閉によって窓開け5センチ程度の換気が得られるという。国立病院機構仙台医療センターの西村秀一氏は「山手線などでは頻繁にドアが開き、つねに換気されているのと同じ。皆がマスクをしてじっと乗っているだけなら、まず危険はありません。」と述べている(President Online 2021.7.13)。⼟⽊学会 ⼟⽊計画学研究委員会の新型コロナウイルスに関する行動・意識調査によると「一回電車やバスやタクシーに乗る」ことによる感染確率についても推計すると、最も感染が拡⼤していた時期で⾼々約 0.0097%しかない」(新型コロナウイルスに関する行動・意識調査 2020.6.5)が、「回答者の平均値は 30.1%と約 3100 倍も過大」としている。しかし、同調査での計算方法では、0.0097%といっても国全体での感染者の比率よりもはるかに大きいことになる。

電車は安全なのか、それとも危険なのか?

この問題について今回は、Agoop社製のポイント型人流データから一応の解決を見ることができたことを紹介する。このデータは、スマホのセンサーを用いてデータ化した個人ごとの移動の速度や方向を時々刻々記録したものであるが、まず、図1 左 (URL:
https://drive.google.com/file/d/1rEMdvZIb8uJ9AcMyJuEbXq5iesWDswDm/view?usp=share_link ひとつひとつのプロットは、東京の市区町村を表す)から、人の移動の速い地域で感染者数が増えていることが分かる。しかし、よく見ると速すぎる。人の歩行速度は毎秒1~1.5メートル程度であるが、このデータで感染者数が多くなるのは、2020年12月の平均で毎秒2.0メートル以上という領域である。これは人の歩く速度ではなく、1.5%の人が電車に乗り、残りが歩いている状態だとすればちょうど一致する。これは人の歩く速度ではなく、4%の人が電車に乗り、残りが歩いている状態だとすればちょうど一致するような地域での平均速度である。実は、2019年12月の平均では毎秒3.4メートルという領域で感染者が増加していた。こちらは4%の人が電車に乗り、残りが歩いている状態だとすれば一致する。これらは、2019年から2020年にかけてコロナ禍により電車の利用者が7割減ったとされる当時の状況に合う結果である。

ところが、不思議なことに、2021年の7月下旬から8月上旬ごろには、人の移動速度が増えるにつれて感染者数が減るようになる(図1 右)。しかも、移動速度の平均は毎秒7.2メートルとなっている。中央値であれ4.6%程度となるが、それでも2020年の2倍程度が電車並みの速度で移動していたことになる。ニッセイ基礎研究所「新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」によると、自家用車を用いることへの関心が2021年は2020年の約二倍になっていたことから、この平均速度の増加は電車ではなく自動車、特に自家用車の利用が顕著増えたによると考えるのが、現在までに検討した最も有力な仮説である。2020年に西村大臣からの政府声明で国民に推奨されたStay with Your Community(いつも一緒にいる人と接触するだけなら、感染爆発を招かないという、筆者が2020年に発表した原理)を、家族や親しい友人や同業者を載せるだけの自動車では乱さずに済むと考えると、この2021年の「逆転」はよくわかる結果である。

つまり、以下の3つの仮説が有力である。
(a) 感染拡大に、電車での移動はやはり影響していた
(b) 自動車に乗り換えると感染拡大は抑えられる
(c) 以前私自身がシミュレーションによって示したように遠距離移動そのものが感染拡大原因であることから、(a)だけで感染場所が電車だとは言えないが、(a)と(b)から、電車の利用そのものが感染拡大の原因となっていたと考えられる

このようなわけで、次に「電車」や、電車の行き来する「駅」に焦点を当てて人々の動きを観察してみよう。大学の近くの駅を出ると、大多数の人が大学に向かって歩いてゆく。こういったシーンは、歴史的名所のある観光地や初もうでの神社でも見られる。神社や城など、目的地の本堂や天守閣がひとつあって、訪れる人はほとんどがその目的地に向かってゆく。これと全く違う様相を見せるのが大都市の大きな駅で、様々な方向から人が集まり、また様々な方向に散ってゆく。

これらのうち、感染症の感染が拡大しやすいのは、どの駅の周りだろうか?

この問いに対する答えを導く分析結果も、上記のAgoop社製のポイント型人流データから発見できた(図2 URL:
https://drive.google.com/file/d/1L874i6ONW4MjljbhvL8h0YD9HR4sCJh9/view?usp=share_link )。この図にみられる驚くほどの相関の強さの意味を説明すると、横軸は「移動方向エントロピー」という、私が考案した単純な数値である。その意味は、スマホを持った各個人が向かう方角(北が0度)が、地域全体としてどれだけばらついているかというものである。縦軸は、人口1万人あたりの感染者数。この図から、「人々の移動方向がばらついている街は、感染リスクが高い」という法則がはっきりと見える(やや専門的用語を持ち出すと、ピアソン相関係数が75%を超える非常に高い相関)。広い地域で様々な方向に走る道があって、それらの上に同じ数の人がいたり、円形の道を同じ密度で人々が移動している場合にも、この移動方向エントロピーは高くなるが、実際には駅の近くに人が集まり、円形の道はほとんどない。移動方向エントロピーが高いのは、駅などの人口密度の高い場所に多方向から人が出入りしている場合であると考えられる。

すなわち、どの駅の周りがハイリスクかという上記の問い対する答えは最後の選択肢、つまり、多方向からそして多方向への人の移動がある駅や駅のある地域である。逆に、もし、あなたの住む地域で全ての人が同じ方向に歩いてゆくばかりなら、感染拡大のリスクは小さいということになる。

この法則には、二つの理由が考えられる。ひとつは、人々が同じ方向に向かって進んでいれば、面と向かってウィルスをぶっかけ合うような会話や接触をしないからである。その逆に、レストランや居酒屋でも、向かい合うと感染リスクが増してしまうということは周知であろう。しかしながら、向かい合った角度ですれ違う時間は一瞬で、その間に感染が起きることは考えにくい。いまひとつの理由は、行き交う人の多様性にある。神社の参道を行く人たちは老若男女さまざまであり、様々な家庭や職場に属し、そのうちいくつかの集団は集団内で交じり合い、同じ向きに進む人の流れに乗って進んでゆく。参道から出ると、土産を買いに行く人もいれば、駅近くのレストランや居酒屋に入って、多様性の中での会話を楽しむ人もいる。大きな駅に集まる人々となれば、この多様性は一層増すことになる。一方、ある大学の近所を歩く学生たちは、大学から帰宅する際には一斉に駅に向かい、電車に乗れば乗降客数の多い駅に向かってゆくことが多いので、移動方向が揃いやすい。このように、安全性を求めるのであれば、個々人が多様なコミュニティと向き合ってしまう環境を避けられる街にいるのが安全だということになる。

以上をまとめよう。知見として示せることは、以下の2点である。

・電車など公共交通機関での安全管理を見直すこと:もうすっかり乗客は油断して会話を楽しんでいる。「黙乗」とでも書いた張り紙を貼り、晴れた日は(別の機会に述べるが感染リスクを上げるので)窓を常に開けておくのはどうだろうか。

・多様な人の集散する場所(大きな駅など)の周辺では、できるだけ感染対策への意識を持ち続けるように自治体が工夫するのがよい。無条件に居酒屋などを悪者にせず、多様な人々の向き合いを抑えStay with Your Communityを意識した接客(例えばテーブル間の距離を開け、給仕する人はテーブルごとに一人専属にするなど)を工夫することが良い。

感染症はコロナで終わりではない。落ち着いた今のうちに、これまでの知見を冷静に整理して、持続性のある方法を確立することが重要である。

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