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Vol.23059 フグの驚くべき生存戦略

医療ガバナンス学会 (2023年4月3日 06:00)


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東京海洋大学
安永和矩

2023年4月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

冬の味覚の象徴として知られている「フグ」だが、フグに含まれる神経毒によって、口やのどのしびれ、吐き気、嘔吐、下痢、筋肉の麻痺、呼吸困難などの中毒症状が現れる危険な一面もある。一方で、このフグ毒は医療分野での研究も進められており、フグ毒を利用した麻酔薬や抗がん剤の開発が期待されている。このようなフグ毒について、2回に分けて紹介したい。第1回では、フグが毒を獲得する経緯や役割について、第2回では、日本におけるフグ食文化の歴史と食中毒の発生事例について述べたいと思う。

まず、フグ毒とはなんだろうか。フグ毒の正体は、テトロドトキシンという神経毒である。毒の強さは、青酸カリの千倍以上と言われており、トラフグ一匹の毒量で、10人分の致死量に値するほどの猛毒である。また、耐熱性にすぐれていることに加えて、酵素等による分解もほとんど行われないというところも厄介な点である。この毒は、フグの種類によって異なるが、卵巣や肝臓などの内臓に多く含まれている。フグ毒が体内に入ると、神経伝達が阻害されることによって、体内に麻痺が起こる。一方でフグの場合、細胞とテトロドトキシンの結合がしづらいため、他の生物と比べてテトロドトキシンの影響を受けづらい。

では、なぜフグはこのような毒素を体内に保有しているのだろうか。最初に考えられることは、外敵から身を守るためである。フグの仲間は、毒腺を持っており、周囲に毒を噴出することで、外敵に対して毒をもっていることを知らせることができ、これが自己防衛につながっていると考えられる。また、繁殖の際に異性を惹きつけるフェロモンのような働きをもっているとも考えられている。そして、もっとも重要な役割として考えられているのが、子どもを守るためである。フグが成熟するにつれて、体内の毒を卵巣に集中させ、卵の中に毒素を注入している。卵が成熟するにつれて、テトロドトキシンの濃度が高くなり、子どもに引き継がれる。これによって、卵や孵化したばかりの子どもが外敵から捕食されるのを防いでいると考えられている。これは、産まれたばかりのフグを口にした魚が、フグを吐き出した実験からも明らかになっている。

このようなフグ毒であるが、驚くことにフグ自身では毒を作り出すことは出来ず、食物連鎖を通じて、体外から毒を取り込んでいるのだ。フグ毒を作る事の出来る細菌を、小型の貝類が捕食し、毒素をもった貝をフグが捕食することで、フグの体内にフグ毒が取り込まれるという流れである。驚くことに、フグは、共喰いのようなかたちでお互いの高濃度に毒素が含まれる卵を捕食し、効率的に毒を体内に取り込んでいると考えられている。

このように、親フグは、我が子に毒を供給するために、体内にテトロドトキシンを蓄えているのである。毒素をもつ生物や卵を捕食しながら成長し、体内に毒を蓄積させたのち、その毒素を次世代に引き渡しているのだ。生涯掛けて子どものために毒を蓄積させる親の「母性愛」を目の当たりした。

次回は、猛毒を有するフグの食文化の歴史と今後の課題について紹介したいと思う。

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