最新記事一覧

Vol.23073 若年男子にも、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの定期予防接種を

医療ガバナンス学会 (2023年4月24日 06:00)


■ 関連タグ

ナビタスクリニック新宿
濱木珠惠

2023年4月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

先日、大学に入学したばかりの男子学生がヒトパピローマウイルス(HPV)の予防接種のために、我々のクリニックを受診した。「両親から勧められた」という。両親は医療関係者であり、大学生になって交友関係が広がり感染する機会があるかもしれないと考えたようだ。また別の男子学生は「ジェンダーを勉強するサークルにいて、周囲の女子学生はみな接種している。そこで男子も接種したほうがいいと知った」と話してくれた。男子学生がHPVワクチン接種に関心を持って来院してくれることを、医師として非常に嬉しく感じた。

HPVの予防接種についてご存じだろうか。HPVは200種類以上あり、よく知られているのは皮膚の疣贅(いぼ)を起こすタイプであるが、様々な性器感染症を引き起こし長期的にはがんを発症させるHPVもある。ワクチンで予防したいのは後者のタイプだ。
ナビタスクリニック新宿では2016年の開業以来、HPVワクチン接種を積極的に行なってきた。HPVワクチンの接種を続けていて気づいたことがある。男性の接種希望者が増えているのだ。

日本では2013年4月から小学校6年〜高校1年生の女子に対してHPVワクチンの定期接種が開始されていたが、不幸なことに、直後の2013年6月から2022年にいたる約9年間、定期接種の積極的勧奨が止められてしまい、定期接種のワクチンであるにも関わらず接種の案内が行き渡らなかった。ようやく定期接種の積極的勧奨が再開されたのは2022年4月からだ。この間、国内では2価あるいは4値のHPVワクチンが使用され、より効果の高い9価ワクチンが先進国で次々と導入されたにも関わらず、2021年2月まで日本では販売されなかった。また2020年12月には男性に対する4価HPVワクチン接種が承認されたが、まだ一般に知られているとは言い難い。一方、海外では女性だけでなく男性に対しても定期予防接種を行う国が増えてきている。

私達のクリニックでは2017年3月に初めて男性から問い合わせがあり、男性に対してもHPVワクチン接種を行うようにした。2017年12月に当時は国内未承認だった9価HPVワクチンの個人輸入を始めたところ、男性からも9価ワクチンの接種希望がくるようになり、毎月10人前後の接種希望の男性が新規に受診するようになった。

http://expres.umin.jp/mric/mric_23073.pdf
図1 当院での男性の初回接種者数の月ごとの推移を示す

グラフは、HPVワクチンの初回接種人数を示したものである。2022年12月末までに823人の男性がHPVワクチンを接種している。4価での接種は188人、9価は625人であり、圧倒的に9価を希望する方が多い。コロナ流行期には一時的に人数が減ったが、2回目3回目の接種の方を含めると、おおむね月に30−50人程の男性が接種している。
興味深かったのは、当院でHPVワクチン接種した男性の8割が日本人であることだ。新宿という土地柄か女性の接種者は中国からの留学生が多く、日本人は女性5673人の接種者のうち2割程度であるのと対照的だ。日本人女性は当院でなくとも内科、小児科、産婦人科など複数の施設で接種できるが、男性に対して接種している施設が少なく、日本人男性が当院に集まりやすいからかもしれない。実際、「地元に接種してくれる施設がなかった」という話や「9価どころか4価のワクチンでも断られた」などの理由で、関西や九州からわざわざ上京してきてくださった男性もいた。だが、そもそも男性からここまで反響があるとは全く予想していなかったというのが正直なところであり、男性も情報が伝われば関心を持ってもらえるのだと知った。

ここでHPVワクチンについて説明しておく。HPVワクチンは「子宮頚がんワクチン」と呼ばれるため、女性のためのワクチンと思われがちだ。しかし男性が予防接種をすることは女性への感染リスクを減らすだけではなく、男性にとっても複数の病気の予防効果がある。その代表が尖圭コンジローマという性器にできるイボ、それから肛門がん、陰茎がん、中咽頭がんなどだ。
HPVは一度感染しても多くは自然に排除されるが、一部は感染が持続し病気を発症させる。尖圭コンジローマの原因の9割はHPVの6型と11型だ。性行為で感染し、陰部や陰茎、肛門にイボをつくる。自覚症状はないか、ときに強い痛みやかゆみを伴うこともあるが、体の外側に出てくるので発見しやすい。それに対して16型や18型は、陰部に感染するが、粘膜表面に平らなイボを作るので肉眼では見つけるのは難しい。通常は症状があまりないが、感染部位で数年〜十数年後の発がんリスクを高める。16型、18型は子宮頚がんの約7割の原因とされ、肛門がんや陰茎がん、咽頭がんなどの約8−9割の発症にも関連している。
これらのHPVの感染を防ぐことががんの発症の予防につながる。HPV 16型、18型を予防するのがサーバリックス、HPV 6型、11型、16型、18型を予防するのがガーダシルだ。その後、がん発症に関連するHPV 31型、33型、45型、52型、58型の5種類への感染予防効果を追加したのが9価のガーダシル9だ。国内ではシルガードの商品名で販売されている。

男性にもHPVワクチンが有効であることはすでに大規模臨床試験で確認済みである。2011年2月、臨床医学でもっとも権威がある総合雑誌のNew England Journal of Medicine誌に、18カ国の16−26歳の男性4065人を4価のHPVワクチンを接種した群と非接種群とに分けて比較をした大規模な二重盲検試験の結果が掲載された。この研究では、30ヶ月後のHPV関連の外陰部の病変の発生率がワクチン接種群で有意に低かった(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0909537)。
また同じ雑誌に2011年10月に掲載された論文では、肛門部のHPV感染と肛門がんについて、男性と性交渉歴のある602人の男性に限定して4価のHPVワクチン接種群と非接種群を比較したところ、ワクチン接種群で肛門がんの発生率が半減していた(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1010971)。
ちなみに、米国では肛門がんの発症率や死亡率がここ15年で毎年3%ずつ上昇しているという報告が2019年に出ている(https://academic.oup.com/jnci/article/112/8/829/5622917)。性行為の変化や性的関係をもつパートナー数の増加など、肛門癌のリスク要因が大きく変化しHPV感染率が増えたこと、50代以上ではHPVワクチン接種が少なかったことなどが急増に繋がっていると推定されている。
アメリカの俳優のマイケル・ダグラスは、2010年に咽頭がんを患った。中咽頭がんは、以前は喫煙歴や過度の飲酒が主な原因であったが、近年はHPV関連の発症が増加しており、米国では、喫煙率の低下に関わらず中咽頭がんの発症率は増えている。彼は大酒家でヘビースモーカーでもあり、必ずしもHPV感染だけが原因とは限らないが、彼はあるインタビューで「飲酒や喫煙を後悔はしていない。咽頭がんの主な発症原因はHPVだ」という主旨の発言をしている。がんの原因としてHPVが注目されていることは間違いない。

私はよく、HPVワクチンの初回接種にいらした方に、接種しようと決めたきっかけをお尋ねしている。男性の方からは、「パートナーが子宮頚がんになった」「尖圭コンジローマに罹患したことがあるので心配」「SNSで医療系のアカウントをチェックしていたらHPVワクチンは必要と書いていた」「有名人が自分自身でも接種して必要性を訴えていた」「女性のためのワクチンと思っていたが男性にも予防の意味があると知った」などの答えが多かった。「親に勧められて接種しにきた」という10代の男性も複数いた。「将来、恋人ができたときに自分が感染源になりたくないから」という男性もいた。性行為感染症のひとつであるB型肝炎ワクチンと同時に接種を開始される方もいるし、ゲイあるいはバイセクシャルなので少しでも感染症のリスクを減らしたいからと接種に来られた方もいた。動機はさまざまであるが、接種にいらした男性達の多くは、HPVワクチンの情報に触れ、当事者意識をもって自ら予防接種をしに来てくれている。

私は海外で男性にも接種を推奨していることは知っていたが、ワクチン啓発にあたっては、子宮頚がんの予防についての側面しか意識していなかった。性交渉未経験のうちに男女ともにHPVワクチンを接種することで、ウイルスの伝播を断つことができ、子宮頚がんを減らすことができる。だが、それだけでは男性が積極的にHPVワクチンを接種する動機としては弱いのかもしれない。やはり尖圭コンジロームや咽頭がん、肛門がんといったHPV感染症を予防できるということが、男性が接種する動機となる。当たり前の話だが、このことを患者さんの話を聴くことで、あらためて気づかせてもらった。

日本で女性への接種すら足踏みしていたあいだに、多くの先進国では男性も積極的に接種を受けるよう推奨してきた。たとえばオーストラリアでは、国を挙げて対策に取り組んでいる。子宮頚がん検診の受診率は女性の8割を超える。HPVワクチン接種は、2007年に12−13歳の女子への定期接種(4価)が始まり、2009年まで14-26歳にも追加接種を行った。さらに2013年には12−13歳の男女ともに定期接種の対象となり、男子にも追加接種を行った。2016年の15歳の接種率は男女ともに70%を越え、2018年からは9価ワクチンが使用されている。この結果、オーストラリアでの子宮頚がんの発症率は2020年頃には希少がんと同等にまで減少し、今後20年でほぼ根絶できると見込まれている(https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S2468-2667%2818%2930183-X)。
同様に、カナダやアメリカ、イギリスでも男子は公費での接種対象となっており接種率は高い。まだ接種率は低いもののドイツでも2021年から男子に導入されているし、2021年からはフランスでも導入された。すでに50以上の国で男性への接種に公費助成が実施されている。

日本でも全く対応されていない訳ではない。青森県平川市は2022年8月から若年男性への接種助成をしていた(https://www.city.hirakawa.lg.jp/fukushi/kenshin/2022-0729-1534-39.html)。千葉県いすみ市が男子への接種の全額助成に今年度の予算をつけており(https://www.asahi.com/articles/ASR2K7F3QR2KUDCB00C.html)、東京都中野区は2023年8月から男子への接種助成を開始すると発表している(https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/407000/d034033.html)。また日本国内の大学生からも男性への接種も公費対象とするよう声が上がっていた。(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221117/k10013895161000.html

念のため言っておくが、HPVに感染すること=性的に乱れているということではない。HPVはとてもたやすく感染するウイルスである。主に性交渉で感染するが、性交渉経験のある女性の約8割が50歳までに一度は感染するといわれている、ごくありふれたウイルスなのだ8割が容易に陰部や肛門などに感染するし、口腔内にも感染してしまう。咽頭がんのリスクにもなる。咽頭がんにしても肛門がんにしても、今後は日本でも増加し、予防が課題となってくるはずだ。注射ひとつで(3回の接種が必要ではあるが)がんのリスクが減らせるのであれば、男女問わず、HPVワクチンを接種することを考えてもよいのではないか。
繰り返しになるが、多くの先進国では男女ともにHPVワクチンの接種が推奨されてきたのに、日本ではまだまだ正確な情報がきちんと伝えられていない。医師のあいだですら、まだ理解が足りないと感じることもあるくらいだ。
男性にもHPVワクチン接種で得られる予防効果は十分にあり、また男女ともに年齢が若いうちに接種したほうがより高い予防効果が得られる。任意接種はもちろん、定期接種年齢の男子に対しても、HPVワクチン接種の機会が与えられるべきである。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ