医療ガバナンス学会 (2024年1月24日 09:00)
訪問看護のビジナ
代表取締役 坂本諒
2024年1月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【感染拡大がないことは、下水サーベイランスも証明している】
感染状況を示すものとして、札幌市が実施している下水サーベイランスが興味深い。このサーベイランスでは、市内の下水中に存在するCOVID-19の遺伝子コピー数を測定することで、感染の広がりを把握する。コロナ流行期の推移をみると、第7波のピーク時、下水中のウイルスは55000コピー/リットル程度、続く第8派ではこの数値がさらに上昇し、ピーク時には、75000コピー/リットル程度に達した。しかし、第9波ではやや減少し、ピーク時でも60000コピー/リットル程度だった。第9波での上昇がないことから、札幌市の下水サーベイランスのデータは、コロナを2類から5類へ移行しても、感染規模は拡大していないことを示す。
【規制緩和のメリット:患者の受け入れ制限がない】
感染規模が変わらなければ、コロナに関する規制を緩和した方が良い。規制緩和は、医療現場と患者双方にメリットをもたらす。コロナが2類に据え置かれている時期は、訪問診療を含め、多くのクリニックがコロナ陽性者の受け入れを制限していた。この状況では、入院の適応ではない軽症から中等症の自宅療養者、あるいは入院できなかった自宅療養者に、医師の指示を受けて訪問看護を導入することが難しかった。
特に、認知症のある身寄りのない独居高齢者において、家族による訴訟リスクがないため見過ごされやすく、入院先の確保が難しい問題があり、加えて、高齢者のみの世帯において、自ら体調変化に気付き、早めに受診することができない問題があったことから、訪問診療の活用が望まれたが、なかなか導入できなかった。そのような状況を解決する手段として、看護師同席によるオンライン診療を活用し、医師の指示のもと、訪問看護による投薬や体調観察をしていた。
一方、現在はクリニックにおけるコロナ陽性者の受け入れ制限がないため、患者はスムースに必要な医療を受けられる。例えば、認知症のある80代前半の女性が発熱し、飲食が困難となった際に、ケアマネージャーが訪問診療と訪問看護を即日手配した。その結果、患者は点滴を受けることができた。認知症のため意思表出は難しかったが、点滴をすることで脱水が改善され、穏やかな表情になった。
【規制緩和のメリット:地域における介護の断絶がない】
コロナが5類に引き下げられたメリットは、これだけではない。地域で訪問介護を利用しながら生活している高齢者への介護サービスが、断絶されることもなくなった。2類の時は、高齢者のコロナ感染を契機に、訪問介護が撤退し、介護難民となる事例が相次いでいたが、そのような事例を耳にすることはなくなった。
2類に据え置かれている時は、ケアワーカーや医療従事者の就業制限が厳しかった。ケアワーカーは、発症から7日を経過するまで就業が制限され、医療従事者に限っては、5日目の陰性確認後の出勤が望ましいとされていた。ケアワーカーは医療従事者と異なり、専門的な感染症対策の教育を受けておらず、より感染のリスクが高い。訪問介護事業所においては、職員のコロナ感染による7日間の就業停止が、運営に大きな打撃を与えてしまうため、人員確保の観点から訪問介護の撤退を余儀なくされる。
加えて、コロナが2類である限りは、陽性者だけではなく濃厚接触者にも、感染症法にもとづく外出自粛が求められ、保健所による濃厚接触者の特定や追跡に応じなければならない。訪問介護事業者にとって、職員が濃厚接触者となるリスクを負いながら、その特定と管理に応じるよりは、撤退を選択する方が合理的だ。
【規制緩和のメリット:患者のADL低下が起こらない】
コロナが5類となり、就業制限が個人の判断で5日間と短縮され、濃厚接触者の特定と追跡がなくなったことで、地域の医療従事者やケアワーカーによる介入余地が増えた。市中の病院や地域のクリニック、訪問診療や訪問看護、重要なケアワーカーの受け皿ができたため、本当に入院が必要な重症者が入院し、中等症者と軽症者は地域でケアされている。隔離期間が5日間に短縮されたことは、患者にも良い効果がある。長期臥床によってADLの低下が懸念される高齢者が、早期にリハビリを受けられるようになったことは評価すべきだ。
コロナ陽性者の隔離期間が7~10日間であった時は、隔離中にADLが極端に低下する事例があった。高齢者の場合、1~2週間の床上生活により、筋力が10~20%低下してしまう。実際に、もともと屋内でのADLが自立していた人でも、長期隔離と長時間の臥床によってADLが低下して床上生活となり、誤嚥性肺炎を発症する事例が多かった。中には、コロナの寛解後、誤嚥による細菌性肺炎で死亡する事例もあった。一方、5類に移行後は、そのような事例はみられない。
コロナ感染後の廃用症候群を予防するには、早期のリハビリテーションが必要だ。80代後半の癌末期の男性は、週1回の訪問看護とリハビリ、2週間に1回の訪問診療を受けながら在宅療養している中で、コロナに感染した。発症から数日後、トイレまで歩行できない状態となったため、心配した娘が施設入所や入院を希望した。しかし、訪問診療医や訪問看護師が、入所や入院はさらなるADLの低下を招いてしまうことを説明したところ、自宅療養を希望されため、訪問看護を受けながら自宅で過ごした。結果として、最短5日間の療養後、リハビリを再開することができ、1週間程度でADLは回復した。娘は「予想以上に早く回復してよかった」と話した。
コロナ感染後の廃用症候群、それに伴う死亡事例の発症を予防し、高齢者の健康を守るためには、コロナ感染中に地域の訪問診療や訪問看護を活用しながら、最小限の制限で日常生活を継続できるよう支援し、早期に専門職によるリハビリテーションを導入することが望ましい。コロナの致死率は、第4波をピークに2022年初頭の第6波から横ばいであり、この頃から世界各地で行動制限が緩和され始めた。少なくとも、この頃から隔離期間の短縮や行動制限の緩和が行われていれば、入院が必要ない患者を地域で円滑にケアし、廃用症候群の発症リスクを抑えることができただろう。コロナ患者を支えるのは、急性期病院だけではない。ウイルスの毒性が弱まれば、長期間の隔離対策よりも地域におけるプライマリーケアの重要性が高まる。
【規制緩和の弊害はなく、むしろ個別の原因に着目すべきで、感染症対策には個別性を】
実際に、コロナが5類に移行しても、在宅療養者の集団感染は起こらなかった。高齢者へのワクチン接種や有症者へのPCR検査の積極的な実施、早期からの対症療法が、コロナの重症化を予防させたのだろう。また5類移行後、訪問看護の現場では、コロナに感染して施設入所をした人の廃用症候群はみられたが、在宅療養者のそれはみられていない。最低限の隔離期間、かつ行動制限の少ない自宅療養が、廃用症候群を予防したのだろう。実際に、2021年から2022年にかけて、肺炎による死亡者数の変動はないものの、老衰と誤嚥性肺炎による死亡者数は増加した。これは、要介護状態や基礎疾患のある高齢者の死亡者数が増加したことを示唆する。
コロナ感染そのものや、コロナ感染に関連する死亡者数を考えるにあたり、超過死亡という概念があるが、この値も減少した。国立感染症研究所によると、調査協力が得られた全国の自治体では、5類移行前は流行期ごとに超過死亡が発生していたが、移行後はほぼ発生していない。人の流動においても、関東の1都3県から他県への移動は、2019年対比で、2022年の24%減から2023年の16%減まで回復、関西の2府1県から他県への移動は、2022年の24%減から2023年の20%減まで回復した。人の流動が増えているにも関わらず、コロナの1医療機関あたりの平均患者数や、コロナ関連死を含む超過死亡は減少し、今年の2月からは全体の死亡者数も減少に転じた。5類移行後の死亡者数は、前年同期比で、5月100.5%、6月101.4%、7月102.5%、8月96.4%、9月100.1%、10月101.6%であり、増加しなかった。
コロナの致死率が高かった時期は、コロナの特性である無症状の感染者による感染拡大のリスクを考慮する必要があり、PCR検査と一律の隔離対応は有効だった。しかし、感染対策のための隔離と高齢者の健康保持はトレードオフであり、ウイルスの毒性が弱まってからは、感染症対策に個別性を持たせるべきだ。ワクチンが普及し、コロナの毒性も弱くなり、人の流動が増えてもなお感染拡大への影響が出ないのであれば、コロナ感染による全身状態の悪化や死亡は、年齢に加え、元々の身体状況や、療養環境による部分が大きい。日本では、規制緩和の遅れにより、多くの高齢者が持病の悪化によって亡くなった。コロナ感染による廃用症候群や基礎疾患の悪化を予防し、高齢者の健康を守るために、訪問看護によってできる限りの在宅療養をサポートし、早期のリハビリテーションができるよう、個別性のある支援をしていきたい。