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Vol.24038 「よい社会人たれ」、研究活動による人材育成

医療ガバナンス学会 (2024年2月27日 09:00)


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この記事は2024年1月25日に医療タイムスに掲載された記事を転載したものです。

公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺外科・臨床研修センター長
尾崎章彦

2024年2月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■チーム作りに必要な理念の存在

最近、自身が勤務する施設でもそれ以外の活動でも、責任者としてメンバーを束ねる機会が増えてきました。結果、自然と「チームづくり」を意識するようになりました。

チームづくりは仕事のあらゆる局面で必要となります。筆者の場合、主に臨床、研究、研修医教育の3つの場面でチームを意識しています。そのうち、臨床や研修医教育でのチームづくりは、タスクやミッションが比較的明確です。お互いが同じ組織の中で雇用され、その短期・中期・長期的なミッションをある程度共有しているからです。特に当院はスタッフが協力的なこともあり、こちらが方向を示せば、みな積極的に動いてくれます。おかげさまで臨床、研修医教育いずれでも徐々にいいチームが出来てきています。

一方で、比較的難しさを感じているのが研究におけるチームづくりです。例えば筆者は、医学生や医師に研究指導を行っていますが、彼らと書類上の指導者・学生関係や雇用関係にあるわけではありません。むしろ、信頼やモチベーションがお互いの関係の礎となっています。その場合、医学生や医師とタスクやミッションを同じ目線で共有することは必ずしも簡単ではありません。

ここでチームを束ねる肝となるのが、「理念」です。言い換えれば、「なぜそのような研究・活動を行うのか」、目先の目標よりももっと大きな「大義」を共有することです。

というのも筆者らの研究は、医療機関での患者データや行政・地域の住民データを使う場合が多くあり、そこでは、チームとして医療機関や行政の方々と適切な信頼関係を構築していく必要があります。医学生や医師が適切な振る舞いをする上で、研究の意義を腹落ちしてもらうことが特に重要なのです。

さらに筆者の考えでは、研究における理念には2つのビジョンがあるべきで、一つ目が患者や住民に還元すること、さらに、二つ目が医学生や若手医師の成長を手助けすることです。実はこれまで様々な試行錯誤やジレンマにも悩まされてきましたが、その中で、医学生や若手医師とともに研究を遂行する場合、後者が本質だと考えるようになりました。それが結果的に、前者を意識してもらうことにも繋がると感じています。

ですから医学生や若手医師には研究を通じ、今後の医師人生にプラスとなるような経験を積んでもらいたい。もっと言えば、研究遂行能力以上に、研究を通じて医師や社会人としての心構えを学んでほしい。建前ではなく、そう導ければ本望です。

そして、「その経験や学びを得るには、患者や住民への還元も意識することが大事だよね」というスタンスだと、チームも研究も不思議とうまくまとまるのです。
■スポーツで培う社会人の礎

その「気づき」に大きな影響を与えたのが、学生時代の経験です。筆者は東京大学医学部アメリカンフットボール部に6年間所属しました。当時、筆者らのチームをコーチとして導いてくださっていたのが、谷口義弘さんです。

谷口さんは、甲子園ボウル優勝数34回を数える関西学院大学アメリカンフットボール部ファイターズで、ランニングバックとして学生最優秀選手賞を獲得した往年の名プレイヤーです。伊藤忠商事に勤務し第一線で活躍するビジネスパーソンでありながら、彼のお子さんが筆者の5学年上の部員だったご縁で、コーチを務めてくださいました。

当時、谷口コーチが口を酸っぱくして我われ学生に伝えていたのが、「勝つために」ではなく「よい社会人になるために」アメリカンフットボールをやるんだ、ということでした。

アメリカンフットボールのプロリーグがない日本では、ほとんどの学生が大学卒業後、社会に出て働くこととなります。東大医学部アメリカンフットボール部も、この点は全く同じです。谷口コーチは、「アメリカンフットボールを通じて『良い社会人』としての礎を築くのが重要だ」と常々おっしゃっていました。

しかし当時の自分を振り返ると、この言葉がうまく腹落ちしていたわけではありませんでした。筆者らのチームは決して常勝チームではありませんでした。だからこそ、チームとして勝つことが、チームとしての求心力を保つために重要だと感じていたのです。また、他のメンバーにも、チームが勝つためにチームにかなりのコミットを求めていたように思います。

■よい医師になるための道標を提供

医師として、また研究においてもキャリアを重ねてきた現在、学生や若手医師との関わりも増えました。正直、指導方法について迷うことも多くあります。特に、チーム全体を考えた時に、優秀な学生や若手医師の指導こそ難しいと感じる場面が少なからずありました。それでも試行錯誤する中で徐々に、難しさの一因が、「業績を上げる・結果を出す」ことに過度に焦点を当てていたせいだと気づき始めました。その考えは時に、優秀な学生・若手医師を意図せず優遇することにつながり、結果的にチームとしてのバランスを失わせがちだからです。

その際に、ふと谷口コーチの言葉を思い出しました。谷口コーチを輩出したファイターズは、23年に甲子園ボウルで優勝するなど、現在でも輝きを放ち続けています。そして筆者自身が今の立場となってようやく、ファイターズの継続的な成功の秘訣の1つが、「よい社会人を目指す」という理念にあると、ストンと腹落ちしたのです。

アメリカンフットボールでは選手の他、マネージャーや戦術を解析する担当など、様々なスタッフがそれぞれの役割を果たすことが求められます。谷口コーチによれば、ファイターズでは「うまく選手として活躍できない場合には、選手からスタッフへと“異動”を求められることもある」そうです。若い学生にとって、その現実を受け入れ、様々な感情に向き合いながらも、なお前向きにチームにコミットし続けることは、そう簡単ではないはずです。そんな時、「良い社会人を目指す」という理念が、モチベーションの維持を助けてくれるのです。

この考え方は、筆者が医学生や若手医師を指導する際にも核心になると感じています。

筆者が指導している医学生や若手医師の多くは、研究者ではなく、主に医師として今後キャリアを築いていくことになります。また、論文を量産できるような医学生や医師は一握りです。多くは1〜2本の論文に数年かけて取り組み、その後、一切論文を書かないという人もあるでしょう。一方で、社会への還元という観点からすれば、論文1本で社会が変わることはほぼなく、研究を一つひとつ地道に、気長に積み重ねていくことが求められます。

論文1本を仕上げるにしても、コツコツ続けて行くにしても、医師にとって研究を臨床と同程度の優先順位につけるのは難しい、という現実があります。だからこそ彼らには、研究という経験を通じ、研究遂行能力だけではなく「よい医師、良い社会人」になるための教訓を学び取ってもらいたい。そのためのサポートは惜しまないつもりです。また私自身も、彼らを「よい医師、よい社会人」へと導く過程で、一緒に成長していきたい、そのように考えています。

 

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