医療ガバナンス学会 (2024年4月23日 09:00)
この原稿は福島民友新聞『坪倉先生の放射線教室』からの転載です。
https://www.minyu-net.com/
福島県立医科大学放射線健康管理学講座主任教授
坪倉正治
2024年4月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
先日、他国の原発からトリチウムが放出されたというニュースが報道されました。中国が国内で運用する複数の原発が、今夏にも始まる福島第1原発の「処理水」の海洋放出の年間予定量と比べ、最大で約6・5倍の放射性物質トリチウムを放出しているというものです。
原子炉の中では電気をつくる反応を起こす途中に、さまざまな過程でトリチウムができます。そのため、これまでも原発でできたトリチウムは基準値を確認し、主に海へ放出されていました。
トリチウムの放射性物質としての特徴の一つは、その出す放射線のエネルギーがとても小さいことです。ベータ線という放射線を出しますが、このエネルギーがとても小さいため、空気中では1センチも飛ぶことができません。放射線の身体への影響はその量の問題ですので、トリチウムによる身体への影響は比較的小さくなります。
そのため、福島原発から処理水が放出されたとしても、原発の周囲で取れた海産物を日常的に食べて、そして海水浴をするなどした場合に放射線を浴びる量は、多く見積もっても自然界の放射線から私たちが日常的に受けている放射線の量の7万分の1程度にとどまると推定されています。
●自然界線量の7万分の1(2023年07月08日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲の敷地内タンクには、放射性の水素である「トリチウム」が保管されています。トリチウムは、核実験や原子力施設で作られる人工の放射性物質である一方、自然界で作られる天然の放射性物質でもあります。
このトリチウムについて、濃度を確認し、薄めた上で原発から1キロ離れた海への放出が計画されていることは報道の通りです。この放出に関して、先日、国際原子力機関(IAEA)から、その安全性を評価した報告書が出版されました。
その報告書ではさまざまな内容が評価されていますが、その一つが、放出が行われた際にその周囲で取れた海産物を日常的に食べて、海水浴などをした場合に浴びる放射線の量です。
放射線の量は外部被ばくと内部被ばくの両方が評価されています。海産物を食べた場合の内部被ばくだけではなく、海水浴であれば、海の中で浴びる外部被ばくと、海水浴中に海の水を飲んでしまう場合の内部被ばくといった具合です。その他にも海岸の堆積物からの影響や、波しぶきを吸ってしまう場合など、さまざまな放射線を浴びるかもしれない経路を想定して計算されています。
その結果、子どもから大人までの全ての年代で、多く見積もっても自然界の放射線から私たちが日常的に受けている放射線の量の7万分の1程度にとどまると推定されています。全体として非常に低い値ですが、その内訳は90%以上が内部被ばくでした。
●自然の放射性物質、魚にも(2023年07月15日配信)
トリチウムは、核実験や原子力施設で作られる人工の放射性物質である一方、自然界で作られる天然の放射性物質でもあります。このトリチウムの放出に関して、先日、国際原子力機関(IAEA)から、その安全性を評価した報告書が出されました。
その報告書では、放出が行われた際にその周囲で取れた海産物を日常的に食べて、海水浴などをした場合の放射線の量が評価されています。
その結果、放出に伴って受ける放射線の量は、全ての年代で、多く見積もっても自然界の放射線から私たちが日常的に受けている放射線の量の7万分の1程度にとどまると推定されています。その内訳は90%以上が内部被ばくでした。
その一方、自然からの放射線に関して、日本では魚介類の摂取が多いため、世界平均に比べて、魚介類の、特に内蔵に含まれる「ポロニウム」と呼ばれる放射性物質から受ける放射線が多いです。
そのため、処理水の放出に伴って受けると考えられる放射線の量は、ポロニウムをはじめとする自然の放射性物質によって、日常的に私たちが魚介類を摂取することによって受ける放射線の量全体の1万分の1から2万分の1程度となると考えられます。
●処理水報告書、事故も想定(2023年07月22日配信)
トリチウムは、核実験や原子力施設で作られる人工の放射性物質である一方、自然界で作られる天然の放射性物質でもあります。このトリチウムを含む処理水の放出に関して、先日、国際原子力機関(IAEA)から、その安全性を評価した報告書が公表されました。
その報告書では、タンクでの保管や放出に関して、予期せぬ事故が起こった際、周辺の環境への影響や、地域の住民の方々への放射線の影響がどの程度となるかの評価もなされています。
いくつかの事故を想定していますが、一つは、処理水を通すためのパイプ(管)が損傷し、十分に希釈されていない処理水が海に流れ込む場合です。
実際にそのような事故があった場合、すぐに発見されるよう体制が組まれていますが、保守的に考えて、この損傷が20日間発見されず、全部で10個のタンクに保管してある処理水が流出した場合を想定しています。
そして、長い時間、船の上で仕事をする漁師さんを代表として、放射線に対する防護策を特に何も行わず、取ることが禁止されている地域の海産物も摂取する場合の、事故からおおよそ1カ月で受ける放射線の量を計算しています。
タンクのどの部分のパイプが損傷するかによっていくらかの差はあるものの、このような事故の場合に受けると推定される放射線の量は、私たちが自然界から1年間で受ける放射線の量のおおよそ1万分の1程度であることが推定されています。
●タンク壊れた場合も想定(2023年07月29日配信)
廃炉作業が進められている原発周囲に保管されているトリチウムを含む処理水の放出に関して先日、国際原子力機関(IAEA)から、その安全性を評価した報告書が出されました。その報告書では、タンクでの保管や放出に関して、予期せぬ事故が起こった際、周辺の環境への影響や、地域の住民の方々への放射線の影響がどの程度となるかの評価もなされています。
事故の一つとして、先週ご紹介したパイプ(管)が壊れるよりも、さらに悪いケースも想定されています。
壊滅的な何かが起こり、処理水を計測し、安全性をチェックするための数十個のタンクの全てが一気に壊れて、処理水が全く希釈されることなく海に放出されるような場合です。おおよそ3万立方メートルほどの処理水が一気に放出されるという想定です。
パイプが壊れた際と同じく、船の上で仕事をする漁師さんを代表として、放射線に対する防護策を特に何も行わず、取ることが禁止されている地域の海産物も摂取する場合の、事故からおおよそ8日間で受ける放射線の量を計算しています。
このような事故の場合に受けると推定される放射線の量は、パイプが損傷する場合よりは多く、私たちが自然界から1年間で受ける放射線の量のおおよそ100分の1程度であることが推定されています。8日間で受ける量ですから、1日当たりに平均して考えると、私たちが自然界から受ける放射線の量と同じぐらいの桁の量になり得るという想定です。