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vol 18 「糖尿病と神経変性疾患をつなぐ不思議な酵素の発見とその臨床応用」

医療ガバナンス学会 (2006年9月20日 00:02)


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2006年9月20日発行
マサチューセッツ大学医学部 助教授 浦野文彦
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糖尿病と神経変性疾患、みなさんにとってなじみの深い疾患であると思いますが、直接この2つの疾患に関係があると思っている方は少ないのではないでしょうか?最近私達は、この2つの疾患をつなぐ不思議な酵素、IRE1、を発見しました。この発見は偶然で、Wolfram症候群というまれな遺伝性疾患の解析を始めた事に端を発します。本症候群の患者は小児糖尿病、尿崩症、そして様々な神経変性疾患(視神経萎縮、難聴、そううつ病等)を発症します。この原因遺伝子であるWFS1という分子の役割は長く不明であったのですが、最近私達は、IRE1という酵素が、WFS1の機能を制御している事を発見しました(1)。そこから派生して、IRE1は、膵臓のベータ細胞において、血糖値を調節するホルモンであるインスリンの合成を調節する事を発見しました (2)。逆に、IRE1の機能異常は、正常なインスリンの合成を妨げたり、WFS1分子の機能低下を引き起こし、ベータ細胞死や神経細胞死を引き起こすようです (3)(4)。今回は、この不思議な酵素であるIRE1のお話しをしたいと思います。
1 インスリンと糖尿病

みなさんが既にご存知のように、日本だけでなく、世界中で糖尿病の患者数は増加しています。ご自分の周りにも必ず糖尿病に悩まされていらっしゃる方がいるのではないでしょうか?また、先生方が内分泌、代謝の専門でなくても、糖尿病をかかえている患者さんを診察する機会はとても多いのではないかと思います。糖尿病は、血液中の糖濃度が高すぎる事によって引き起こされる病気です。そして、この病気は適切に治療せずにいると、更に悪化して、失明や足の切断、腎臓の透析の必要を引き起こす事になりかねません。糖尿病は身近にある、油断ならない病気です。ですから、効果的な治療法を常に進歩させる事は、私達にとってとても重要なのです。

糖尿病は、血液中の砂糖(血糖値)、別名グルコースと呼ばれますが、これが高すぎる事によって引き起こされます。血液中のグルコースの濃度はみなさんもご存知のように、食後に上昇します。すると、私達の体は、インスリンというホルモンを産生します。このインスリンの働きによって、血液中のグルコースは脂肪や筋肉、肝臓などの臓器に吸収されて栄養として使用され、それと同時に血液中のグルコース濃度が下がる事になります。つまり、インスリンは、血液中のグルコース濃度を正常な値に保つために欠かせない、非常に重要なホルモンなのです。

このインスリンの合成は、膵臓にあるベータ細胞という場所で行われます。そして、必要に応じてインスリンはベータ細胞から分泌、つまり血液中に放出されて、グルコースの濃度を下げる役割をするのです。インスリンの合成はこれまでの研究結果により、実はベータ細胞の中の、さらに小さな部分、個室のような場所でその合成の重要なステップが行われている事が分かっています。この個室は、小胞体と呼ばれます。生体内の必要に応じて、ベータ細胞の中ではインスリンの合成が起こります。新規に産生されたインスリンは、プロインスリンと呼ばれますが、このままではその機能を果たす事ができません。つまり、インスリンの赤ちゃんのようなものです。ですから、この赤ちゃんであるプロインスリンは、機能を果たす事のできる大人のインスリンに成熟していかなくてはなりません。この、プロインスリンが、きちんとした正常な機能を果たすインスリンへと成熟するのに重要な場所が、小胞体です。生まれたばかりの不安定な構造をとっているプロインスリンは、小胞体の中で様々な酵素に助けられ、安定な、正しい構造をとったプロインスリンへと変化します。この過程は、フォールディングと呼ばれます。これは、折り畳まれるという意味です。きちんと折り畳まれたプロインスリンだけが、成熟したインスリンなっていきます。
2 異常なタンパク質を認識する酵素がインスリン合成に重要であった

私達は、IRE1という酵素が、インスリンの合成を制御している事を発見しました (2)。食後に血糖値が上がると、インスリンの合成が上昇することは先にも述べましたが、IRE1の活性も食後に血糖値とインスリンの合成が上がるのと同時に上昇します。そして、もしこのIRE1の活性化をRNAiと呼ばれる方法や、IRE1の活性化を妨害する遺伝子を発現させると、インスリンの合成がストップしてしまいます。もっと正確に言えば、未熟なプロインスリンが成熟したプロインスリンへと成熟する事がストップしてしまいます。つまり、IRE1という酵素は、インスリンの合成に欠かせない酵素である事を見つけたわけです。IRE1は、その他にもプロインスリンの成熟、フォールディングに重要な酵素の発現を上昇させています。これらの酵素は、ERO1と呼ばれる酵素や、最初に述べた、WFS1と呼ばれる小胞体に存在する酵素です。

それでは、このIRE1という酵素は、どういう役割を果たす酵素なのでしょうか?実は、この酵素は10年以上も前に酵母菌で発見された酵素なのです。最近になって、人間も同じタイプの酵素を持っている事が分かりました (5)(6)。ここで、少し考えて見てください。酵母菌はインスリンを作っているでしょうか?答えはノーです。つまり、IRE1のもともとの働きは、インスリン合成ではないのです。IRE1が存在する小胞体は、新しく合成された分泌型のタンパク質を正しい構造に折り畳み、成熟させるための細胞内小器官です。ところが、この折り畳みはいつも正しく行われるわけではありません。私達が普段の生活の中で間違いをおかすように、小胞体も間違いをおかします。すると、小胞体の中に異常な構造をとったタンパク質が蓄積してしまいます。これは、細胞にとって良くない影響を与えます。なぜなら、正常なタンパク質ができないだけでなく、異常な構造のタンパク質が凝集して、細胞にとって毒性を持つようになるからです。新しく産生されるタンパク質の30パーセントが、実は正しい形に折り畳まれていないと考えられています。これは細胞にとって困った事です。これが起こり続ければ、アルツハイマー病のような神経変性疾患を起こしてしまいます。IRE1の重要な役割は、実はこの異常なタンパク質を感知して、正しい構造に直してあげたり、直しきれないなら、これを破壊してしまうシステムを活性化する事にあるのです (7)。

それでは、なぜ膵臓のベータ細胞では、IRE1はプロインスリンの合成にとって重要なのでしょうか?膵臓のベータ細胞がインスリンを分泌したり、合成したりする事は、細胞にとって大変なストレスである事が知られています。特に、食後に沢山インスリンを合成しなくてはならない時などはなおさらです。また、2型の糖尿病の患者さんでは、高血糖をおぎなうために、ベータ細胞が正常以上にインスリンを合成している事が知られています。そのような状況では、ベータ細胞内に異常な形のインスリンが出来てくるなどの、ストレスが起きる事が十分考えられます。おそらく、このように沢山の分泌型のタンパク質であるインスリンを合成しなくてはならないベータ細胞は、適応反応として異常なタンパク質を感知するための酵素であるIRE1とプロインスリン合成につながりを持たせることで、その機能を保っているのではないかと考えられます。
3 IRE1や関連の酵素であるERO1,WFS1を糖尿病、神経変性疾患の治療に応用する。

ここまでのべたように、IRE1は、インスリンを合成するベータ細胞を異常なタンパクの蓄積から守ったり、インスリン合成を活性化するのに重要な酵素です。また、IRE1に関連する酵素であるERO1やWFS1もその働きを助けていると考えられます。ですから、IRE1の酵素活性を調節できるような薬が開発できれば、これは糖尿病の治療に使用する事が可能です。その一例としてGLP-1という物質を私達は見つけました。GLP-1は、腸から分泌される小さな分子なのですが、これをベータ細胞に与えるとIRE1を活性化し、そしてインスリン合成を上昇させます。GLP-1を人工的に合成する方法はすでに開発されており、一部の糖尿病患者の治療に使われ初めたところです。ですから、GLP-1以外にも、IRE1の活性を調節できる薬を見つければ、糖尿病の治療に役に立つ可能性が多いにあります。一つ注意しなくてはならない事は、IRE1が強く活性化されすぎる事は、小胞体ストレスと呼ばれるストレスを引き起こし、却ってインスリンの産生を落としてしまいます。ですから、適度にIRE1の活性を調節できる薬が必要です。面白い事に、この高すぎる小胞体ストレスを脂肪や肝臓で下げる薬が、糖尿病治療に役立つ事が最近明らかになりました。

また、IRE1の活性調節は、神経変性疾患の治療に重要である可能性があります。異常なタンパク質の蓄積にもっとも脆弱な細胞は、生後に分裂する能力のない神経細胞です。IRE1のもともとの機能は、異常なタンパク質の蓄積を防ぐ事にあります。異常なタンパク質の蓄積によって起きる、もっとも有名な疾患は、アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮側索硬化症(ALS)に代表される神経変性疾患、そして老化です。ですから、IRE1の活性化を調節できる薬が、神経変性疾患や老化をくいとめるのに役に立つ可能性があります。私達が目指しているのは、そのような薬の開発にあるのです。

私達が提唱しているのは、細胞の中に蓄積してくる悪いタンパク質を取り除くことで、糖尿病や神経変性疾患の治療を行おうという事です。つい最近になって、医学雑誌や新聞で取り上げられるようになってきましたが、まだまだ学会では、一人ぼっちで演説している落下傘候補のような立場です。病院や医療関係、製薬関係の施設で働いている方々に、少しでもこの新しい治療法の重要性を伝えたく、この文章を書いています。また、大学の中に閉じこもっているだけでなく、みんなで、新しい治療法を造り上げたいと思い、会社とクリニックの開設を計画しています。ですから、私の新しい治療法に関するご意見、ご感想、お待ちしております。
Reference

(1) Fonseca, S.G., Fukuma, M., Lipson, K., Nguyen, L.X., Allen, J.R., Oka, Y., and Urano F. WFS1 is a novel component of the unfolded protein response and maintains ER homeostasis in pancreatic  cells. J Biol Chem, 280(47): 39609-615, 2005.

(2) Lipson, K., Fonseca, S., Ishigaki, S., Nguyen, L., Foss, E., Bortell, R., Rossini, A., and Urano, F. Regulation of insulin biosynthesis in pancreatic beta-cells by an endoplasmic reticulum resident protein kinase IRE1. Cell Metabolism, 4(2): 245-254, 2006

(3) Lipson, K., Fonseca, S.G., and Urano, F. Endoplasmic reticulum stress-induced apoptosis and autoimmunity in diabetes. Current Mol Medicine, 6(1): 71-77, 2006.

(4) 浦野文彦 タンパク質構造異常によるアポトーシス 実験医学 19(13): 1703-1707, 2001

(5) Urano, F. , Wang, X-Z., Bertolloti, A., Zhang, Y., Chung, P., Harding, H. and Ron, D. Coupling of stress in the ER to activation of JNK protein kinases by transmembrane protein kinase IRE1. Science, 287: 664-666, 2000.

(6) Calfon, M., Zeng, H., Urano, F., Till, JH., Hubbard, SR., Harding, HP., Clark, SG., and Ron D. IRE1 couples endoplasmic reiculum load to secretory capacity by processing the XBP-1 mRNA. Nature, 415: 92-96, 2002.

(7) 浦野文彦 細胞内のタンパク質品質管理を行う分子IRE1 細胞工学 19(4): 593-595, 2000.
プロフィール
浦野文彦:1994年、慶応義塾大学医学部卒業、同年医師免許取得。慶応大学病院、国立東京医療センター、川崎市立川崎病院、平塚市民病院で臨床病理学の研修を行う。その後、慶応大学医学部病理学教室にて小児病理学、分子病理学を学ぶ(秦順一教授指導、現成育医療センター総長)。1998年からニューヨーク大学医学部分子病理部門研究員(David Ron教授)、2002年よりマサチューセッツ大学医学部助教授。小胞体ストレスが、老化、糖尿病、神経変性疾患に与える役割を研究しています。また、小胞体ストレス病の患者、家族を支えるためのNPO設立を目指しています。

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