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Vol.113 確たる情報もなしに現場を非難するな

医療ガバナンス学会 (2011年4月9日 14:00)


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復興と再生のために必要な「相互理解」とは

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田智裕

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

2011年4月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


原子力発電所の事故に対して、現場では必死の対策が行なわれています。しかし、私たちが直接的に何かできるわけではありません。現場で危険を顧みず頑張ってくれている人たちに、「お任せするしかない」状況です。

事故発生直後から、テレビでは発電所の建物が爆発したり、水蒸気を噴き出したり、放水車が放水したりする映像が映し出されました。東京電力や政府 関係者がたびたび記者会見を開きますが、その内容からは、発電所の状態や放射能被害の実態がよく分かりません。私は少しでも状況を把握しようと、寝る直前 までネットで情報を収集する日々を過ごしました。

でも、これはよく考えると、ふだん医療を利用する人たちにとっても同じような状況なのではないかと思えるのです。
現場で必死に頑張る人たちがいる一方で、「本当に大丈夫なのか」と不安に思う人たちがいます。復興と再生のためには、お互いの立場への理解を深めることがとても重要なことだと思えてなりません。

■院長は本当に「患者を置き去りにした」のか

発電所への放水作業や、ポンプを動かす電源の復旧作業は、強い放射線にさらされる極めて危険な状況の中で行われています。
作業に当たっている人たちの中には、家族が被災した方もいることでしょう。しかし、使命感を持って、懸命に作業をしているのです。

そんな中、菅直人首相が東京電力へ乗り込んで「(職員の原発からの)撤退などあり得ない」と発言したり、海江田万里経産相が東京消防庁職員に「(速やかに放水しなければ)処分する」と発言した、などという報道がありました。
もしも本当に撤退が必要な状況であれば、適切な専門家たちを集めて早急に対策を検討し、作業員に必要な防護服や機器を手配しなければなりません。現場を叱責して解決できることではありません。
また、医療関係では次のような報道がありました。

福島第一原発近くの双葉病院(福島県大熊町)では、院長をはじめとするスタッフが患者を放置して避難したと報道され、民主党の渡辺周・震災対策副本部長が「医者が逃げるとはけしからん」と発言したとのことです。
双葉病院の院長は、自衛隊が約180名の患者を搬送するのに立ち会いました。その後、院長をはじめとする4名の病院職員は病院に残り、第2陣の自 衛隊が到着するのを待っていました。病院にはまだ98名の患者が残っています。しかし、自衛隊は来ませんでした。そして、一緒に病院にとどまっていた警察 官から避難するよう指示され、院長らは病院を離れました。
院長らが、全患者が避難する前に病院を離れたことは、事実かもしれません。しかし、実際には、第2陣の自衛隊がやって来るのを待って、全患者が搬送されるまで病院に残ろうとしていました。警察官からの指示があって、やむを得ず避難したのです。
すぐそばで原子炉が水素爆発を2回も起こしていた状況も考え合わせると、決して非難される筋合いの話ではないという気がします(参考:当事者のツイート などをまとめた「福島・双葉病院『患者置き去り』報道に関する情報 http://togetter.com/li/112903 」)。

政府機関は現場を安易に批判したり恫喝したりするのではなく、現場の意見をしっかり聞いて(現場の状況を正しく把握して)、必要な対策を立てることに全力を注いでほしいと思います。

■分かりやすく、誠実に答えることの重要性

原発事故についての報道では様々な専門用語が出てきて、会見を聞いてもよく分からないことが多くありました。
JMMで配信された、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長による報告書『最悪のシナリオ』はどこまで最悪か  http://www.isep.or.jp/images/press/script110320.pdf 」によれば、一部の燃料棒が溶けたとはい え、核爆発を起こす危険性が少ないことは間違いないようです。

しかし、「使用済み燃料プールの冷却機能が停止。1~4号機で水温や水位が把握できなくなり、注水も不可能」という報道から、何が起きているのかを理解できた方はほとんどいなかったのではないでしょうか。
例えば、「飲料水から、暫定基準値の3倍に当たる300Bq(ベクレル)の放射性ヨウ素131が検出された」と報道されると、ものすごく不安に感じます。
しかし、その飲料水を1キログラム飲んだ場合の人体への影響は、東京からニューヨークに航空機で移動した場合の放射線の人体への影響の約14分の 1だそうです。そのように説明されると、だいぶ印象が変わります。これは、マスコミの説明の仕方に負うところが大きいと思います。

連日、原発事故に関して記者会見を開いている枝野幸男官房長官は、確実に答えることができない状況の中で、単に「調査中」「検討中」の一点張りではなく、「ここまでは答えられる」範囲内を誠実に回答している印象を受けます。
例えば3月23日に福島原発3号機で発生した黒煙に対して、枝野官房長官は次のように説明しました。
「これについては、何がどう深刻化かを一義的に申し上げられる状況ではない。(中略) 本日の3号機については、使用済み核燃料プールの冷却浄化 系統から使用済み核燃料プールへの海水の注入、つまり外からの消防車などの給水でなくて、原子炉内の系統からプールに水を入れることの実施ができている。 その意味では、冷却を安定的に行うためのプロセスは、3号機についてはほかの機より進んでいる」(産経新聞の報道  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110323-00000624-san-pol より)

様々な事情や制約がある中でも、できる限りの具体的な情報を示して説明することが、復興への道筋においては重要だと思います。
医療でも同様です。医療の現場では、患者からすると医師に「お任せするしかない」状況です。その状況を医療従事者がどれだけ再認識して、患者に対して具体的な情報を誠実に示すことができるのか。自分の診療姿勢についても、改めて考えさせられました。

最後になりましたが、今回の地震で被災された方、そしてその家族の方に、心からお見舞い申し上げます。

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