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Vol.276 だれが希望を育むのか

医療ガバナンス学会 (2011年9月26日 06:00)


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小さな避難所と集落をまわるボランティア
引地達也
2011年9月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


あの日から半年―。東日本大震災によって大切な人を亡くした人にも、絶望と失意の真暗闇の深淵に突き落とされた人にも、等しく半年が経過した。
「小さな避難所と集落をまわるボランティア」と題して、宮城県、岩手県の三陸海岸沿いの被災民家を中心に訪ね歩き、物資支援や傾聴を行ってきた私は、ちょうど半年の日に聞く被災者の声に、悲しみの上に鬱積した行き場のない憤りと圧し掛かる不安の陰影を見た。

「わたしたちは1万円、2万円の話でも真剣なんですよ。家の再建やら移住やらでお金がかかるのにお金はないし、稼げないから。何千万円もらっている国会の先生には分からないんだろうねえ」
宮城県南三陸町の港を望む高台に住む半農半漁の男性は草刈作業の手を休め、職のない今の暮らしへの不安を話した後に、何で「お上は方針を決めてくれない か」の憤りにぶち当たり、政府批判となって砕けた。半壊の住宅と農地の処理が決まらず、内陸の雇用促進住宅で暮らすが、周囲に知った顔もなく、平日は無為 な日々だと嘆く。

「町としての防災の対応が間違っていなかったのか、それだけを聞いてみたい」家族を亡くした母親は、避難出来ずに波にのまれた家族を亡くした「理由」と 「原因」を探していた。何でそうなったか、そして誰もが悲しみを負わないようにすればどうすればよいか。半年後の今も答える立場にある人は何も語らない。 数か月後も聞いたこの言葉だが、半年のその日も母は瞳を潤ませながら「それだけを」と繰り返した。

石巻、南三陸、気仙沼、陸前高田。市街地に散乱した津波が残した残骸は、がれきと呼ばれ、鉄くず、木材、車両などの種別ごとに、小学校の校舎よりも堆く積 み上げられていき、更地には生命力の強い雑草が茂り始めている。その積み上げられるだけで根本的に処理されていない「がれき」を見るとき、この国の政府と 行政のスピード感の鈍さにため息をついてしまう。そして、この「がれき」の山は被災者の鬱積した心情や叫びのように感じてしまうのは、被災者の声を聞いた 人ならば普通に抱く印象であろう。

「あいつは頑張っているよ。国とか、県が決めなくても、子供のため、家族のために、毎日船でどうやったら魚獲れるか、かせげるかってね。倅は凄いんだ、頑 張ってるんだ」家も船も流失しながら、新しい船を仕立てて北海道沖で漁に出る漁師の父は、海で「戦う」息子をそう評した。生きるために立ち上がるその姿は 復興の兆しと言えるが、それは自然治癒力または生命力に近い人の逞しさであり、そこに仕組みをつくるべき人々の存在は無である。

仮設住宅に入居した被災者に、入居期間を「2年間限定」と強要しながら、新たな街の復興プラン、グランドデザインとそれに関連する保証や取り組みを示さずにいる政府は、もはや被災者の生きる希望を殺しているとしか言いようがない。
前記の「憤り」や「疑念」に応えられず、そして立ち上がった人へ勇気を与えられない状況をどう考えればよいのだろう。現場の声で多いのは、何かの政策に対 する批判ではなく、何も進んでいないことへのあきれに近い憤りである。革命も暴動も発生しない寛容なる国民に甘えた政府による復興へのメッセージは被災地 に何も伝わってこない。

南三陸町の小さな港近くで津波をかぶった小さな畑の世話をしながら言った腰の曲がった老婆のひとことがある。「ほうれ、畑みてみろ。ちゃんと種まいて、水 やって世話をするとぐんぐん伸びるんだ。時が経てばちゃんと食べれるようになるもんだ」だれが種をまくのか、だれが希望を育むのか、あたたかく生命を尊ぶ 姿勢、それさえも半年後の被災地には東京から何も伝わってこないのである。

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