医療ガバナンス学会 (2011年11月17日 06:00)
この原稿は2011年11月15日版東京保険医新聞「視点」欄に掲載されたものです。
いつき会ハートクリニック
佐藤一樹
2011年11月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
■診療経過の異状-届出義務なし
2002年9月、さらに日本法医学会は、「『異状死ガイドライン』についての見解」を発表し、「死亡に至る過程が異状であった場合にも異状死体の届け出をすべきである」と強調した。
しかし翌年、司法は完全にこれを否定し、翌々年ダメ押しした。03年5月19日「広尾病院事件控訴審」および控訴審を認めた04年4月13日「最高裁判決」である。
両判決とも裁判所のウエッブ上に公開されている。しかし、大多数の医師はこれらの判決文を直接手にとって読んでいない。真面目に読めば、ミスリードから解放されリセットできる。
法律的な混乱があったのは、後に東京高等裁判所によって破棄された(取り消された)02年1月30日の東京地裁判決である。これを読んで先走った日本法医 学会が、その8ヶ月後に上記「診療経過(過程)異状届出説」を発表したと推測される。したがって、医師法21条に真正面から向かい合うためには、唯一の リーディングケースである広尾病院控訴審判決を読まなくてはならない。これを読まない者が、21条に意見したり、「届出ガイドライ」を作成したりすること は絶対に許されない。(なお、一部の法律家が支持する古い判例に東京地裁八王子支部1969年3月27日判決がある。広尾病院最高裁判決がこの地裁支部判 決を覆した。)
■「診療経過異状届出説」ではない-東京高等裁判所判決文
「死体の検案とは,既に述べた通り,死因を判定するために死体の外表面検査をすることであるところ,事実関係によれば,平成11年2月11日午前10時 44分ころ,D医師が行った死体の検案すなわち外表検査は,Aの死亡を確認すると同時に,Aの死体の着衣に覆われていない外表を見たことにとどまる.異状 性の認識については,誤薬の可能性につきE医師から説明を受けたことは,上記事実関係のとおりであるが,心臓マッサージ中にAの右腕の色素沈着にD医師が 気付いていたとの点については,以下に述べるとおり証明が十分であるとはいえない. D医師が心臓マッサージを施している際,Aの右腕には色素沈着のような状態が見られた旨供述する,D医師の検察官調書謄本(原審甲56号証)が存するが, それほど具体性のある供述ではなく,同時に,それをじっくり見て確認まではしなかった旨も供述していること,同人は警察官調書謄本(当審検察官請求証拠番 号4)においては,右手静脈の色素沈着については,病理解剖の外表検査のとき初めて気付いた旨供述し,原審公判及び当審公判においても同旨の供述をしてい ること,L医師の原審証言には,上記1のとおりこれに沿う内容の証言があることなどに照らすと,D医師は,当時,右腕の異状に明確に気付いていなかったの ではないかとの疑いが残る.以上によれば,同日午前10時44分ころの時点のみで,D医師がAの死体を検案して異状を認めたものと認定することはできず, この点において原判決には事実誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかである.(傍線著者)」-極めて明快な異状死体の定義と「診療経過異状届 出説」の完全否定である。「外表検査異状届出説」を確実にしている。
誤薬の異状性の認識があった死亡確認時点、すなわち、診療経過異状をすでに把握した上で外表の異状をじっくり見てまでは確認はしていなかった時点で、21条「死体を検案して異状があると認めた」と認定はできないと断言した。
■医師法21条:「異状死の定義」-ない、いらない
21条に関連したガイドラインは数々ある。ガイドラインとは、組織や団体の行動や業務に関する規範、目標だ。作成すべきは「異状死体検案届出ガイドライ ン」である。もともと「異状死の定義」は21条にない。そして、ガイドラインに「異状死の定義」はいらない。日本法医学会は、放置したままの最高裁判決に 反する「異状死ガイドライン」を早急に書き直す責務がある。