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Vol.402 腎臓売買事件 堀内夫妻への判決に異議あり

医療ガバナンス学会 (2012年2月14日 06:00)


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この原稿は鹿鳴荘便り(1/27/2012配信)より転載したものです。

鹿鳴荘病理研究所
難波紘二
2012年2月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東京地裁で「腎臓売買事件」の医師とその妻に判決があった。

<生体腎移植の臓器提供を受ける見返りに現金を支払ったとして、臓器移植法違反罪などに問われた医師堀内利信被告(56)と妻則子被告(48)の判決公判 が26日、東京地裁であり、若園敦雄裁判長は堀内被告に懲役3年(求刑懲役4年)、則子被告に懲役2年6月(同)を言い渡した。若園裁判長は、事件で臓器 移植の公平性が大きく損なわれ両被告の刑事責任は重いと指摘した。堀内被告については「金に物を言わせて利己的に犯行に及び、身勝手な動機に酌量の余地はない」とし、則子被告も「犯行に積極的に加わった」とした。(中日新聞)>

この判決には異議がある。そもそも判決は先行する「判例」に拘束されることは、科学者の論文が「先行研究」を考慮しなければならないのと同様である。
06年12月に行われた日本初の腎臓売買事件の判決では、被告の山下鈴夫とその内妻知子に懲役1年、執行猶予3年の判決があり、腎臓を売ったA子は罰金刑 だった。注目すべきは松山地裁、福井健太裁判長の「判決理由書」で、「「死体からの臓器提供が著しく不足し、多数の待機患者が存在する中で、起こるべくして起きた事態であることを否定できない。国は早急に法整備やガイドラインを策定し、再発防止に努めるよう強く希望する」と述べていることである。

移植学会も厚労省も、事件後、身元確認や倫理委員会の設置などによる「再発防止策」は講じた。しかし「買ってでも腎臓を移植したい」という透析患者の願望 はつよく、「養子縁組」というかたちでの腎臓売買を防ぐことはできなかった。いま、「養子縁組の期間を5年にしよう」という議論が行われていると聞く。それは無理である。残酷である。移植を必要とするような患者なら、その間に死んでしまうだろう。
山下鈴夫の場合は、精神病のA子を騙して腎臓をもらったから、対価は200万円足らずで済んだのである。堀内医師の場合は、相手が組関係者だったから 1000万円以上の金を取られたのである。しかも下町で医業を続けるには、週3回4時間の透析を続けていては無理だった。もちろん春木繁一医師のように、 腎不全患者でありながら腎移植を受けず、透析で生きている医師もいる。しかし、彼の専門は精神科医である。カウンセリングと投薬で生きていける世界であ る。

透析患者、腎移植患者ともに、一生医療と縁が切れない、「内部身体障害患者」である。障害者一級にランクされている。堀内医師は「犯罪事実」を全面的に認めている。この事件は「普通の生活を送りたいという患者の欲望はつよく、それを法やガイドラインで規制することはできない」ということをあらためて社会に 認識させた。われわれはそこから出発すべきなのである。

戦後間もなく、「食糧配給制」が強化され、ヤミ売買の取り締まりが強化された。その時、法に忠実だった山口裁判長は餓死した。他の裁判官は生き残った。東京地裁の若園裁判長はこれをどうとらえるのか?ヤミ米を買って食わなければ生きていけないときに、法や規制に何の意味があるのか?刑務所に入っても、堀内医師は定期的受診と免疫抑制剤の投与を受けなければ、腎臓は拒絶反応を起こして腎不全になってしまうだろう。堀内医師はいずれ「医道審議会」にかけられ、 医師免許を剥奪される。これは医師にとって「死刑の判決」である。それを考えると、すでに充分な社会的制裁は受けている。普通犯で受刑中の罪人でも、重病 になれば刑の執行を停止され、釈放となる。それを考えれば、若園裁判長の判決は血も涙もない残酷な判決といわざるをえない。「執行猶予」をつけるのが、人の道というものだろう。

繰り返すが、「腎臓売買」はなくならない。手口がいっそう巧妙になるだけである。中国や東南アジアへの「渡航移植」取り締まりが強化されれば、南米やアフ リカに行くだろう。基本は日本国内における死体腎臓ドナーが人口100万人当たり5人と欧米やイランの10分の1で、世界最低ランクに属し、生体腎に頼るしか腎移植の方法がない、という移植医療の貧しさにある。これは移植学会と国の責任である。裁判官はここを問わなければいけないのだ。

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