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臨時 vol 195 「労働基準法に抵触しては総合周産期母子医療センターは運営できない」

医療ガバナンス学会 (2008年12月27日 11:58)


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―都立墨東病院における事例検討から―

小児科医(勉強会「コアラメディカルリサーチ」主宰)
江原 朗

※ホームページ「小児科医と労働基準」を私的に開設
http://pediatrics.news.coocan.jp/

東京都内で妊婦が8病院に受け入れを断られた後に都立墨東病院で死亡した問
題を受け,妊婦の受け入れに関する医療体制の構築が模索されています.はじめ
に,亡くなった妊婦の冥福をお祈りしたいと思います.

1)総合周産期母子医療センター産科の勤務体制

さて,総合周産期母子医療センターの勤務体制とはいかなるものでしょうか.
周産期医療対策整備事業の実施について(平成8年月10日,児発第488号,
各都道府県知事あて厚生省児童家庭局長通知),によれば,母体・胎児集中治療
管理室では,「24時間体制で産科を担当する複数の医師が勤務していること」
とされています.
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_docframe.cgi?MODE=tsuchi&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=7682

2)都立墨東病院の事例検討

1.常勤産科・産婦人科医師数

では,墨東病院の産科には,何人の産科医が勤務しているのでしょうか.東京
都周産期医療協議会資料(平成20年11月5日開催)によれば,平成20年10月27日
現在,都立墨東病院には,産科・産婦人科の常勤医師数は6人いるとされていま
す.
http://www.wam.go.jp/wamappl/bb13GS40.nsf/0/2d16c43b4238d4c3492574fe
0009a0f4/$FILE/20081111_1sankou1_2.pdf

2.時間外労働・休日労働に関する協定届(36協定)

また,都立墨東病院の時間外労働・休日労働に関する協定(36協定)では,
特例として年720時間まで時間外勤務を延長できるとしています.
http://pediatrics.news.coocan.jp/bokuto_36_rodo.pdf

当直を時間外勤務と考えた場合,上限が年720時間とし,当直時間を16時間
(24時間-法定の1日8時間=16時間)とすると1人あたり年間45回(720÷16=45)
の当直しかできないことになります.

3.断続的な宿直又は日直に関する許可

都立墨東病院の産科当直は宿日直扱いでは行えません.

宿日直に関しては,「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について
(基発第 0319007 号,平成14年3月19日,厚生労働省労働基準局長通知)」によ
れば,宿日直勤務を「医療機関における原則として診療行為を行わない休日及び
夜間勤務については,病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など,軽度
又は短時間の業務のみが行われている場合には,宿日直勤務として取り扱われて
きたところである.」としています.
http://pediatrics.news.coocan.jp/tsutatsu/Tutatu01.pdf

そして,墨東病院が向島労働基準監督署に提出した「断続的な宿直又は日直許
可申請書」では,対象を麻酔業務に限定しています.
http://pediatrics.news.coocan.jp/bokuto_metro.pdf
したがって,24時間体制で行われる産科の当直は,宿日直勤務としては認められ
ません.

4.労務管理上の問題点

総合周産期母子医療センターの基準を満たし,24時間体制を敷こうとすれば,
36協定や宿日直許可証の内容と実態が異なり,労働基準法に抵触する可能性があ
ります.

常勤の産科・産婦人科医師が6人いる場合,2人が当直を行えば,年間135日
(6人÷2人×45日=135日)しか合法的には当直を行えません.さらに,常勤の
産科・産婦人科医師1人で当直を行ったとしても,270日(6人×45日=270日)と
1年間の当直がまかないきれないのです.

5.是正勧告の可能性

墨東病院に労働基準監督署が立ち入り,労働基準法違反を指摘する可能性もあ
ります.

1984年8月からの朝日新聞,1986年9月からの読売新聞を検索すると,2008年8
月23日までに国立大学病院7施設,都道府県立病院7施設,市町村立病院3施設が
是正勧告を受けています(江原朗.小児科医の過重労働とその対策の現状,平成
20年11月13日,日本医師会「第2回勤務医の健康支援に関するプロジェクト委員
会」)
http://pediatrics.news.coocan.jp/nichii1113.pdf

さらに,平成12年3月10日,都立府中病院が「宿日直勤務を行っている者に,
通常の勤務時間帯と同様の労働を行わせているにもかかわらず,通常の労働時間
の賃金の2割5分増以上の割増賃金を支払っていないこと」として労働基準法37条
違反を指摘され,立川労働基準監督署から是正勧告を受けています.
http://pediatrics.news.coocan.jp/toritsu_kaiji.pdf

 

3)労務問題の解決に向けて

では,労働法規の遵守と都民の健康の確保をどのように両立したらよいのでしょ
うか.簡単には産科医は増えません.しかし,当直を夜勤や休日勤務として,シ
フト制などを組めば,宿日直許可に関する法的問題はクリアすることができます.
さらに,延長できる時間外労働時間の上限を720時間よりもアップすれば,労働
時間の問題もクリアできます.「労働基準法関係解釈例規の追加について(基発
第169号,平成11年3月31日,労働省労働基準局長通知)」によれば,360時間の
限度時間を超えた時間外労働に関する36協定も無効ではないとしています.
http://pediatrics.news.coocan.jp/tsutatsu/LaborLawRead.pdf
そして,時間外・休日・深夜勤務に対して割増賃金(平日時間外2.5割増以上,
平日深夜5割増以上,休日時間外3.5割以上,休日深夜6割以上)が支払えば良い
のです.

もちろん,月80時間以上の時間外勤務を行った場合には,過労死の認定基準を
満たすことになります(「脳・心臓疾患の認定基準の改正について 平成13年12
月12日 基発第1063号,厚生労働省労働基準局長通知」).
http://www.mhlw.go.jp/houdou/0112/h1212-1.html
したがって,増員をはかり,労働時間を早急に短縮し,過労死認定基準未満にす
る必要はあります.

4)おわりに

先進国である日本の首都東京で合併症を有する妊婦の受け入れが十分にできな
いことは,由々しきことです.しかし,こうした問題の解決には,労働行政・労
働衛生の観点からも対策が必要です.さらに,長時間勤務では,医療事故の危険
性が高くなることも報告されています(Ehara A. Are long physician working
hours harmful to patient safety? Pediatr Int 2008;50:175-178).
http://pediatrics.news.coocan.jp/my_paper/PedInt2008.pdf

合併症のある妊婦の受け入れを整備すること,そして,産科に限らず周産期医
療にかかわる医師の勤務環境を整備すること,東京都に課された課題は大きいと
いえます.しかし,労務問題の多くは経済的な解決が可能であり,労働法規を遵
守するためには十分な財政措置が重要であるといえます.

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