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Vol.88 『フィールドからの手紙』(第2回)「相馬の星槎寮」

医療ガバナンス学会 (2013年4月10日 06:00)


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星槎大学副学長、共生科学部教授
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2013年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


*2009年4月から2012年12月まで、毎月MRICに連載していただいた「ボストン便り」をご愛読ありがとうございました。ボストンから日本に活動 の拠点を本格的に移すにあたり、2013年から「フィールドからの手紙」をスタートさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。なお、「ボスト ン便り」の一部は『パブリックヘルス 市民が変える医療社会―アメリカ医療改革の現場から』(明石書店)として出版されました。こちらもぜひお読み頂けれ ばと思いますので、よろしくお願いいたします。

●星槎寮との出会い
以前にも書いたことがありますが、私と星槎との出会いは3.11の震災後でした。ボストンから一時帰国していた2011年5月に、被災地で何かできることはないかと相談した東京大学医科学研究所教授の上昌広氏に、星槎グループ会長の宮澤保夫氏をご紹介して頂きました。
そして相馬を訪問するにあたり、震災直後に継続的支援のために宮澤氏が借り上げた相馬市内の合宿所にご厄介になることになりました。それが「星槎寮」と呼 ばれる、相馬支援の拠点だったのです。朝日新聞の「プロメテウスの罠」という連載で2013年3月21日と22日の両日とも星槎寮が取り上げられたので、 記事で知った方も多いのではないかと思います。今回はその星槎寮について書いてみたいと思います。

●星槎寮とは
3.11の直後から、ボストンで災害医療の専門家たちと度重なるミーティングを行っていたので、被災地を訪ねる際の鉄則として、自分の食べるものは自分で 用意し、寝るところも自分で確保するということは肝に銘じていました。そこで相馬に向かった時も、宇都宮の実家から車を借り、水と食べ物、布団と枕を後部 座席に押し込み、相馬の知人へのお土産として実家で製造している堆肥をトランクに積めるだけ積んでいきました。
そうしてたどり着いた相馬の星槎寮は、相馬市役所とJR相馬駅の中間地点に位置する雑居ビルの3階にありました。贅沢ではないものの、ここが被災地かと思 う程の、清潔で万事整った機能的な施設でした。星槎寮は、6つの居室に2つのトイレと2つのお風呂があり、台所も付いています。布団や枕が用意されている のはもちろん、シャワーも浴びられます。覚悟を決めて準備を整え被災地入りしたので、正直言って拍子抜けしてしまいました。
私は医師や看護師でもなく一介の社会学の研究者にすぎないので、特に何ができるという訳ではありません。ただその後も、現場の方々の声を聴きとり、記述することを自分の仕事と思い、相馬に向かいました。そんな時はいつも、星槎寮に宿泊してきました。

●星槎寮を守る人々
これまでに延べ2,034人(2013年3月現在)の支援者たちが滞在した星槎寮。星槎寮では、「元気に働くには朝めしが肝心」という宮澤会長の意向を汲 み、宿泊者には、旅館も顔負けのしっかりとした朝食が出されます。基本はご飯にみそ汁、焼き魚、大根おろし、卵、お漬物といった具合です。
シーツやまくらカバーも、糊がかかっていていつも清潔です。毎回クリーニングに出して下さっているのです。各居室はもちろん、トイレやお風呂もいつもきれいに清掃され、支援に入る人たちが、気持ちよく過ごせるようにと細かい心配りがなされています。
この星槎寮を守っているのが、安倍雅昭氏、尾崎達也氏、山越康彦氏、脇屋充氏などの星槎グループのスタッフです。彼らは宮澤氏から相双地区特命を受け、支 援者が相馬を訪れる時は常に星槎寮に待機し、掃除をし、食料品を買い込み、寝具を用意し、朝食を作っておもてなしをしているのです。
彼らは星槎寮を守るだけでなく、実に様々な顔を持っています。安倍氏は、相双地区特命室長ですが、星槎名古屋中学校教頭であり、星槎大学特任講師にしてス クールカウンセラーでもあります。尾崎氏は、相双地区特命室財務総務部長ですが、星槎グループ本部の人財総務課での勤務もあります。山越氏は、星槎グルー プの財団法人で土屋了介氏が理事長を務められる世界こども財団の事務局も務められており、脇屋氏は星槎グループ本部の経営企画部の仕事もしています。
それぞれ彼らは、星槎グループ内でのとても大事な仕事を担っていらっしゃる敏腕教職員です。そんな彼らが、忙しいスケジュールをやりくりして星槎寮に行 き、全国各地から集まる相双地区の支援者たちのためのお世話をしているのです。このような所にも、宮澤氏が相双地区をいかに大切に思っているかが伺われま す。

●星槎寮のはじまり
震災直後は、郡山と仙台にある星槎グループの通信制高校の学習センターの子どもたちの安否が気遣われました。すぐにグループ内の世界こども財団を中心に、3月17日から郡山、仙台をはじめ、被災地へ生活物資搬入等の支援活動が開始されました。
福島第一原発が爆発した後は、メディアさえも放射能を恐れて近づかず、食料やガソリンなどの生活物資が全く入らなくなりました。この孤立した相双地区に、宮澤氏自ら支援に向かったのです。
安倍氏が初めて相双地区に足を踏み入れたのは、この時でした。通勤中に宮澤氏から電話がかかり、その足で現地に行くことになりました。安倍氏は24時間で使い捨てのコンタクトレンズをしていましたが、そのまま相双地区で1週間を過ごしました。
その後、相双地区には多くの支援者が集まってきました。医療関係者もいましたが、そうした支援者たちの泊まれるところが圧倒的に不足していました。そこで 宮澤氏は支援者たちが宿泊の手配を気にしないで、存分に支援活動ができるように後方支援をしようと、広い寮を借り上げました。4月28日の事でした。

●星槎寮を訪れる人々
今まで何人の方が、星槎寮を訪れたことでしょう。職業だけでも、医師、看護師、塾講師、大学教員、大学院生、大学生、高校生、中学生、スポーツ選手、音楽家など、実に多種多彩です。
東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門の上昌広氏と坪倉正治氏は、星槎寮の常連さんです。相双地区での住民を対象 とした健康相談会や放射線説明会で、何度も星槎寮を訪れています。上氏と坪倉氏は、相馬市復興会議や相馬市健康対策専門部会でも、重要な役割を担ってい らっしゃいます。
東京大学大学院国際保健政策学教室の渋谷健司氏と大学院生の野村周平氏と杉本亜美奈氏も、星槎寮を拠点に様々な活動をしてこられました。ヘドロやがれきの 撤去・除去に携わる作業員や住民を対象とした健康対策講演会の他、原発事故後の避難による高齢者の死亡リスクに関する実証的研究を、南相馬市の老人介護施 設の方々と協働で行ったりしていらっしゃいます。
そんな星槎寮の宿泊者の中には、私と大学の同窓生で上氏の剣道部の後輩、現在カリスマ予備校講師の藤井健志氏がいます。藤井氏は、こんなことをツイッターでつぶやいていました。

「星槎寮の食堂はそこに集まったメンバーにとってのサロンになっており、情報交換するうちに異なる専門分野の人間が縦横斜めに連携し、思わぬコラボレーションが誕生する。星槎寮という空間、星槎スタッフ、そして地元の高校教員の方々が我々を繋ぎ、育ててくれてさえいる」

東京大学経済学部教授の松井彰彦氏も、「プロメテウスの罠」に書かれた記事の訂正として、このようなことをツイッターでつぶやいていました。

「【プロメテウスの罠:相馬星槎寮】(誤)ときには誰かが酒を持ち込み、みんなで酌み交わす。(正)いつも誰かが酒を持ち込み、みんなで酌み交わす。 本当にお世話になっています。」

たくさんの海外からの支援者も星槎寮に泊まっています。イギリス、ボストン、ニューヨークなど様々な国や地域からきています。また、相馬の地元の方々も、 交流の場として使ってくださっています。相馬高校から新地高校に移られた物理教諭の高村先生は、その中心的人物です。星槎寮はグローバルでローカルな交流 の場になっているといえるでしょう。
被災した児童・生徒の精神的ケアを行う相馬フォロアーチームで中心的に活動する星槎の教職員の皆さんも、星槎寮を拠点にしていますが、これは別稿に譲ります。

●ブータンの祈り
2013年 2月には、ブータンからの星槎への短期留学生10人が、星槎寮を訪ねました。今ではブータンは、日本でよく知られるようになりましたが、20年前、まだほ とんど外国人が入れなかった時代に、宮澤氏はブータンを訪れ、それ以来交流を続けてきました。第4代国王の姉で、現国王の叔母に当たるアシケサン王女とは 特に親しい間柄で、彼女が設立したロイヤル・ティンプー・カレッジ(RTC)と星槎大学は姉妹校になっています。そこで両校には交換留学のプログラムがあ るのです。
2月19日の早朝、RTCの一行は東京駅を出発し、仙台を経由してバスで相馬に入りました。一行は星槎寮で昼食をとった後、相馬市長の立谷秀清氏を表敬訪問しました。そこで、様々な復旧・復興の取り組みの話を聴きました。
それから第5代ブータン国王が、2011年11月に訪れた相馬の海辺に行きました。そこは、津波によって多くの犠牲者が出たところでした。バスから降りる とすぐ、誰が言いだすともなく、学生たちは海を背にしてその場に一列に立ち並びました。そして、ブータンの言葉でお経を唱え始めました。それは、歌のよう な呪文のような、美しく厳かな響きでした。
祈りは数分に及び、最後は全員で深々とお辞儀をしました。亡くなった方への心からの哀悼の意が感じられ、一緒にいた私たちの心にも深く染み入りました。

●星槎寮のこれから
2013年度もまた、宮澤氏の強い意向で星槎寮を継続することが確定されました。宮澤氏の思いを体現した星槎の理念は、「必要とされることをする」という ものです。この理念は、グループ内の保育園・幼稚園から中高・大学・大学院、各種の財団法人やNPOまで浸透しています。その理念の通りに、星槎寮が継続 し運営されるというのは、相双地区で必要とされているからなのです。
やがてまた星槎寮に、日本の各地から、そして世界から人々が集まってくることでしょう。ここからどんな物語が生まれてゆくのか、楽しみにしています。

【参考資料】
・プロメテウスの罠「生徒はどこだ(16) 支援者の宿がない」、朝日新聞、2013年3月21日
・プロメテウスの罠「生徒はどこだ(17) 怖い顔、だめだよ」、朝日新聞、2013年3月22日
・東日本大震災:世界こども財団活動報告(合宿所活用)、2013年3月(未公開資料)
・さくらビル合宿所における震災による支援活動の後方支援、星槎グループ世界こども財団、2013年3月(未公開資料)
・渡辺由佳里のひとり井戸端会議、「2012年東北訪問記 その7 志を同じくする仲間が集まったからできること」http://watanabeyukari.weblogs.jp/blog/2013/01/tohoku-8.html

紹介:ボストンから日本に活動の拠点を移してしばらく経ちました。この間、新しい出会いや発見がますます増え、訪れた土地もブータン、アルゼンチン、ス ウェーデン、イギリスなど、どんどん広がってきました。関心の範囲も、医療や福祉の他に、教育や発達障がいの世界が加わりました。この度の連載でも、様々 なフィールド(=現場)において、気づいたことや驚いたことなどを綴っていきたいと思います。

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程の後、2005年からコロンビア大学公衆衛生校アソシエイトを経て、 2008年からハーバード公衆衛生大学院フェローとなる。2011年10月から星槎大学教授、2012年12月より星槎大学学長補佐、2013年4月より 星槎大学副学長。主著書に、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)、『チーム 医療とは何か』(日本看護協会出版会)。現在の関心は医療ガバナンス、日米の患者会のアドボカシー活動。

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