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Vol.142 南相馬市民と「山登り」に行ってきました

医療ガバナンス学会 (2013年6月14日 19:00)


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南相馬市立総合病院・神経内科
小鷹 昌明
2013年6月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

5月12日の日曜日、呼びかけに応じてくれた南相馬市民とともにハイキングに行ってきた。
昨年は新地町の『鹿狼山』に登ったのだが、今回は、中通りの桑折町にある”半田山”という山である。前日の雨が嘘のような快晴に恵まれ、励まし合いながら も一行は何とか無事に山頂にたどり着いた。下山後には、山麓近くの「うぶかの郷」というところで、食事と日帰り温泉入浴を楽しんでもらい、ご挨拶をした り、おしゃべりをしたりするなどして、交流を深めることで、心身の健康増進にも寄与できたのではないかと思っている。
市民からも、「以前より知人が増えた」、「新緑が美しく、爽快感を味わえた」、「登頂できるとは思わなかったが、チャレンジは大切だ」などという前向きな声も、たくさんいただくことができた。

これは、私たち医療関係者を中心とする『みんなのとなり組』というメンタルヘルスを主軸に活動を展開するNPO団体(代表は、雲雀ヶ丘病院の精神科医・堀 有伸医師)の事業として行われたものだ。ラジオ体操やヨガ教室など、さまざまある活動の中で、私がハイキングに関するプロジェクト・リーダーを任されてい る(よって、すべての責任は私にある)。
大型バス1台分の人数をもってして、申し込みを打ち切らざるを得なかったのだが、主催者スタッフ8人を含む総勢51人が、この私たちの企画したハイキングに参加してくれた。

改めて強調する。確かに私は、40歳を迎える直前からふとしたきっかけで山登りをはじめ、それ以降もトレッキングを趣味としている。多い時期には(大学を 辞める前年度)、1年のなかで50日間山に入り、何となくだが、自然の美しさや山頂を目指すことへの楽しみもわかるようになってきた。が、しかし、大勢で 登ったり、先導したりすることを習慣としているわけではなく、そのほとんどは単独登山であった。私にとっての”山登り”の基本は、独りで行くことに意味が あった。
それは、私が黙って考え事をしたいとか、他人とのペースに合わせるのが面倒だとか、自分を見つ直したいとかいう、これまた、私、固有の変わった執着があってのことだったのだが、要するに、「単身の方が、自己と対峙できる」ということであった。

しかし、今回は40人強の一般市民の引率だった。いくら低山の、限りなくハイキングに近いトレッキングだとしても、そういう条件での山行となると、それはそれで私にとってはかなり苛酷なことだった。
まず何よりも、自分のペースでは歩けない、そして、先頭集団の子供の相手をしながら登らなくてはならない、その一方で、最後尾の参加者まで目配りをする必要がある、そして何より、コミュニケーションを築きながら歩かなくてはならないということである。
ツアー登山の醍醐味は、おそらく喜びや達成感をともに分かち合うという行為にある。皆で楽しみを共有するということである。
だから私は、救護スキルを身に付け、先頭から最後尾までの登山者の体力を考慮することで、ペース配分を考え、速い人には余裕を持たせ、遅い人にはペースを 守らせ、ポール(杖)を持たせるなどいろいろな点に気を配り、休憩ポイントを勘案し、無理をせず、かといってゆっくり過ぎず、一歩ずつ前に進んでいくよう 努めた。励まし合い、労い、ときに叱咤し、歩調を合わせて先導するよう心がけた。
それでも列はいくつかに分断され、先頭から最後尾までの距離は相当に長くなり、スタッフの配置にも偏りが生じ、予期せぬ急登に士気を失う者もいた。そんな 登山だったわけだから、ツアーを企画しておいて言うのもなんだが、正直なことを述べるなら、”楽しい”という感覚にはあまりならなかった。

ではなぜ、私はこういう催しを考え、実行し、さらに回数を重ねようとしているのか。山から教えられることとはいったい何なのか?
医療の話をする。
病院に運ばれてくる患者の多くは高齢者である。私の領域で言うなら、脳血管障害や肺炎、脱水などが多い。急性期を乗り切ったとしても、大きな障害を残し、認知症へと進展する患者が後を絶たない。
国の財政は逼迫しているし、ここ被災地における福祉体制は崩壊している。国家としての存続が危ぶまれるとしたら、高齢者のための社会保障費の削減が議論さ れてきたのは仕方がないし、除線や雇用や教育を優先する復興計画に、正面から「福祉や介護の方が大切だ」と異論を唱えるほどの根拠もない。
もちろん、私とて長期療養ベッドを減らそうとする方針ほど残酷なものはないと思っているし、そうした政策をまことしやかに進めようとするこの国が、文化国 家と呼べるのか疑問だが、「国家や社会が、老後の面倒をみてくれる時代ではすでになくなりつつある」ということである。そして、この被災地においても、い つまでも支援が続くはずはないと思っている(「ほとんどなくなった」と言ってもよい)。

だから、人間は自分でなんとか生きられる能力を、一日でも長く保持しなければならない。老化というのは一日一日が勝負である。今日の知的判断は正しく、起 立歩行に無理はなかったが、明日どうなるか分からないのが高齢者である。老齢でも人間を保つ基本は、立ち上がり、歩くことである。そして、考え、判断する ことである。
医師の私が言うと不遜に思われるかもしれないし、身勝手な意見かもしれないが、高熱を出そうが、体が痛かろうが、とにかく意志を持って立って歩くことである。自立し、決断することである。それが”生きる”ということへの原点である。

全国どこでも言えることかもしれないが、認知症や脳卒中などで意識のはっきりしない神経疾患の患者が増えているように思う。一所懸命生きてきて、年を取っ たり病気になったりしたら社会のお荷物になる。年齢や病気とともに必然的に発生する不快な出来事は、結局のところ意識感覚を鈍らせることによってしか耐え ることができない。
認知症になることや意志疎通を希薄にするということが、死ぬまでの期間を楽に生きるために神が与えた自己防衛だとしたら、いったい人間は老後をどう生きればいいのだろうか。最後の尊厳をどう扱ったらいいのだろうか。
山の中で、私は、遭難し、苦しくて行動不能になったことがある。「生きる現実は、大地を踏みしめて、立って歩かなければならない」という当たり前の前提を、実際の手応えとして認識できたことが、私が山から教えられた最初の基本姿勢であった。

前述したとおり、私は大学を辞めようとした年に、何度も何度も山に登っては、誰とも相談せず、今後の進路について独りで考えを巡らせていた。
山頂に立ち、360度の景色を眺め、「なるほど、高いところまで来たな」と感じる一方で、「山は一体どこまで続き、幾重にも連なる峰の向こうには何があるのだろうか?」というようなことも、同時に思いあぐねていた。
当たり前のことだが、どれほど高い山に登ろうとも、見渡せる範囲には限界があるということを理解した。隣には、さらに高い山が聳(そび)えていた。「ひとつの区切があるだけで、ここは、けっしてゴールではない」ということを、身をもって思い知らされた。
山に登っても、どこへ行こうとも最終的なゴールなど見出せないのと同じように、人生におけるこの先もわからない。だから、私は次の山を目指すが如く、この南相馬市を射程内に入れたのかもしれない。

最後に打ち明けるなら、今回のハイキングでは、下山途中にひとりの負傷者が出てしまった。到着まで、ほんのわずか数十メートルのところだった。左膝の骨折だった。
ただ、その人は最後尾に付いているような体力のない未経験者ではなかった。中間の集団に位置し、この日のためにしっかりとしたトレッキング・シューズも購 入していた。もちろん、私たちのマークが甘かったのも事実であり反省点もあるが、立って歩くことの厳しさを再度、認識させられた。
今回のイベントを通じて、想いを新たにしたことは、登山を引率することと、この街の復興との共通性だった。人々の歩むスピードは、まちまちである。速い者 もいれば、遅い者もいる。ペースの乱れる者もいれば、一定のペースを崩さない者もいる。速い割には休憩の多い人や、ゆっくりだがほとんど休まない人もい る。速度配分は異なるし、歩き方も違うし、息の抜きどころも一致しない。
それと同じように、きっと被災からの再生も、人によってさまざまであろう。だから、当たり前のことかもしれないが、それらを十把一絡げで先導することなど、到底できるものではなかった。
今回のハイキングでは、73歳の女性市民までもが、何とか頂上にたどり着いた。それは、とてもとても感動的で、頼もしいことだった。参加者全員のそれぞれ が、それぞれのペースで頂を目指した。”山頂”という一点を目標に意識を共有させ、一体感を味わうことができた。私は、しばらくはもう、単独登山を止めよ うと思った。そして、多くの人を山に誘いたくなった。少なくとも、南相馬市における復興がもう少し進むまでは。

私は願う。山頂に到達することが、自身の立脚点の再確認を促し、自立した振る舞いをみせていける、そして、進むべき座標軸を定めさせ、行動の原動力というか、そういう礎になってもらえることを。
次回は、8月31日に”安達太良山”のトレッキングを計画している。田部井淳子さんたちの率いる”HAT-J東北応援プロジェクト”とのコラボで開催する ことが、すでに決定した。今から、本当に楽しみである。「プロの山岳家たちの引率がどういうものなのか」、「多様な人々をどうやって先導するのか」、こう した活動の経験が、すべて復興支援に応用できるであろう。

 

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