医療ガバナンス学会 (2013年9月20日 06:00)
本稿では、国立大学への国からの補助金を事例に、日本の教育格差を考えてみます。まず、関東や近畿などの地方ごとに、補助金の合計にどの程度違いがあるのかを検討しましょう。さらには県ごとにも見てゆき、各県の国立大学設置のあり方をみてゆきましょう。
なお、ここでいう補助金とは運営費交付金のことをいいます。運営費交付金(以下交付金と略します)とは国立大学の収入の48%を占める、文部科学省から各大学へ分配される、総額年間1.1兆円の補助金です。国立大学運営のための補助金としては唯一のものとなっています。
他の収入としては附属病院収入(36%、8600億円)、授業料&入学検定料(16%、3700億円)があります。施設整備には交付金と別会計で、 1400億円の施設整備関係補助金という補助金がおります。また、科学研究費補助金(科研費)という、大学の研究者が応募して採択されれば使える研究費が あります。総額3700億円であり、そのうちの59%の2200億円を国立大学の研究者が採択し、その受け取った金額の3割を大学に納めます。
地方別の交付金の「合計」をまず見てみましょう(http://bit.ly/12C9a88)。一位の関東は2700億円受給しているのに対し最下位の 四国は510億円と、5倍の格差があります。二位から七位をみてみましょう。順に中部(1800億円)、近畿(1700億円)、九州(沖縄含む。1400 億円)、東北(990億円)、中国(800億円)、北海道(590億円)となっています。
ただし、各地方は抱える人口が異なります。では、人口一人あたりの地方別交付金はどうなっているでしょうか(http://bit.ly /1dGzbrp)。一位だった関東は意外なことに最下位となり、6400円です。逆に最下位だった四国は一位で13000円です。二位から七位は北海道 (11000円)、東北(11000円)、中国(11000円)、九州(9800円)、近畿(8100円)、中部(7700円)となっています。関東の少 なさは、私学の多さや大型公立の存在で説明がつくかもしれませんが、国税の分配という点では不平等です。公立には国の補助金は分配されていませんし、私学 への補助金もそれほど多くはないのです。実際に私大への補助金(経常費補助金)もあわせて、地方ごとの一人あたりの補助金を計算してみると (http://bit.ly/18CjADK) 関東はたしかに多くなるのですが(10000円)、中部(9000円)を抜かしただけで、他の順位は中国と東北が僅差で逆転した以外は変わりません。上か ら順に四国(13000円)、北海道(12000円)、中国(12000円)、東北(12000円)、九州(11000円)、近畿(11000円)となっ ています。
基本的に大学生は進学に際して、地方間の移動は少ないですが、県を移ることは珍しくありません。例えば、神奈川県の高校生が東京に進学したり、大阪の高校 生が京都に進学したりするケースです。そのことを考えれば県単位で合計・一人あたりを考えることは意味が薄いかもしれませんが、各県の個性がよく浮かび上 がってくるのでみてみましょう。まずは交付金の合計です(http://bit.ly/15ashTw)。東京(1700億円)、京都(650億円)、北 海道(590億円)、大阪(530億円)、宮城(530億円)、茨城(520億円)、福岡(510億円)、愛知(470億円)の上位8位の都道府県は他の 県に比べて明らかに交付金が多い(9位の兵庫県が240億円)です。
これらの都道府県には旧帝大(東大(840億円)、京大(570億円)、東北大(510億円)、阪大(470億円)、九大(420億円)、北大(380億 円)、名古屋大(330億円))及び筑波大(430億円)が立地しており、それらは交付金受給額の上位8位を独占しています。また、それら8大への交付金 は全国86ある大学の交付金全体の35%を占めています。
逆に低い県は下から挙げると福島(37億円)、和歌山(40億円)、栃木(58億円)、埼玉(61億円)、岩手(84億円)、滋賀(91億円)、福井(95億円)、山梨(97億円)となっており、これらの県は合計しても5%しか受給していないのです。
大学間の交付金の偏りは今に始まった話ではありません。伝統的に大学間には序列があり、その序列に合わせて交付金は分配されています。たとえば、2001 年と大学の独立行政法人化前のやや古い研究ですが、前川聡子、Worawet Suwarad「国立学校特別会計とその政策的評価」(http://www2.econ.osaka-u.ac.jp/library/global /dp/0102.pdf)という論文があります。これによれば「国立大学の予算配分は、職員数や研究施設数という大学の固定的な規模でほとんど決まって しまい、その中でも職員数が最も重要な影響力を持つ」とされます。
会計のシステムは独立行政法人化して以来根本的に変わりましたが、職員数は雇用問題も絡み、簡単には減らすことはできません。この研究は予算を交付金に変えればおおむね今でも成り立つでしょう。大学の格差は固定しているのです。
そもそも大学の格は1949年に現代の大学の多くが設立されたときからあまり変わっていません。それは、大学の歴史(旧帝大や戦前からの官立大学(戦前の 国立大学です)、それ以外の大学でない高等教育機関のうち、どれを前身とするか)を反映しているのです。例えば、交付金支給額が多い1位から18位までの 大学は、16位の鹿児島大学(これも第七高等学校という、ナンバースクール(全国8校)と呼ばれる格の高い高等教育機関を前身とします)をのぞき、戦前の 官立大学を前身とします。
戦前の官立大学で、現在も国立大学として残っている(戦前の官立大学が私立大学に引き継がれた例としては、興亜工業大学を前身とする現在の千葉工業大学が あります)のは18大学です。残る一校はというと、一橋大学で約56億円の交付金を受け取っています。86の国立大学中、53位です。
このように一橋大学の交付金が少ない理由は、交付金によって賄われる大学の支出の多くは理系学部であり、一橋大学には理系学部がないことによります。先ほ ど挙げた交付金の額が少ない県の国立大学は、いずれも理系学部が充実していません。特に最下位の福島をみてみれば農家数全国2位なのにもかかわらず、国立 大学農学部がありません。逆に旧帝大は医学部をはじめとした理系学部が充実しています。
では人口一人あたりの交付金の額ではどうでしょう(http://bit.ly/12C9iEJ)。旧帝大のある京都、宮城が25000円、23000円 と一位、二位を占めています。しかし、総額では圧倒的一位であった東京は13000円と10位に低下し、かわりに四国・山陰の県が徳島22000円、鳥取 19000円、島根16000円と上位を占めています。さらに埼玉・神奈川の2県が1200円、850円と圧倒的に低くなっています。人口一人あたりの交 付金の額と人口の関係のグラフを見てみれば(http://bit.ly/14SVl2V)、人口が多い県は、人口一人あたりの交付金の額が少ないという 傾向があるようです。単純な話ですが、なぜ人口に対して平等に大学を設立しなかったのでしょうか。歴史をひもといて見ましょう。
さきほども述べたように、1949年に現在の国立大学の多くは設立されました。戦前には地方にも師範学校という教員育成機関や、旧制専門学校という実業教 育をする高等機関がありましたが、国立大学がない県も多かった(昭和年14年の時点で32県)のです。戦後日本の教育を作り直そうとしたGHQは、大学が 大都市に集中していることは教育の機会均等に反する悪弊であると指摘しました。そのことを受け、その年には「一府県一大学」とのスローガンのもと高等教育 機関が統合し、70校の国立大学が発足します。「統合」といったことからも分かるようにキャンパスが県内で分散している、そもそも設備がないので専門学部 を設立できないなどの困難を地方の国立大学は抱えました。例えば福島大学、滋賀大学、和歌山大学、香川大学、大分大学はそれぞれ県唯一の国立大学であるの にもかかわらず、設立時に抱えていた学部は学芸学部(教員養成のための学部)と経済学部の2学部と、理系学部を抱えていませんでした。そのような紆余曲折 を経ながら、地方国立大学はその県の教育を担い、大都市と地方の教育格差を是正してきました。
しかし地方を、県ごとに比較すれば格差は歴然としてあります。徳島のように人口77万人の県に2校大学が立地する(徳島大学(交付金140億円)、鳴門教 育大学(交付金35億円))のに対し、福島県は人口199万人の県に1校(福島大学(交付金35億円))です。平等のためにすべての県に対して最低一校の 大学を設立したのですが、39の県では人口が多い少ないにかかわらず、一大学だけの設立でした。人口ではなく「県」を基準として平等に大学を設立したこと が、人口に対して平等に大学が設立されていなかったことへの答えであるようです。
ここで別の問いを立てましょう。なぜ地方の県ごとで、人口がここまで異なることがあるのでしょうか。また、一つの県は、どのような基準でその大きさになっているのでしょうか。そのことは次回以降考察していくこととしましょう。
なお、データは大学別の交付金の一覧に関しては旺文社 教育情報センターのもの(http://eic.obunsha.co.jp/resource/pdf/educational_info/2012 /0423_k.pdf)、私立大学の経常費補助金に関しても同様に旺文社教育情報センターのもの(http://eic.obunsha.co.jp /resource/topics/0704/0403.pdf)、人口に関しては総務省統計局人口推計(http://www.stat.go.jp /data/jinsui/2012np/)、を用いました。用いたデータは断りのないかぎり、2012年のものです。
【略歴】
1987年 兵庫県に生まれる
2006年 東京大学教養学部入学
2009年 東京大学教養学部後期課程に進学。主に西洋科学の社会史について学ぶ。
現在 東京大学在籍中