医療ガバナンス学会 (2013年11月25日 06:00)
Service of Otorhinolaryngology,
Centre Hospitalier Universitaire Vaudois Lausanne. Switzerland
山本 一道
2013年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
http://medg.jp/mt/2012/03/vol431.html#more
この間気道狭窄に対する内視鏡・外科的治療、術前後管理などの臨床のみならず、このような稀な疾患を取り巻く状況、組織のあり方に関しても学ぶことが多く、気道狭窄に限らずあらゆる稀な疾患に共通の問題点を意識するようになった。
本稿では喉頭狭窄という疾患に対する治療の特殊性を通して、稀な疾患に共通する問題点を提起することができれば幸いである。
1. はじめに
気道狭窄は稀とされているが、新生児の2%前後に何らかの喉頭狭窄が存在するとする報告もあり、必ずしも「遭遇する可能性がほとんどない」という疾患では ない。実際、未熟児などに対して気管内挿管などを行うNICUなどでは呼吸喘鳴などは定期的に経験する病態であり、見逃されている症例も含めると潜在的に は一定数の患者が存在すると推測される。にもかかわらず、日本国内においては成人・小児を問わず十分な治療が行われているとは言えず、学会や医学誌などで 散見する限り質・量ともに十分な成績には至っていないようである。
よく言われるように欧米の多くの国では症例のセンター化が図られており、特に稀な疾患に関しては各国に1から数カ所に限定して治療されていることが多い。 現在、筆者が主に関わっている小児気道狭窄に関しては、シンシナティ、ロンドン、そして筆者の所属するスイスのローザンヌ(いずれも小児耳鼻咽喉科)など が国際的なリフェレンスセンターとして多くの症例の治療を行っている。確認はしていないがイギリスでは先天性気管狭窄に対してロンドンのGreat Ormond Street Hospital以外で治療を受けた場合、保険給付がされないとのことである。またたとえば当院にはノルウェーの患者が多く紹介されているが、ノルウェー では喉頭狭窄の十分な症例を治療している施設が存在しないため交通費も含め国の全額負担で治療を受けにくることができる。他のヨーロッパの国でも医者が自 国での治療が不可能と証明すれば、自国での保険支払いが許可されている例も多々存在する。小児喉頭狭窄のstate-of-the artはほとんどこの三施設からの報告で形成されているが、この三施設間においても治療方針や適応は若干異なり、この病態の治療の難しさを物語っている。
以下に小児喉頭狭窄の治療に関する個別の特殊性について述べてみたい。
2. 疾患の特殊性
一般に気道狭窄とされる疾患は多くの場合、声門下あるいは気管における狭窄を指すことが多い。しかし、実際の気道は鼻腔あるいは口腔に始まり、咽頭、喉頭 を経て気管・気管支を通り肺に至る。従って、このいずれのレベルでの狭窄も呼吸症状を引き起こし、しばしば複数箇所の狭窄が同時に存在する。治療としては そのすべてを解除する必要があり、そのためには正確な病態の把握が必要となるが、気道はその位置によって耳鼻咽喉科の分野から喉頭を境に呼吸器科の守備範 囲へと移るため総合的な評価自体が不十分となりがちである。
筆者は胸部外科というバックグラウンドでこの治療に入って来たが、こちらで喉頭鏡を用いた検査やレーザー治療を修練するに、特に声門上の評価は非常に甘 かったと反省することが多い。日本では主に小児の症例は小児外科医が、成人は胸部外科医が行っているようであるが、いずれにおいても十分な症例を経験する ことは難しく正確な評価ができているとは考え難いと判断している。
3. 治療の特殊性
1970年代に成人の喉頭狭窄に対する喉頭気管切除吻合が欧米の複数の胸部外科医によって確立され、成人喉頭狭窄のスタンダードな手術となった。これに対 し、小児喉頭狭窄に対しては1980年代に小児耳鼻咽喉科医であるシンシナティのCottonらにより肋軟骨を用いた喉頭形成が行われ、これがスタンダー ドとなっている。現在でもシンシナティ小児病院は世界最大の小児気道狭窄の治療センターとなっている。これに対し、ローザンヌのMonnierは成人に対 して行われていた喉頭気管吻合を小児例にも適応し、長期予後においても成長期の患者に対する安全性を証明した。しかし実際には小児に対する喉頭気管吻合を 一定数行っているのは知りうる限り上記二施設のみであり、他の施設では非常に限られた重度の狭窄にのみ行われている。
このように同じ病態に対して成人と小児でスタンダードとされる術式が異なり、治療を行う医師の専門も異なるという状態になっている。双方を経験した筆者の 印象としては、高齢者においては肋軟骨の質が悪く喉頭形成の成績は若年者に比べ劣ると考えている。また、小児に関しても声帯病変を伴わない場合は喉頭気管 吻合のほうが治療期間が短縮されるが、技術的難しさや術後合併症への心配から喉頭形成を選択するケースが多く見られる。実際に文献のレビューを行うと、多 くの施設では狭窄度の高い症例に関してのみ喉頭気管吻合を用いる施設が多いようである。このように自分の専門に留まらずすべての治療法に精通した上でケー スバイケースの判断が必要となることが多く、症例を一箇所に集めて一定数の経験をもったチームが存在することがことさら重要となる。
日本においては、基本中の基本となる単純気管吻合を自信を持って行えるレベルの施設も少なく、喉頭気管吻合となると報告すらほとんどない。その結果、禁忌 といってもよい良性気道狭窄に対するステント留置などが頻繁に行われ、結果として状況を悪化させるような事態が頻発している。いわば各施設が「稀な疾患」 として各自試行錯誤している段階で、すでにある程度診断や治療が確立されている病気としては治療されていないと言っても過言ではない状況である。
4. 組織の特殊性
当院では小児気道狭窄の治療は、耳鼻咽喉科の専門チームが専属で行い、耳鼻咽喉科の他の分野のグループともやや独立していた(現在はMonnierの引退 により変化している)。実際の術後管理などは小児ICU、小児外科、耳鼻咽喉科が共同して行い、特に患者の全身状態管理は前二者によるところが非常に大き い。小児麻酔科、小児理学療法士などは正に専門家というに相応しく全幅の信頼を置いている。小児心臓外科や小児呼吸器内科、小児感染症科なども非常に密接 に関係しており、耳鼻咽喉科としては実際の手術と全体のオーガナイズを担当しているだけとも言えなくもない。縦割り組織の大学病院において横の関係を密接 にするのは我々のようなシニアレジストラやフェローであり、それぞれの責任医の指導下に治療を構成してすべての指導医が状況を把握するという関係になって いるが、同年代同志の顔見知りの関係で話しやすく意思疎通が取れることは非常に重要であり、機動性が高く非常に有効だと感じている。
このように一定の症例が存在するために、治療グループがある程度独立することが可能となり、片手間の医療とならない分、各専門科の限界を超えた統合的な評価・治療ができることには非常にメリットがあると感じている。
5. 最後に
筆者は日本では呼吸器外科医として働いていたので大部分を呼吸器外科、さらにいえば肺がん外科として臨床を行っていた。肺がんはもはや稀な疾患でなく、そ れが正しいかは別にして近場でのフリーアクセスができるというのは患者にとっては非常にメリットである。大部分の呼吸器外科医の興味の対象は肺がんであ り、その診断や治療はある程度均一化されていると考えられている。また、肺移植や悪性胸膜中皮腫とったメジャーな(?)稀な疾患は完全とは言えないまでも 症例の集中化が試みられている。
これに対し、中枢気道狭窄は複数の科によって扱われており、それぞれの科においてもマイナーな疾患扱いであるため、一定数以上の症例に対して包括的に診断 や治療を行っているところは存在しない。そのため実際に興味のないものとってみればどのような検査や治療が必要で、どこでそれが行われているのかというこ と自体が知られておらず、各治療者が自分の知る範囲での治療を行うだけに終わってしまうケースが多々存在するようである。このような問題は、分類の難しい 稀な疾患には共通したものと考えられ、筆者が現在の施設で経験したような症例の集中は一般に言われるような経験値の上昇だけでなく、専門横断的な診療を可 能にする集団を形成するためにも有効であると考えるようになった。
翻って日本の現状を考えると、残念ながら近い将来にこのようなことが日本で実現する可能性はほとんどないと考えている。今の日本でいつの日かそのようなこ とが可能になるのかは定かでは無いが、それまでは喉頭狭窄に限らずあらゆる稀な疾患を持つ患者にとっては苦難の道がつづくと考えている。希望的な観測や提 案は単なるガス抜きにしかならないと考えるため個人的な意見を述べるのは避けるが、5年にわたる二回の留学からの結論が外れることを祈るばかりである。
山本一道(やまもと かずみち)
1995年京都大学医学部卒。2011年12月より現職。