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Vol.295 子宮頸がんワクチン問題にみる公衆衛生学的課題

医療ガバナンス学会 (2013年12月4日 06:00)


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山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座
准教授 成松 宏人
2013年12月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●子宮頸がんワクチンの安全性
子宮頸がんワクチンの安全性が問題になっている。特に複合性局所症候群といった慢性の痛みを伴う事例がマスメディアにて大きく報じられ、広くその問題が認 識されるようになった。厚生労働省は2013年6月に緊急で専門家による検討を行い、定期接種としては継続するものの、接種の勧奨はしないという玉虫色の 暫定的な措置をとり、11月現在まで継続している。
副反応がなかばセンセーショナルに報道されたこともあり、ワクチンに対する逆風は強い。しかし、筆者は子宮頸がんワクチンを「A類疾病の定期接種」として続けることが現時点では妥当だと考える。がんを予防するというその期待される効果も大きいためだ。
副作用のない薬剤は存在しない。それは、ワクチンでも同様である。必要なのはリスクを定量化し、その効果に見合うだけのものかを比較することである。特 に、ワクチン接種をどうするかは、個人個人の医療というだけではなく社会全体の公衆衛生学的な視点からの検討が非常に重要である。筆者は、公衆衛生学研究 に取り組むがんの専門医である。本稿では、その視点からこの問題を考えたい。

●なんのためにワクチンをうつのか
子宮頸がんの予防で大きな役割を担うのは子宮頸がん検診である。検診により子宮頸がんの早期の細胞の異常である上皮内新生物の状態で見つけ出し、早期に治 療することことができる。子宮頸がん検診は進行がんを防ぎ死亡を減らす効果が証明されており、多くの先進国では、ほぼ例外なく検診が行われている。日本に おいても同様に検診受診が推奨されている。
一方では、子宮頸がんワクチンは子宮頸がんの発がんに関与するヒトパピローマウイルス(HPV)の予防することで子宮頸がんの発症を防ぐものである。その HPVの感染予防することによる上皮内新生物発症抑制の効果が、無作為割り付けを行った大規模臨床試験にて証明され、2009年に接種が開始された。た だ、予防できる感染はウイルスの一部であることもあり、検診の受診は引き続き必要になる。
このワクチンは「A類疾病の定期接種」となっている。これは予防接種法に基づき市町村が接種対象者やその保護者に対して接種を受けるように勧奨しなければ ならないものである。定期接種で引き起こされた副反応に対しては法に基づく補償を受けられるようになっている。このようなスキームをとるのは予防接種を多 くの人が受けることは「社会を守ること」につながるからである。(厚生労働省ホームページ) 言い換えれば、公衆衛生上必要と判断されているからである。

●難しい副反応の検証
今回問題になっている副反応は子宮頸がんワクチンと因果関係があるのか?ワクチンの安全性を評価する際には特有の難しさがある。今回報道された複合性局所 疼痛症候群の頻度は約860万回接種に1回(厚生労働省ホームページ)とかなりまれである。前出の大規模無作為試験での接種回数はワクチン群(サーバリッ クス)、対照群(A型肝炎ワクチン)それぞれ、約9,000人、3回接種して、「わずか」約18,000回である。ちなみに、この臨床試験において重篤な 副作用の発生頻度は子宮頸癌ワクチンであるサーバリックスと対象群であるA型肝炎ワクチンで差はないと結論づけているが、これは、多く見積もっても数千回 に一度の副反応の評価しかできていないと推測される。もし、複合性局所疼痛症候群の頻度はをこの種の試験で扱うとするならば、少なくとも片群1,000万 人以上の規模が必要であると考えられ、このような規模で無作為に割り付ける試験を実施することは不可能であろう。これは、大多数の接種するため、極めてま れであるが重大な副反応を評価する必要のあるワクチン接種の安全性評価の難しさである。

●なにを基準に決めるべきか
子宮頸がんワクチンとの因果関係はあるのか、そして、あるとしたらどのような機序で起こるのか?これを解明するためには、相当数の副反応事例を集めて、詳 細な臨床経過の検討が必要になるが、現時点では結論を出すに値するだけの医学的な証拠が圧倒的に不足している。なので、現状で有効か否か、安全か否かの議 論をすれば、神学論争になりやすい。ひとたび副反応が自分や家族に起これば、当事者にとっては100%危険になる。もちろん、健康な方がワクチン接種を契 機に日常生活にも支障のでるような障害がおこってしまうのは、悲劇以外の何物でも無いし、そのような状態になられて苦しまれている方やそのご家族には言葉 もない。一方で、子宮頸がんでは年間3,000人ほど亡くなっており、特に若くしてこの病気でこの世を去ることもまた悲劇である。もし、それらを少しでも 防ぐことができるかもしれない手段があったのならなおさらである。結局は、公衆衛生学的問題としてワクチン接種のリスクとベネフィットにはかりをかけて、 いいかえれば社会全体の問題として決めるしかない。

●ワクチンにおける判断の難しさ
すべてのクスリには副作用がある。それはワクチンも同様である。しかし、ワクチンは疾患の治療のための薬剤とは違った基準で判断しなければいけない。たと えば、抗がん剤の場合とワクチンの場合では副作用リスクの許容できる基準が違う。ワクチンは、健常人に投与すため、がん患者の場合よりも副作用の許容でき る範囲は必然的に狭くなる。また、定期接種となれば、膨大な数の接種を行う事になる。そのため、極めてまれな副作用事例も報告され、今回の様に、その事例 が重大であれば、たとえまれであったとしても、安全性の評価に重大な影響を及ぼすことも多い。
子宮頸がんワクチンを「A類疾病の定期接種」として続けるかどうか、難しい判断になるだろう。副反応がなかばセンセーショナルに報道されたこともあり、ワ クチンに対して逆風がふいているように思う。筆者は子宮頸がんワクチンを「A類疾病の定期接種」として続けることが現時点では妥当だと考える。がんを予防 するというその期待される効果も大きいためだ。その上で、その迅速にかつ手厚く保障する制度を運用すること、副反応報告の収集をつづけ、安全性情報の開示 を続けることが必要だ。そして、もっとも必要なのは、専門家がオープンな場で議論をつづけることが必要である。「ワクチン反対派」、「ワクチン推進派」と レッテルを貼るのは不毛だろう。
今後副反応の情報も集積していくにつれて、ワクチン接種の運用についてもことなる判断が必要になる場面も出てくるかもしれない。専門家のオープンな議論 は、子宮頸がんに限らず、さまざまなワクチンに関する課題を解決することにつながると筆者は考えている。その意味でも、筆者を含む公衆衛生に携わる者の責 任と使命は重い。

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