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Vol.14 医療安全推進のゆえに罰せられてはならない

医療ガバナンス学会 (2014年1月21日 06:00)


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この原稿は月刊集中2013年末発売号より転載です

井上法律事務所弁護士
井上 清成
2014年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. 非懲罰性の原則の確立を
医療安全の推進は両刃の剣である。
医療事故の再発防止を含め、医療の安全を推進しようと試みれば試みるほど、逆に、当該医療者自身もしくは他の医療者が懲罰にさらされるリスクは高まってしまう。刑事、行政、民事の3つの責任を追及される危険が高まるのである。
この現実を踏まえて、医療安全の推進のために、非懲罰性の原則が確立された。WHOではドラフトガイドラインの形をとり、たとえばアメリカではきちんと立法化されている。甚だ遺憾なことに、非懲罰性の原則に関して日本は後進国であり、世界標準に遠く及ばない。
2014年春には、医療法改正の1つの項目として、医療事故調査制度が創設される見込みである。その医療事故調が非懲罰性の原則を確立するどころか、逆 に、日本の後進性を固定化してしまう可能性を否定し切れない。医療法改正に際しては、医療安全と責任追及とをきちんと切り分けるよう、まだまだ精査が必要 である。

2. 刑事責任・行政処分の基礎は民事責任
法律家にとっては当り前のことであるが、医療者は必ずしも理解していないことがあると思う。それは、民事責任のうちの酷い一部が行政処分となり、行政処分 のうちのさらに酷い一部が刑事責任となるというように、民事・行政・刑事の3つはリンクしているということである。民事責任が多くなれば、自然と行政処分 が多くなり、行政処分が多くなれば自然と刑事罰が多くなってしまう。
医療者はよく、「民事は仕様がないが刑事はけしからん。」「民事はよいが行政処分は困る。」「刑事だけ無くなればよい。」、果ては、「刑事がなくなるなら ば行政処分くらいは仕方ない。」などと述べることがある。気持ちはわかるし、言いたいこともわかるが、それらすべては法律的にはナンセンスとしか言いよう がない。法的にはありえないことなのである。
刑事を無くすには行政処分を無くし、そのためには民事責任を無くす、または、少なくするしか方法はない。
刑事責任・行政処分の基礎は民事責任なのである。
つまり、医療事故調創設をきっかけとして民事責任の追及が増えないよう、くれぐれも留意しなければならない。

3. 訴訟は民事紛争の氷山の一角にすぎない
よく「訴訟が減少した」から良かった、などと言われる。しかし、訴訟は民事責任追及のための民事紛争の氷山の一角にすぎない。
法廷に呼び出されて証人または被告本人として尋問を受ける訴訟は、確かに大きな苦痛であり、ストレスのグレードも高いものであろう。しかし、民事の個人責任追及という点では、訴訟も調停も、そして、訴訟前の示談も賠償交渉も、その本質は変わらない。
刑事責任・行政処分の基礎である民事責任という点では、訴訟もそれ以外の民事紛争も同じなのである。現に、福島県立大野病院事件では、民事責任を視野に入 れた対応が、執刀医の院内懲戒処分と冤罪としての刑事責任追及につながった。また、東京女子医大人工心肺事件でも、民事の示談成立後に、冤罪としての刑事 責任追及が続いている。
民事責任の問題については、訴訟数の減少だけに着眼するならば、事の本質を見誤り、大きな政策方向の間違いを引き起こしてしまう。法律の素人である医療者達は、この点を見誤らないよう、よくよく注意しなければならない。
訴訟も示談も含めた民事紛争の全体を減少させることこそが、重要な点なのである。

4. 民事紛争抑制のために秘匿性の確立を
医療事故調は、往々にして透明性の向上の名の下に、民事責任追及のリスクを高めてしまう。そこで、WHOガイドラインやアメリカ法などで公認されているように、むしろ秘匿性の原則を確立しなければならない。
秘匿性の原則は、非公開の原則とか非開示の原則と同じである。当該患者や遺族に対して、必要相当以上の情報は開示してはならない。
もちろん、当該医療行為に関わる基礎資料(カルテ、検査記録、看護日誌、Aiや解剖結果などの医療記録。医療事故調査結果のうちの客観的事実経過の結論記 載部分)は開示する。しかし、医療安全活動資料(インシデント・アクシデントレポート、聴取記録、会議資料・議事録などの諸記録。医療事故調査の経過資 料、議論・討議部分。医療事故調査結果のうちの議論・討議部分、医学的評価部分、再発防止策部分)は、患者や遺族にも開示しない。
このような非開示原則を、院内事故調だけでなく、第三者機関としての事故調においても確立すべきである。
往々にして医療者の善意は、その思いをそのまま貫こうとして、医学的評価も再発防止策もそのまま公開したく思ってしまう。しかし、現実の世界には悪意が満 ちている。いわゆる患者側弁護士と称する弁護士の中の一部には、医療事故調設立を、医療過誤賠償請求の民事紛争参入のビジネスチャンス到来と待ち構えてい る者も少なくない。
日本の後進的な法律の実情も勘案するならば、是非とも非開示原則だけは確立しておかねばならないと思う。

5. 同時並行して院内の準備を
国家的な医療事故調の動きと同時並行して、各医療機関(病院・有床診療所のみならず、無床診療所も含む。)も院内の準備を始めなければならない。手始めに、医療安全管理委員会規則を制定・改正するのが手頃と思う。
院内事故調を医療安全管理委員会の傘下に入れること、非開示原則を明示すること、そして、非懲罰原則を採用することの3つが必須である。なお、3つ目の院 内における非懲罰原則とは、医療過誤を理由として院内懲戒処分(解雇、停職、減給、戒告といった懲戒措置)をしてはならない、というルールを指す。
以上の定めをまず置いた上で、医療事故調に備えた医療安全管理の体制を逐次に充実させていくべきだと思う。

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