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Vol.26 東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失

医療ガバナンス学会 (2014年2月3日 06:00)


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患者から見た医師と製薬会社に問われる法的責任

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

関家 一樹
2014年2月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2014年1月24日付の毎日新聞(東京夕刊)にて、製薬会社のノバルティスが自社の白血病治療薬の臨床試験に関与していたことが報じられた。
新聞記事では事件の概要が説明されたのみであったが、今回は臨床試験に参加された患者さんの側から、法律的にどんな問題が生じているのかを考えてみたい。

●事件の概要
「製薬会社ノバルティスファーマの社員が自社の白血病治療薬の臨床試験に関与していた問題で、複数の社員が実施計画書や患者の同意書の作成に関わった可能 性があることが関係者への取材で分かった。試験開始前から社員が準備に加わっていたとみられる。研究チームは企業の支援を受けない前提で医療機関の倫理委 員会から実施の承認を得ており、ノ社と研究の中心となっている東京大病院が調査している」
「(中略)実施計画書には『研究の計画、実施、発表に関して可能性のある利益相反はない』と明記され、研究チームはノ社から資金や人的な支援を受けないことを表明していた」
「(中略)ノ社が2012年度に、臨床試験の責任者を務める東京大病院の黒川峰夫教授の研究室と参加7医療機関に奨学寄付金計1100万円を出したことについては、ノ社と東京大病院は『試験とは直接関係がない』と説明している」
「試験は12年5月に始まった。白血病患者が服用する薬をノ社の新薬に替え、副作用の違いを患者へのアンケートなどから調べている。全国の22医療機関が参加する」
「この試験では、営業担当の社員8人が本来は医師間で行うべき患者アンケートの受け渡しを代行。アンケートを多く集めるほどコーヒー店の金券などを受け取れるルールで競い、上司も認識していた(後略)」
(以上、毎日新聞 2014年1月24日 東京夕刊 「ノバルティス社:白血病薬試験、計画書にも社員関与か 電子ファイルに社名」より引用)
研究に参加したある病院の話によると、臨床試験を担当した医師は、研究チームにノバルティスが深く関わっていること、特に研究チームの運営を以前より同社のMRたちが実質的に行っていたことを認識していた、という。
そしてその病院では実際に2人の患者さんが、現在投薬しているノバルティス社の白血病治療薬グリベック(イマチニブ)から、同社の「新薬」であるタシグナ(ニロチニブ)に治療薬を変更している。

●何が問題なのか
法的な責任は大別すると、行政上の責任、刑事上の責任、民事上の責任、に分けられる。
今回は患者さんの視点からということで、患者さんと保険料を介した国民への財産的な損害と、患者さんが治療を受ける上で行使できる権利への侵害、を見ていく。

●製薬会社ノバルティス社と東大系列病院がグルになった巨大詐欺事件?!
今回臨床試験の対象となった、タシグナの1日当たりかかる薬価は1万4066円、年間513万円程度になる。
これに対して現在使われている、ノバルティスが販売するグリベックの1日当たりにかかる薬価は1万996円、年間401万円だ。しかしこちらはジェネリッ クが提供されており、それだと薬価は年間269万円で済む。当然ジェネリックを利用されてしまうと、ノバルティスの売り上げはゼロになってしまう。
患者の個人負担は年齢や年収、高額療養費制度でまちまちであるが、本来同一効果を得られるジェネリックを使用すれば、269万円で済む社会負担が、タシグ ナを利用することで年間513万円となり、患者さん自身の窓口負担と国民の保険料負担からノバルティスの独占的な利益への支払いが行われることになる。
グリベックの2011年の日本国内での売り上げが約400億円であることからすると、タシグナにすべて切り替えられた場合は510億円以上の売り上げが見 込めたはずである。本来グリベックをジェネリックへ切り替えることで、年間270億円程度で済んだはずの社会の薬価負担との差額である年間240億円程度 を、売り上げとしてノバルティス社は国民から得ることができるようになる。
グリベックの特許が切れジェネリックが普及する中で、ノバルティス社が特許を持つタシゲナへの切り替えを勧める今回の臨床試験。同社がアンケート回収から研究発表資料まで作る、至れり尽くせりな対応を医師に対してするのは当然と言えるだろう。
今回の事件は、患者さんに不必要な薬価の差額を負担させ財産的損害を与えた、という民事上の責任がある。また、本来使う必要のない薬を効果のあるように誤 認させて患者さんに利用させることで、患者さんの自己負担金と国からの保険料を支払わせたのであるから、詐欺や景品表示法違反という刑事上の責任も生じ る。
事案は全く異なるが、以前大きく報道されたホリエモンこと堀江貴文氏は、証券取引法違反という投資家全体に対する損害を与えたことで、実刑判決を受け収監された。
製薬会社が自社の利益のために薬の効果を良く見せる研究を主導し、医師がその研究をあたかも中立的であるかのように見せかけるために協力する。その結果と して保険料負担という形で国民全体に損害が与えられ、本来必要でなかった投薬という形で患者さん自身に損害が与えられる。
医療は金銭では贖えない人間の生命と健康に直結し、薬は投資と異なり止めることはできない。臨床試験に利益主体である製薬会社が関与しそれに医師が協力したことは、ホリエモンと比較しても相当悪質な事案であると言われてもしようがない。
今回の事件はもっと報道されてしかるべきであるし、刑事的なメスが入っていい。

●プライバシー権の侵害
今回の事件では、患者さんから得た臨床試験のデータを、本来研究チームに入っていてはいけないはずのノバルティスが閲覧し管理さえしていた。
個人の病歴や健康データは、個人情報の中でも最も核心的な利益の1つである。
個人情報保護法の対象となるのはもちろんのこと、第三者に開示する行為自体が民法上の不法行為・債務不履行行為となり損害賠償の対象となる可能性が高い。
第三者への開示について、たとえ包括的な「個人情報提供の同意書」を取っていたとしても、通常考えられない相手・不必要な相手への提供は許されない。
研究チームはそもそも企業からの支援を受けないことを前提として臨床試験を行っているのだから、患者さんにとって、製薬会社はたとえ同意書を出していたとしても個人情報提供の同意対象とは言えないだろう。
つまり、患者さんから受け取ったアンケートを製薬会社のMRに見せている段階で、既に損害賠償の対象となる。

●自己決定権の侵害
患者さんには自己決定権という権利が存在している。自分の受けたい治療は受け、受けたくない治療は受けない、という権利だ。
そしてそのような患者さんの判断を可能にするために、医師には患者さんに対し行う治療内容を説明する義務がある。病院側で厄介な存在として挙げられているであろう、インフォームドコンセントの問題だ。
臨床試験を行った病院の医師が、実際どの程度まで患者さんに説明を行ったのかはまちまちであろうが、研究チームが中立客観的な立場の存在であるのか、製薬 会社によって主催されているのかは、患者さんが臨床試験を受けるか受けないかの判断をする上で重要な情報であると考えられる。
患者さんには製薬会社が主宰している研究であると知ったうえで、リスクを判断し「受ける・受けない」の選択をする権利がある。
つまり医師が、研究チームに製薬会社が関わっていることを知りながら、そのことを患者さんに告げずに臨床試験に参加させてしまうと、患者さんの自己決定の機会を奪ってしまったとして、それだけで損害賠償の対象となる可能性がある。

●望まない治療を受けない権利への侵害
自分の体の中に何を入れるかは、自分が決めることであり、この基本的な権利は法的保護の対象となる。
前述の自己決定権を侵害された結果として、患者さんは本来の事実を知らないままタシグナを投薬されることになった。
先述の臨床試験に参加したある病院では、タシグナへの切り替えを行った患者さん2人について「当初より医療的な見地から切り替えが行われる予定であり、本 研究によって切り替わったものではない」としている。「タシグナでも治療効果はあるわけだし、患者さんにとっては薬の種類よりも病気を治すことが大事では ないか」と思われるかもしれない。
確かに病院側の理屈としてはそうかもしれないが、患者さんとしては自分の体に入る薬が切り替わる段階で製薬会社が関与していたという事実には変わりがな い。「製薬会社が臨床試験に関わっているのであれば利用したくなかった薬を利用された」と主張することができるようになる。一滴でも毒の混じった水は飲め ないのである。
そして個人の生命身体健康に関する利益は、当然のことながら最も尊重される権利である。「健康被害が出ているわけでもなく、治療効果だってあったから良いのではないか」という理屈は通用しない。

●おわりに
以上のように患者さんの権利を中心に、生じている法的問題を概観してみた。
こうしてみると医療機関や医師の側では「良くあること」であったとしても、ふと座る場所を患者さんの席に換えて眺めてみると、多くの大切な権利をいとも簡単に侵害してしまっていることに気づかされる。
「いつも製薬会社の人がやってくれているから・・・」は患者さんには通用しない。

<略歴>せきや かずき
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当

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