医療ガバナンス学会 (2014年2月28日 06:00)
さて、今も昔も慢性的に持ち患者不足の歯科研修医ですが、I先生も患者不足が元であんな事を言い出したのです。詳細は後述するとして、ちょっと古いですが、ここでもう一つ歯科研修医のとある出来事を紹介しましょう。
―――トイレで一人ハンガーストライキ事件―――
私が研修医(平成10年)だった時、同じ班(研修医は5~6人の班員となり、共に行動します)のS先生にまつわる話です。
S先生はさっぱりした性格で、行動力がとてもある先生でした。少し短気なのが玉に傷ですが、単刀直入な言動は裏表がなく、同僚からはとても好かれています。
事件は院外研修先(所属する研修施設と提携する病院や歯科医院の出向先。協力型施設といい、研修施設から指名された1~2名がここで約3カ月研修する)で起きました。
S先生はA歯科医院の研修が決まり、そこの研修先には同じ班のH先生も行くことになりました。H先生と私は仲が良く、お互い情報交換をし合っていました。以下H先生からのレポートです。
研修が始まった3日目の朝のA歯科医院のロッカー室。
「また見学かあ。今日ちょっと院長に言ってみるよ」
「何を?」とH先生。
「いや、見学だけじゃ、何も身につかないからさ」
「やめとけよ、怒られるだけだぜ」
と言いつつ、H先生は(よし、患者さんに触れるかもしれない)とS先生に少し期待をもったとのこと。
10分後、A歯科医院の院長の怒号とそれに負けじとS先生の張り合う声が診療室全体に響きました。(頑張れ!)と心の中で叫ぶH先生でしたが、「見学もせ んでいい!お前はそこで立っとれ」で終了の幕引き。そして、どうやら院長先生が指差したところが、H先生にはスッタフ用のトイレに見えたらしく、そのまま S先生はトイレに直行。研修時間終了まで出てきませんでした。H先生曰く、S先生がトイレに入る間際、「診療は見学して出来るんじゃない。治療して出来る んだ」とのセリフが「踊る大捜査線」の青島刑事みたいでかっこ良かったそうです。
重苦しい空気のままその日終了し、事件が起きた翌朝のロッカー室。
「昨日あんなこと言っちゃって今日からどうするんだよ?」と問いながらも、H先生の目線はS先生の手元に釘付けでした。S先生は20冊以上の歯科も臨床に関する本を抱えていました。
「今日からあそこ(スタッフ用トイレ)が研修先だからよ。これを持ち込んでいくんだよ。まあ一人ハンガーストライキだな」
「なんでハンガーなんだ?」
「だってよ~、あそこで食べる気はしないだろ?それにみんなの雰囲気悪くしたのは悪く思っているしさ」
「昼休みも出てこないのかよ?」
「ああ、俺の心意気を院長にわかってもらわないとな」
「…そうか、まあ頑張れよ」
かくしてS先生は研修が終わる3か月間ハンガーストライキをやり通したのでした。A歯科医院の院長はS先生を咎めはしませんでしたが、一言もS先生とはな さずじまい。その間スッタフたちはトイレが患者さん用のトイレしか使えずとても不便だったのは言うまでもありません。また後日談ですが、S先生の大量の持 ち込んだ書物の中には趣味のゴルフの雑誌と、何冊かの漫画が混ざっていたそうです。まあ人間として当然でしょう。
ここで誰が悪いのか検索しましょう。
研修医にとって見学は基本中の基本。「院外研修先は研修先の方針に従う」との原則があります。それを守らないS先生でしょうか?それともパワハラの院長が問答無用に悪いのでしょうか?
実は私(歯科医師)からみれば二人の行動はとても評価が高く、共に合格点をあげます。(何が合格点ですって?それは次回に)そしてこの事件は歯科臨床研修医のみならず、歯科医療全体の問題を端的に表しているのです。