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Vol.57 ノバルティス問題:日本の学術研究が抱える構造的問題

医療ガバナンス学会 (2014年3月6日 06:00)


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白血病治療薬臨床研究関与事件~研究代表者に問われる責任

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

関家 一樹
2014年3月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


製薬会社のノバルティスが、自社の白血病治療薬タシグナの臨床研究に関与していた問題について、また2つほど大きな報道がなされた。
2月7日5時09分にはNHKがノバルティスの社員が臨床研究のデータ解析を行っていた可能性が高いと報じ、2月8日2時30分には毎日新聞が「ノバル ティスファーマ:学会発表も会社関与? 資料に社名」として、学会発表の資料までノバルティスの社員が作成していた疑いがあると報じた。
この臨床研究は、「東京大学血液・腫瘍内科」と、同医師らが運営していることとなっておりノバルティスが深く関わっていた「東京CMLカンファレンス(以下TCC)」、によって行われている。
この問題について現在、東京大学で内部調査が進められている状況であるが、今回は臨床研究を主導した、東京大学血液・腫瘍内科の内部の責任の所在について検討してみたい。

●ノバルティスに関わった医師たち
今回の臨床研究の概要については、UMIN-CTRというサイトで誰でも確認することができる。
責任研究者の欄に記載されているのは「黒川峰夫」東京大学血液・腫瘍内科教授である。今回の臨床研究で使用された実施計画書によると、黒川教授は「東京大学血液・腫瘍内科」側の研究代表者であるとともに、「TCC」の代表世話人でもある。
もっとも、教授が実際に臨床研究の進行を行うわけではなく、そうした業務は通常、教授より若手の研究者が行う。今回の臨床研究で内部を運営していたのはA医師である。A医師は臨床研究の実施病院との連絡や、臨床研究の実質的な運営を黒川教授の下で任されていた。
そしてA医師が臨床研究を実施する各病院の医師に送ったメールの、添付ファイルの文書のプロパティ欄における製作者の会社名が「Novartis」となっていた。
またTCCは以前よりノバルティスのMR(medical representative=医薬情報担当者)が関わっていたとされている団体であるが、A医師はそちらの取りまとめも行っている。
このような状況であることから、現在ノバルティスの臨床研究への関与について、A医師が独りでやったこと、とするような力が一部で働いているようだが、果たしてそれでいいのだろうか。

●「責任研究者」には「責任」がある
公的なガイドラインである「臨床研究に関する倫理指針(H20.7.31厚生労働省告示415号)」を見ていこう。
この指針によると「研究責任者」とは「個々の臨床研究機関において、臨床研究を実施するとともに、その臨床研究に係る業務を統括する者をいう」とのことなので、先のUMIN-CTRの記述から黒川教授が該当することになる。
そして研究責任者には「研究責任者は、臨床研究を実施し、又は継続するに当たり、臨床研究機関の長の許可を受けなければならない」として倫理委員会の承認 を得ること、「研究責任者の個人情報の保護に係る責務等は、次のとおりとする。(1)当該研究に係る個人情報の安全管理が図られるよう、その個人情報を取 り扱う研究者等(当該研究責任者を除く。)に対し必要かつ適切な監督を行わなければならない(以下略)」として個人情報の保護を行うこと、などの各種の責 務が課されている。
「責任研究者」や「研究責任者」と表記の揺れはあるものの、いずれも「責任」の文字が入っていることからも分かるように、研究責任者である黒川教授には臨床研究が適切に行われるよう監督する終局的な義務がある。
今回の臨床研究が医師主導臨床研究であり、製薬会社の関与がないとして倫理委員会の承認を受けている以上、黒川教授にはノバルティスを関わらせない臨床研究体制を作る責務がある。したがって「全てA医師がやったことだから知らぬ存ぜぬ」という言い訳は通用しない。
「責任研究者」の肩書きは伊達ではないのだ。

●教授に金が集まる大学研究の構造
研究を進めるためには資金が必要である。この資金源は大きく分けて科研費と、奨学寄附金であるが、いずれにしても「教授」に資金は集中する。したがって研究者は教授の下で、教授に集まった資金を利用して研究を進めていくことになる。
今回の黒川教授とA医師の場合だと、奨学寄附金について、平成24(2012)年には黒川教授が3100万円、であるのに対してA医師は150万円である。前年の平成23年には黒川教授が3050万円、に対しA医師は0円である。
今回の臨床研究は科研費の対象ではないが、そちらもプロジェクト単位なので単純に比較できないものの、10倍以上の差がある。
このような資金的な事情からも明らかなように、A医師は黒川教授の指示の下で、今回の臨床研究を進めていたことになる。
したがってA医師が独立してノバルティスと関与することはない、と断言してよい。ノバルティスから奨学寄附金を受けているのも黒川教授であってA医師ではないし、それどころか黒川教授はノバルティスのタシグナ適性使用委員会のメンバーとして活動している。
そもそも冒頭で述べたように、黒川教授はノバルティスが深く関与しているTCCの代表世話人なのだ、当初からノバルティスが今回の臨床研究に深く関与することを、認識していたと考えるのが当然である。

●トカゲの尻尾切りは誰のためにもならない
今回の臨床研究のように、研究を行ううえでトラブルが生じた時、実際に運営を行っていた立場の人間が、一番トラブルに触れている状況は往々にして生じる。
しかし上の指示の下で雑用を行っていたから、主犯格とされるのではあまりにも問題だ。
また、下の人間が腹を切って、上の人間を温存させ、場合によってはほとぼりが冷めた時に上の人間が他の場所で、下の人間を救済するというやり方では、研究自体の不正がなくならない。
医師や研究者として優秀な人間が、マスコミによって再起不能となることは社会的な損失である。したがって当然、問題を起こしたとしても、将来的には復帰できるべきである。
しかし、トカゲの尻尾切りのような今のやり方では不正な研究が作出される構造が残ってしまうし、若い研究者にとっても良い環境とはならないだろう。
あらゆる学術研究が現在抱えている構造的な問題とも言えるが、臨床研究は特に生命健康に直結するため改善への社会的要請が強くあるべきだ、また医療側も自己規律としてそのような不正が生じる環境を自ら正していくべきである。
東京大学では臨床研究に携わる場合、2年ごとの倫理セミナーの受講を義務化している。くしくも2013年2月19日に行われた倫理セミナーでは黒川教授が 病院臨床試験審査委員会委員長として「病院臨床試験審査委員会への申請と臨床研究支援センターの支援」と題した講習を行っている。
先立つ2012年4月に今回の臨床研究に関し、製作者の会社名が「Novartis」となっている「製薬会社を関わらせない」とした「実施計画書」を東京大学病院の倫理委員会に提出したばかりだ。
黒川教授がどんな内容の講習をしたのか大変興味深い。しかし、この一件は現段階ではこうしたセミナーがほとんど無意味であり、自己規律が働いているとは思えない状況を露呈してしまっている。
現状はあまりにも絶望的だ、だからこそ改善に向かっていかねばならない。黒川教授には「研究代表者」として積極的に、事態を明らかにする責任がある。

●おわりに
この問題については既にJBpressで記事を書かせて頂いているので、そちらも併せてご参照いただければと思う。

*「東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失 患者から見た医師と製薬会社に問われる法的責任」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39783
*「医療現場でいつの間にか踏み越えてしまう法律の一線 続:東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39799
*「ノバルティス白血病治療薬臨床研究関与事件 その本当の問題点:スタバのチケットを配ったことではない」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39839

【略歴】
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当

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