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Vol.64 診療室の窓から ~そーなんだ、歯科の臨床研修医編(3)~

医療ガバナンス学会 (2014年3月12日 06:00)


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医療法人SGH会すなまち北歯科クリニック
院長 橋村 威慶

2014年3月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


『薩摩の秘剣―野太刀自顕流』を読みました。著者の島津義秀氏の生きざまに感服。私も鹿児島にはご縁があります。大学時代を鹿児島で過ごしましたが、「自 顕流」とは全く無縁なのが悔やまれます。「地軸の底まで叩き斬れ!」ああ、一撃必殺の太刀で私のしがらみも地軸ごと真っ二つにしてもらいたい!みなさんも こんな気持ちわかるでしょう?
今回は自顕流のごとく、前回、ご紹介させて頂いたS先生とA歯科医院の院長からわかる歯科業界の事情を一刀両断にしてみましょう。
先日、研修期間中にトイレに閉じこもったハンガーストライキ事件の当事者S先生にインタビューしてみたところ、「覚えてない」の一言。それではと、少し気 遅れしましたが、A歯科医院の院長に聞いてみようとしたところ、A歯科医院は閉院しており、院長に聞くのも断念しました。
じゃあ、わからないじゃないか?大丈夫です。過去を呼び戻す男イタコ橋村が2人の忘却された過去の記憶に迫りましょう。いでよ過去、そりゃー!
「やっぱり、目上の先生に悪いと思いませんでしたか?」(イタコ橋村)
『そりゃ、俺だってよ~、先輩の先生に楯突くなんて良くないと思ってるよ。俺たちって見学ばっかりでさ~、実際診療なんて先輩が手に回らない時の代打くら いしかなくて、それも勉強になるような治療なんて全くさせてもらえないじゃん。せっかくやる気だしてるのによー、これじゃ蛇の生殺しみたいなもんだよ。わ かる?』(過去のS先生)
「ええ、痛いほど」
当時研修医が一日に診る患者数は1~2名程度。それでも診れるのはまだましで、A歯科医院のように見学だけで終わるケースが多く、みんな患者を診たくて飢えていました。
『それによ~、俺たちってほとんど将来開業していく道しかないんだろ?それでよ~、目の前で将来自分がやらなきゃいけない事を見せつけられるとなんだか熱くなっちゃったんだよ』
「大学病院に来る患者さんと違って、まさに自分たちがやがてする治療がそこにあるわけですね」
『おお、そーなんだよ。お前よくわかっているな。俺はただ、早く一人前になりたいだけだったんだよな~』
「そうですか。S先生の気持ちはどの研修医も共感できるでしょう」
『まあ、俺はアルバイトに燃えているからな。先週俺はアルバイト先で15人も診たんだよ。研修て全然ダメじゃん。本当にアルバイト様々だよ』
たくさん患者を診れるアルバイトは垂涎の的。しかも収入が入り一石二鳥です。当時歯科研修医の話題はアルバイト先で~人診たというのが、自慢話としてあち こちで聞かれました。(ただし、アルバイトも平成18年度以降、歯科医師臨床研修医義務化により禁止となります。歯科医師の臨床経験は激減し、とどめを刺 されます)
「ところでS先生は横浜出身?」
『そうだけど、それが何?』
「いえ、何でもないです」
以上、じゃん、だろーのS先生のリポートでした。

平成22年の歯科医師の歯科診療所の従事者(開業医と開業医に勤める歯科医)は歯科医師総数の84.9%であり、病院の勤務者は全体の12.2%。生涯病 院勤務するものは3%台に留まります。S先生を含め、たいていの歯科医師は最終的なキャリアパスとして個人歯科医院を開業せざるを得ないのが現状なので す。
S先生は自分に素直な分、あのような事をしたのでしょう。また学びたい気持ちも全面に出ています。「鉄は熱いうちに打て!」の通り、卒直後の若くて、何でも吸収しやすい時期に学び取れないのは不憫でしかたありません。うう……かわいそうに……。
ただし、やっぱり目上の者には敬意を表すべきです。
その気概や良し。80点!

では次、A歯科医院院長。いでよ~(え、もういいって?)
「やっぱり、生意気ですよね?」
『それはそうなんだけどねー。こっちにも事情があってね』(院長)
「事情とはどんな?」
『いや、S君の言い分もわかるよ。だが、ここ数年どんどん患者が減ってきてね。研修医に治療させて変な噂がたつと困ってしまうからね』
「でも研修施設ですから、その辺は考えていらっしゃるのでしょう?」
『研修施設だからって、研修医はたかだか3か月しかいないからね。やっぱり見学中心になるよ。以前みたいに就職前提の研修ならこちらも力の入れようがあるけどね。研修が終わったらどこにいるかもわからない人たちにリスクは負えないなー』
「なるほど。でもS先生に立ってろと言ったのはいわゆるパワハラでは?」
『僕が若い時なんて、もっと酷かったよ。「朝までそこを動くな」とか。先輩の言うことは絶対だからね。ただ僕たちはどんな目に会おうとも、先輩みたいになりたいと憧れていたからね。僕たちの世代は先輩のいう通りにしていれば充分歯医者として食えていけたんだよ』

事件当時の歯科の来院患者数は1歯科医院当たり、18.4人。その9年前は23.8人ですから、およそ10年で22.7%減です(この傾向は2014年現在も変わりません)。
院長は、研修医に治療をやらせて、さらに患者数が減るのを危惧したのでしょう。歯科医院には経営がつきものです。マネジメントとしては当然の選択肢になります。
そして、S先生がトイレで引きこもったのを無視したこと。実はこれが重要なポイントなのです。
もし、院長が若い頃なら、たぶんS先生はトイレから引きずり出され、ぶん殴られていたと思います。それをしなかったのは時代の流れもあるでしょうが、何よ りも院長自身が昔のように『先輩の言うことをきちんと聞いていれば大丈夫』と研修医に対して言えない不安があるからです。歯科業界の不透明感がS君をトイ レにはびこるのを黙認させたのでしょう。これは古き良き歯科医を育てるマイスター制の崩壊なのです。
ですが、業界の厳しさを実感しながらも、後輩思いなのは◎。
今後に期待して85点!(続く)

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