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Vol.86 医療事故調―「管理者」が「予期」しなかった死亡

医療ガバナンス学会 (2014年4月4日 06:00)


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この原稿は月刊集中3月31日発売号を転載したものです

井上法律事務所 弁護士
井上 清成
2014年4月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. 閣議決定した医療法改正案
この2月12日に「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」案が閣議決定され、国会に提出された。5月下 旬から6月上旬には可決成立するものと見込まれている。医療事故調査制度に関する部分は、改正医療法第6条の10以下に定められた。中央第三者機関への報 告や院内調査開始の範囲である「医療事故」の定義をした中心の規定は、次のとおりの医療法第6条の10第1項である。
「病院、診療所又は助産所(以下この章において「病院等」という。)の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は 起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下この章において 同じ。)が発生した場合には、厚生労働省令で定めるところにより、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を第6条の 15第1項の医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。」

2. 「誤り」を削除して「予期」のみに着目
昔の第三次試案や大綱案では「医療事故」は、「誤り」(行った医療の内容に誤りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産)と、「予期」 (今回の改正医療法第6条の10第1項と同じ)の二本立てであった。現在、日本医療機能評価機構が行っている特定機能病院等の医療事故情報収集制度も、医 療法施行規則(厚生労働省令)第9条の23第1項第2号のイとロで、やはり「誤った」と「予期」が並列されている。
ところが、改正医療法では「誤り」「誤った」という項目が意図的に削除された。「過失」とか「過誤」はそれ自体として、報告や調査の範囲から外されたのである。「過失」や「過誤」があったとしても、「予期していた」死亡であれば、報告や調査は必要ない。
つまり、「医療事故」と「医療過誤」とを切り離したのである。「予期」を中心とした医療安全対策に徹した枠組みと評価できよう。

3. 現実の「予期」-現実説
予期の有無は、現実のものとして捉えるべきである。予期しえたかどうかは関係ない。現実に予期したかしなかったかだけが問題となる。通常一般の医師ならば予期したかどうかというのも関係ない。当該医師が実際に予期したかしなかったかだけが問題となる。
昔の第三次試案や大綱案で言われた「医学的に合理的な説明ができるかどうか」も、今回の改正医療法では関係なくなった。念のため付け加えると、予期の対象は「死亡」であって「死亡原因」ではない。
もちろん、予期の主体に「患者」や「遺族」もなりえないのである。医療安全対策に徹したキーワードが「予期」なのだから、「患者」や「遺族」は関係ない。 たとえば、当該医療機関が「予期した死亡」と認定した場合は、遺族がいくら医療事故調査・支援センターに調査の依頼をしても受け付けられないという点にも 表われている。

4. 予期の主体は「管理者」
注意しなければならないのは、「予期しなかった」主体が、規定上は、「勤務する医療従事者」ではなくて、「管理者」となっていることであろう。規定の仕方 は、「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」となっているのである。つまり、予期の有無を決める者は「管理者」と言ってよい。
「管理者」と「勤務医」、「予期していた」と「予期しなかった」の組み合わせは、合計四通りある。現実の認識として、管理者も勤務医も「予期していた」と すれば報告も調査も必要ない。逆に、管理者も勤務医も「予期しなかった」とすれば、報告や調査が必要となることに異論は無かろう。
問題は、「管理者」と「勤務医」の認識がずれた場合である。ただ、「勤務医」が新人で未熟で「予期しなかった」としても、ベテランの「管理者」がそんな程 度は「予期していた」という場合は、条文の言葉通りなので、報告も調査も必要なかろう。つまり、「勤務医」が「予期しなかった」としても、「管理者」から すれば「予期していた」時は、やはり問題ない。
しかしながら逆に、「勤務医」が「予期していた」にもかかわらず、「管理者」が「予期していなかった」として覆した場合はどうであろうか。そのような場合 は、あたかも「第2の福島県立大野病院事件」になりかねない。深刻な利害対立が生じかねないところであろう。実際の運用においても、管理者がよくよく注意 すべき場面と言わざるをえない。
ただ、法解釈として考えれば、一般に管理者は医師一人一人や看護師一人一人の患者一人一人に対するすべての症例を個別具体的に直接現実的に把握しているわ けではないであろう。だからこそ文字通り、管理する者なのである。そうすると、たとえば「勤務医」が「予期していた」場合は、「管理者」も「予期してい た」と解釈して構わなかろう。

5. 現場を守りつつ安全対策を
医療事故安全対策の中心は、中央第三者機関たる医療事故調査・支援センターではない。今回の医療法改正の趣旨は、医療安全と共に、院内調査中心主義である。つまり、医療現場への配慮が欠かせない。
管理者は、遺族からの徒らな責任追及を防ぐと共に、中央第三者機関からの過度な介入も防ぐ必要がある。こうして当該医療機関の現場を守らねばならない。その一つが、徒らに報告や調査の範囲を広げないようにする「管理者が予期しなかった死亡」の運用への留意であろう。
このようにして現場を守りつつ、医療安全の対策を講じるべきである。医療安全は決して無防備に進めてはならない。この前提の上で、事故調査至上主義となら ずに、院内でのバランスのとれた着実な医療安全管理を進めていくべきである。こうした観点からしても、院内事故調査委員会は医療安全管理委員会の傘下に組 織して位置付けることが適切であろう。

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