医療ガバナンス学会 (2014年5月26日 06:00)
この原稿はロバスト・ヘルスより転載です。
http://robust-health.jp/article/cat29/mohnishi/000469.php
内科医師
大西 睦子
2014年5月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
Sinha R, Kulldorff M, Gunter MJ, Strickland P, Rothman N.
Dietary benzo[a]pyrene intake and risk of colorectal adenoma.
Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2005 Aug;14(8):2030-4. (参考文献1)
理由のひとつとして、多環芳香族炭化水素(PAH)※1という化学物質が考えられています。PAHは、私達が普段食べているような食品の多くに含まれてい ますが、特に、脂肪の多い肉を燻製や炙り焼きなど長時間高熱調理したものに多く含まれています。つまり私達のPAHの一日摂取量は、肉の燻製や炙り焼きの 摂取大きな影響を受けています。
ポルトガルのポルト大学のフェレイラ博士らが、その問題を回避する方法を『Journal of Agricultural and Food Chemistr』に報告しましたので、是非、皆さんと共有させて下さい。
結論から言ってしまえば、その方法とは、肉を焼く前の下準備で、何とビールに漬けてマリネ※2にするのです。
そもそも、どうしてPAHが炙り焼きの肉に蓄積してしまうのでしょうか? 理由として3つ考えられています。
1)不完全燃焼によって発生する煙による、食品表面の汚染、
2)食品の表面での、脂肪やタンパク質、炭水化物など有機物の直接的な熱分解、
3)熱い火で加熱されてしたたり落ちた脂肪と残り火の接触
です。言い換えれば、炙り焼き肉のPAH濃度に影響を与える主な要因は実質的に、熱源との近さ、食品中の脂肪の量、調理時間となります。
なおEU食品科学委員会によると、食品中のPAH発生およびPAHの発がん作用に最も適した指標は、8種類のPAH(PAH8)の合計です。
ところで肉のマリネは、肉に風味をつけたり柔らかくしたりする、世界中で人気の調理法です。のみならず、有害となりうる化合物の形成を減らします。これま でに、ビール、赤ワイン、白ワイン、紅茶で調理された肉が、加熱調理で生じる発がん性のある複素環式芳香族アミン(ヘテロサイクリックアミン;HCA)※ 3のレベルを下げることは報告されていますが、PAHに与える影響は調査されていませんでした。
そこで研究者らは、1)ピルスナービール、2)ノンアルコールピルスナービール、3)黒ビールに漬けて下ごしらえした炙り焼きの豚肉と、比較対照のため ビール不使用でただ炙り焼きした肉について、8種類のPAHの形成を調べました。また、マリネする前と後で、ビールによる抗酸化能の影響も評価しました。
●使用したビール
1)ピルスナービール:
水、大麦麦芽※4、麦芽以外の穀物(トウモロコシや大麦)、ホップ※5を原料とし、5.2%のアルコールを含有。日本で一般的な淡黄金色のビール。
2)ノンアルコールピルスナービール:
水、大麦麦芽、麦芽以外の穀類(トウモロコシ)、ブドウ糖果糖シロップ、香料、およびホップがを原料とし、0.5%のアルコールを含有。
3)黒ビール:
水、大麦麦芽、砂糖、カラメル色素※6(E150C、アンモニアカラメル)、ホップを原料とし、5.0%のアルコールを含有。
●肉のサンプルとマリネ
研究者らは、豚肉のロイン(腰部分)ステーキを、地元のスーパーマーケットで入手しました。ステーキは厚さ0.75cmで重量100g、合計32枚を PAH測定のために使用しました。マリネの時間は、5℃で4時間、肉とマリネの量の割合は1:1(g/ml)です。ビール以外の材料は、追加されていませ ん。炙り焼き調理する前に、豚肉はマリネから取り出し、やや乾燥させました。4時間というマリネの時間は、以下の研究報告(HCAを減らすためにビールに 漬けて下準備した牛焼肉に関する研究)2例が参考にされました。
Melo A, Viegas O, Petisca C, Pinho O, Ferreira IM.
Effect of beer/red wine marinades on the formation of heterocyclic aromatic amines in pan-fried beef.
J Agric Food Chem. 2008 Nov 26;56(22):10625-32.
doi: 10.1021/jf801837s. (参考文献2)
Viegas O, Amaro LF, Ferreira IM, Pinho O.
Inhibitory effect of antioxidant-rich marinades on the formation of heterocyclic aromatic amines in pan-fried beef.
J Agric Food Chem. 2012 Jun 20;60(24):6235-40.
doi: 10.1021/jf302227b. (参考文献3)
●調理条件
木炭を用意し、庭用グリル(幅34cm、長さ52cm、高さ15cm)に点火し、すべての炎が収まったときに、豚肉サンプルを熱源から15cmの距離で炭 火焼しました。グリル温度は200〜230℃、内部温度は最低限75°Cです。豚肉は、グリル中に一度裏返し、加熱時間は合計10分です。木炭は、肉の種 類ごとに交換しました。調理後、豚肉サンプルは暗号化され、凍結乾燥させました。そして、DPPHラジカル消去活性試験※7を行ってサンプルの抗酸化能※ 8を測定、PAHの分析が行われました。
●結果
抗酸化能分析の結果、黒ビールが68.0%と最も強く、続いてノンアルコールピルスナービール36.5%、ピルスナービール29.5%(ピルスナービール とノンアルコールピルスナービールには有意差なし)でした。研究者らは過去の報告を踏まえて、発酵の種類、食用色素、甘味料、香味料や他の添加剤が、これ らのビールの抗酸化作用の違いに関与している可能性を示唆していますが、今回の論文ではそのメカニズムまでは調べられていません。
●ビールマリネとPAHの形成
比較対照群とビールに漬けた肉には、8種類のPAH(PAH8)が含まれていました。分析の結果、黒ビールが53%と最も高いPAH阻害効果を示し、続い てノンアルコールピルスナービール25%、ピルスナービール13%でした。統計的に有意ではないものの、PAH8上のビールでマリネすることによるPAH 阻害効果は、DPPHラジカル消去活性に伴って増加しました。黒ビールの抗酸化化合物が、肉の表面に生じる酸化物質に対し相互作用を及ぼし、PAHの形成 を抑制する可能性があります。
また先には、タマネギを加えた豚肉の炒め物(肉100gに対してタマネギ30g)、ニンニクを加えた豚肉の炒め物(肉100gに対してニンニク15g) で、PAH含有量の合計(PAH8のうち6)が、タマネギのほうは平均60%、ニンニクのほうは平均54%、減少したことも報告されています。
Beata Janoszka
HPLC-fluorescence analysis of polycyclic aromatic hydrocarbons (PAHs) in pork meat and its gravy fried without additives and in the presence of onion and garlic.
Food Chemistry. Vol126, Issue3, 1 June 2011, Pages 1344-1353. (参考文献4)
マリネは、風味がよくなるだけではなく、有害物質も減らすことができます。これからバーベーキューなど企画されている方は是非、火を通す前に黒ビールを使って、肉をマリネしてみてください!またその際にはタマネギやニンニクを一緒に漬け込んだり調理してみてくださいね。
また、黒ビールの抗酸化作用のメカニズムに関しては、今後さらに研究が進められると思いますが、ビールを選ぶときには、なるべく添加物の少ない、シンプルな材料のものを選んで下さいね!
※1. 共通の特徴を持った炭化水素の総称で、100以上の化学物質がある。油や石炭、タールの沈殿物、化石燃料やバイオマス燃料の燃焼の副生成物、焼肉など加熱 処理した食物で見られ、一部は発がん物質や変異原、催奇形物質であることが確認されている。環境中では主に土壌中の堆積物と油性物質に見られるが、浮遊粒 子状物質としても懸念されており、最も広範囲に渡る有機汚染物質の一つである。
※2. 肉や魚、野菜等を、酢やレモン汁などからなる漬け汁に浸す調理法、またその料理。素材に風味をつけたり、柔らかくしたりする目的の下ごしらえであるが、漬 け汁につけた状態のままでも食される。一般に南欧の調理法として知られているが、実際には世界中で広く散見される。風味を良くするために、油や香草・香辛 料を加えることが多い。漬ける時間は比較的短く、多くは発酵を伴わない。
※3. 特定の構造を持つ化学物質の総称で、それらの一部で発がん性が確認されている。発がん性のあるHCAは、主に食品中のアミノ酸とクレアチンが高温環境下で 反応することで生成され、特に魚や肉類の焦げや煙の中に多く含まれる。日本で最初に同定され、現在20種類ほどが報告されており、国際がん研究機関 (IARC)や米国国家毒性プログラム(NTP)で発がん性が認められている。
※4. 大麦を水に浸して発芽させたもの。ビール、ウイスキー、水あめの原料となる。大麦は栄養分をデンプンとして貯蔵していて、発芽の時期には酵素が活性化され てデンプンを麦芽糖に変えるが、このデンプンの糖化という化学反応を利用することで、古くから酒や酢などの醸造に用いられてきた。発芽途中の麦芽を乾燥し て発芽を止め、その後の加工によって様々な種類の麦芽が作られている。
※5. アサ科の宿根性多年生植物で、雄株と雌株があるがビールに使われるのは球花と呼ばれる雌株の花のみ。ホップの成分は、ビールの苦味と爽快な香りを生み、 ビールの泡持ちを良くする。また、過剰なタンパク質を沈殿させ、ビールの濁りを取り除くほか、雑菌の繁殖を抑えてビールの腐敗を防ぐ作用もある。
※6. 砂糖やブドウ糖、デンプン加水分解物などを熱処理するか、酸やアルカリを加えて熱処理して製造される茶色の色素で、製造法によりカラメルI~IVの4種類 があり、コーラやビール風のアルコール飲料、その他一般食品の製造に使われる。、こうした種類によって変異原性や発がん性の報告にも違いがあり、一方、抗 酸化作用も報告がある。
※7. DPPHラジカルという人工的に作られたラジカル(フリーラジカル;不対電子を持つ原子・分子。電子が1つ足りずに不安定なため、他から電子を奪って安定 化しようとする)の消去能を分光光度計で測定し、試料の抗酸化力(※10)を評価する試験。DPPHラジカルは溶媒に溶かすと紫色をしており、この溶液に 抗酸化物質を含む試料の抽出液を加えるとDPPHラジカルが消去され色が薄くなるため、この色の吸光度(光が通り抜けた際に光の強度がどの程度弱まるか) を測定し、その濃度の薄まり具合を見て抗酸化力を判定するもの。
※8. 抗酸化力とも言う。生体の酸化ストレスあるいは食品の変質の原因となるフリーラジカルその他の活性酸素を捕捉し無害化する反応の強さ、程度。
≪参考文献≫
1) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16103456
2) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18950185
3) http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22642699
4) http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814610015153
【略歴】おおにし むつこ
内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。