医療ガバナンス学会 (2015年1月6日 15:00)
「地方の下役等が村の名主共を呼出して事を談ずるときは、其の傲慢、厭う可きが如くなれども、此の下役が長官に接する有様を見れば、亦慇笑(びんしょう)に堪へたり。名主が下役に逢うて無理に叱らる丶模様は気の毒なれども、村に帰りて小前の者を無理に叱る有様を見れば、亦悪(にく)む可し。甲は乙に圧せられ乙は丙に制せられ、強圧抑制の循環、窮極あることなし。亦奇観と云ふ可し。」
統治者と被統治者の関係だけでなく、人間のあらゆる関係で権力、権威、価値が一方に偏重している。長官と下役、下役と名主、名主と小前のもの、男女、親子、兄弟、師弟、貧富貴賤、新参故参、本家末家。これが個人の自立と批判精神を奪う。
権力の偏重は、自他の区別の欠如として表現される。相手の権利を軽視するから、自他の区別があいまいになり、他人の領域に平気で踏みこむ。自分の領域に踏み込まれても卑屈に受け入れてしまう。
丸山真男は、権力の偏重について「(金力、腕力、智力など)あらゆる領域の活動にあてはまり、それ以外の権力によって制限されないと腐敗と濫用の源になるというのが、福沢の根本の考え方です」と解説している。(「『文明論之概略』を読む 下」岩波新書)チェック・アンド・バランスがあらゆる領域に必要だということである。
近代憲法成立以後の西欧世界では、理性をもった個人によって社会が構成されると想定され、個人は合理的に行動することが期待される。すべての個人は同等の権利を有しており、万人に対し、同一の自由を保障するために各人の自由が制限される。権利の侵害を避けるためには、自他の境界、区別を明確にしなければならない。独立した法人同士も同様の関係にある。寄付講座や連携講座という自他の区別が希薄な制度を、力関係が一方に偏った二者関係の中で構築することは、福沢諭吉の思想のみならず、日本国憲法の思想の対極にある。日本の医学部は近代以前に留まっているように思える。
◆情報の開示と議論の深化を
全国で、医師の供給を大学だけに求めてきた病院が苦境に陥っているのは、医局員の数がニーズに対し相対的に減少したことに加えて、医局が医局外の医師の参入障壁になっているためである。浜通りの病院は、従来、大学の医局依存で医師を集めようとしてきたが、震災前より勤務医数は減少し続けている。大学に寄付をして医師を派遣してもらおうとしても、東日本全体が医師不足である(11)。埼玉県、茨城県、千葉県の医師不足は福島県の比ではない。新潟県、神奈川県、東海地方も危機的状況にある。
医師が余っているわけではないので、寄付講座で医師を獲得すると、他の病院から奪うことになる。寄付競争のため医師の合理的な人件費が破壊され、赤字が膨らむが、地域全体として医師が増えるわけではない。そもそも、医師が大学で暇にしていても、常勤医の定員を超えない限り、外部に医師を供給しない。
今必要なのは、情報が開示され、議論が深められることである。市民、外部の第三者が加わると、病院関係者が提示したくてもできなかった情報が、正当な手続きによって、開示せざるを得なくなるかもしれない。第三者の監視は、結果として、チェック・アンド・バランスの機能を果たす。寄付金額が適正かどうか議論され、適正でなければ抑制される。他からの医師の採用を大学が邪魔しづらくなる。行政の都合優先の経営方針を押し付けられることが少なくなる。さまざまな意見が根拠をもって示されると、病院の選択肢が増える。
現代の基幹病院は莫大な費用を要する。下手すると自治体の財政を破綻させかねない。自助努力の足りない自治体病院はいずれ存続できなくなる。自治体は倒産できないし、民事再生できない。財政再建団体になるとめったなことでは立ち直れない。
◆救命救急センターの負担軽減
喫緊の課題は、磐城共立病院の救命救急センターの負担を減らすことである。シンポジウムで筆者と共に基調講演をされた木村守和いわき医師会副会長は、医師会が本格的に一次救急を分担したいと述べられた。大きな寄与ではあるが、一次救急は外来のみであり、救命救急センターの負担軽減効果は必ずしも大きくない。本格的に軽減するには、入院治療が可能な二次救急が有効である。
実は、いわき市のある医療機関が本格的に二次救急を始めることを検討している。亀田グループは、二次救急の運営について、この医療機関から意見と協力を求められた。亀田グループが館山市で開設している安房地域医療センターは、北米型のERを運営している。2013年度、救急総数は23,912、救急車搬送は2,314、緊急入院は1,945だった。安房地域医療センターは、館山市から亀田総合病院の救命救急センターに押し寄せる救急患者の大きな防波堤になっている。
◆メディカル・スクール創設
従来の医学部は西日本に偏在しており、東日本は医師不足状態にある(11)。医師不足のため、東日本にとどまらず、西日本でも寄付講座が常態化し、寄付講座を通じて相当数の医師が病院に供給されている。医師不足が、全国の医学部の権力と、病院から大学への予算の移行を支えている。全国医学部長・病院長会議は医師養成機関の新設に強固に反対しているが、自分たちの既得権益を守るために、不特定多数の利益、すなわち、公益をないがしろにするものと断ぜざるをえない。
従来の医学部にはさまざまな問題が発生している。例えば、バルサルタン事件(12) をはじめ、医学研究で不祥事が相次いでおり、日本を代表する医学者たちが、日常的に不正を行っているのではないかと思われ始めた。
亀田総合病院は、4年制大学の卒業生を対象にしたメディカル・スクールの創設を提案している(13)。従来の医学部と競わせることで、チェック・アンド・バランスとして機能し、日本の医療を良い方向に転じられると考えている。
東日本の太平洋側は東日本の中でも、特に医師の少ない地域である。もし、メディカル・スクールが創設できれば、磐城共立病院を含めて、東日本の太平洋側の医療過疎地域の基幹病院に、教育病院として参加することを呼びかけたい。全国から教員として医師を招聘することで、卒業生が輩出される前から、地域の医療機関の強化が図れる。
稿を終えるにあたり、医療過疎地域での医師養成について、最大の発言権を有するのは、全国医学部長・病院長会議ではなく、市民だということを確認しておきたい。
文献
1)小松秀樹:寄付講座中毒 浜通りの医療の置かれた状況1/3 . MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.195, 2014年9月4日. http://medg.jp/mt/?p=2620
2)小松秀樹:寄付講座中毒 浜通りの医療の置かれた状況2/3 . MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.196, 2014年9月4日. http://medg.jp/mt/?p=2622
3)小松秀樹:寄付講座中毒 浜通りの医療の置かれた状況3/3 . MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.197, 2014年9月4日. http://medg.jp/mt/?p=2624
4)Masaharu TSUBOKURA, MD Shigeo HORIE, MD Hideki KOMATSU, MD Michio TOKIWA, MD Masahiro KAMI, MD: The impact of the Great Tohoku Earthquake on the dialysis practice in the disaster-stricken area. Hemodialysis Interntional 2011; 1-2, 2011.
5)小松俊平:老健疎開作戦(第1報). MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.76, 2011年3月21日. http://medg.jp/mt/?p=1279
6)小松秀樹:後方搬送は負け戦の撤退作戦に似ている:混乱するのが当たり前.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.89, 2011年3月26日.
http://medg.jp/mt/?p=1292
7)小松秀樹:知的障害者施設の鴨川への受入れと今後の課題.MRIC by 医療ガバナンス学会 メールマガジン;Vol.124, 2011年4月14日.
http://medg.jp/mt/?p=1327
8) 小松秀樹:南相馬市『攻めの医師募集』プロジェクトの提案(1). m3.com. 医療維新, 2012年1月16日.
http://www.m3.com/iryoIshin/article/146660/?pageFrom=m3.com
9)小松秀樹:南相馬市『攻めの医師募集』プロジェクトの提案(2). m3.com 医療維新 2012年1月18日.
http://goo.gl/ZrWMZi
10)小松秀樹:東北メディカル・メガバンク構想の倫理的欠陥. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン;Vol.268, 2011年9月13日.
http://medg.jp/mt/?p=1470
11)小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
12)上昌広:論文捏造はあったのか?バルサルタン事件を考える. Yahooニュース, 2013年6月2日.
13)小松秀樹:メディカル・スクール創設の提案. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.184, 2014年8月21日. http://medg.jp/mt/?p=2567