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Vol.031 マクロでの医療安全の総和 学習目的の事故調で医療安全の総和増大を

医療ガバナンス学会 (2015年2月17日 06:00)


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この原稿は『MMJ』2月15日号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年02月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.認知的予期に即した事故調
10月1日から新たな医療事故調査制度が開始される。今回の医療事故調は、今までイメージされて来た「規範的予期類型」的なものとは異なり、多少なりとも医療システムに即した「認知的予期類型」的なものとなった。
この点は、2月21日(土)午後1時に東京国際フォーラムで開催されるセミナー(基幹病院の医療安全に求められていること~2015年10月施行・新医療事故調査制度に備える)で、小松秀樹亀田総合病院副院長が解説するらしい。同医師は、認知的予期と規範的予期につき、既に講演要旨で次のように述べている。「社会はさまざまな部分社会システムによって構成されている。それぞれの部分社会の作動は、それぞれの部分社会に共通する予期に従う。規範的予期では、違背に対し、内的確信・制裁手段・合意によって規範を堅持しようとする。認知的予期では、違背を受けた状況において、予期変更の方向を十分かつ明確に決められるという予期を自己の支えとする。法システムは前者、医学・医療システムは後者に属する。日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業は、同じ機構の産科医療補償制度が規範に偏っているのに対し、事実の観察に主眼が置かれている。」
実際上、ここで最も肝腎なことは、「医療事故の医学的観点からの事実経過の記載」(「院内事故調査委員会」についての論点と考え方、『医学のあゆみ』,230:313-20,2009、より)であろう。これは往々にして「死因究明」「原因究明」などの名の下で行われ勝ちな「原因を確定すること」ではない。ところが、現実には、「事実経過」をきちんと調査することも、それをきちんと「記載」することもできていないことも多く、軽々に先入観に導かれて安易に「原因確定」をしてしまい勝ちである。
これこそが認知的予期に即した事故調において最も留意すべき点であり、今回の事故調の運用においてその成否を決める鍵であろう。

2.全国の医療安全水準のトータル
ひと口に医療安全の向上と言っても、全国の各地域の各種の医療機関の現行の医療安全の水準は区々であるから、個別の医療事故に一律の規範とか標準値を設定してそれを当てはめようとしても必ずしも効果的でないし、何よりも現実的でない。そして、ミクロレベルはともかくとしても、規範・標準値による規制という手法は、マクロレベルでの医療安全水準の全国での総和(トータル)という考え方と必ずしもフィットせず、国民・患者全体の利益に結び付きにくいと思う。また、規範や標準値による規制は、医療過誤の責任追及と同様の思考様式に陥りやすく、そのため、責任追及との切り分けも実現できない。
比喩的に、医療安全水準の低い医療機関と医療安全水準の高い医療機関の全国各地域における混在という実態を仮想したとすると、「高い所は高いなりに、低い所は低いなりに、」区々ではあるが、実情に即しつつ、皆が多少なりとも医療安全水準を向上させるのが良いと思う。すべての医療機関が医療現場を壊さないように維持しつつ、区々に向上させていくことこそが、全国のマクロレベルでの医療安全水準の総和を増大させることにつながり、国民・患者全体の真の利益につながるのである。
幸いなことに今回の改正医療法に基づく新たな医療事故調査制度は、全国の医療安全水準のトータルを増大させるべく、現在、技術的な詰めが進んでいるところであると評価しえよう。

3.学習を目的とした事故調
既に厚生労働省は、そのホームページにおいて、「今般の我が国の医療事故調査制度は、WHOドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』にあたります。したがって、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。」と明言している。
制度目的は「原因究明」などではなく、もっぱら「医療の安全の確保」であるとした。いわば医療の内(または、一環、延長上)の制度としたのであり、決して責任追及や紛争解決といった医療の外のものではない。こうやって、全国の医療安全水準の総和を増大させるべく試みようというのであろう。
たとえば、医療事故の定義については、「予期しなかった死亡」という法的概念を通じて、医療機関の「予期能力の向上」を企図している。「過誤の有無は問わない」(厚労省とりまとめ資料より)として、過誤問題とは切り離し、場合によってはたとえ医療過誤があったとしても今回の制度対象たる医療事故とは扱わないこともあることを認めた。こうして、予期能力の向上や、さらにはインフォームドコンセントのさらなる推進に導こうとしているのである。
また、医療事故調査報告書の民事訴訟利用を禁ずる「証拠制限契約」についても、厚労省令やガイドラインでは何も定めないものの、逆に、民間契約としての普及を厚労省が規制するつもりもない。あくまでも、当該患者と当該医療機関の自由な意志に委ねたのである。これも「学習を目的としたシステム」の一つの現われであろう。
その他、これらに類する項目も少なくない。

4.医療過誤の思いからの脱却を
このような学習目的の事故調でマクロでの医療安全水準の総和を増大させようという今回の試みに対しては、必ずしも一部の事件記者的なマスメディア、一部の弁護士、一部の患者被害者らからは、まだ理解が得られていないようにも感じられる。しかし、今回の事故調をもって医療者の責任免除(免責)につなげるわけでもない。そこで、今回の事故調については、医療事故=医療過誤という思いから脱却して、広く国民・患者全体の利益につなげるべく理解と協力が得られることが望まれるところである。

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