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Vol.078 「医師としての自己変革 -清心事達-」第2回

医療ガバナンス学会 (2015年4月21日 15:00)


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この原稿はハフィントンポストからの転載です。

http://www.huffingtonpost.jp/tomohiko-sato/doctor_b_6963032.html

星槎大学大学院教育系研究科 教授
佐藤智彦

2015年4月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


前回は、医学部卒業後の臨床と研究について振り返ってきた。今回はメインテーマである転身のきっかけと今後の取り組みについてお話させていただく。

【貴重な臨床経験】
医師としての臨床経験を積んでスキルを維持すること、研究生活を継続すること、これらの両立のために大学院生時代より小規模病院の非常勤内科勤務をしていた。先輩医師の紹介で、週1回いわき市へ通勤し、内科入院病棟での診察・治療の他、特別養護老人施設の訪問活動を行っていた。都内の喧騒からは想像もつかないのどかな地で、地域医療の大切さ・大変さ、社会的入院の多さ、そして人材不足を実感するに至った。どんな治療するにもインフォームドコンセントが必要になるが、単に治療内容を説明するだけではなく、患者ご本人やご家族の状況を汲んで寄り添って話を進めていく必要性を強く感じたのがこのいわきでの経験の中で最も貴重であったと感じる。

2005年から8年間、東日本大震災をまたいでいわきでの勤務をしたが、地域の方々の温かみを感じることができた。その他にも、アルバイト医師として、様々な病院・診療所の内科外来、健康診断等を経験することになるわけだが、スタッフの慢性的な不足から標榜科の削除、病床数の削減、病棟の閉鎖などを目の当たりにした。大学病院ではおよそ考えられないような事態が地域では平気で起こることを知ったわけである。これらの経験から、先輩医師いわく、「実地臨床に優る経験はない」ことを肌で感じ取った。

大学院卒業後は、血液・腫瘍内科から同大学病院輸血部へ出向し、血液疾患の根治には欠かせない造血幹細胞移植に携わることになった。奇しくも、これまで幹細胞研究をメインに行っていたため、輸血部での臨床はとてもスムーズに行うことができた。血液内科の特徴でもある、臨床と研究の近さをあらためて実感することになったわけである。先輩医師の手ほどきを受けつつ、先に挙げた地域医療現場と好対照の高次医療に従事しては考えさせられる日々を送っていた。

【将来への期待と不安】
ここまでの経過を文章にすると、研究と臨床を両立した順調な生活のように感じられるかもしれない。しかし、研究を続けるためには成果が必要であり、成果なしでは全く評価されない現実も知ることになる。

かくいう私も、これまでの研究成果が世を揺るがすレベルのものでないことを自覚して、今後の進路について悩み始めたわけである。先輩医師の方々や、友人からも今後の進路を聞かれるたびにその悩みを打ち明けられず、大学に残って臨床と研究をするという答えに終始していた。その最中に舞い込んできたのが臨床研究不正問題であった。東京大学血液・腫瘍内科医局員として、社会の信頼を失い、世間を騒がせたことを厳粛に受け止め、日々の診療に従事するとともに、さらに今後の進路について悩む機会が増えていった。

また、海外学会での研究成果発表と、海外研究者たちとの交流から、留学しての海外生活への憧れが強くなったのも事実である。アメリカにいる共同研究者と話した際に強調されたのが、研究者としての独立の大切さと研究費獲得の大変さであった。独立とは、主任研究員(PI)として研究費を獲得して研究室を切り盛りし、独自の研究を推進することである。日本の医学部における教授、准教授、講師、助教、以下のヒエラルキーは特異に感じられるようで、彼らからは早くの独立を促されたことが私の印象に残っている。

【信頼する先輩からの紹介・出会いの大切さ】
転機は突然訪れるものであろうか、海外の共同研究者の伝手をたどって、本格的に留学先を模索していた矢先のことである。アメリカ在住の先輩医師から、都内で今の研究分野に関連する講演があるとの誘いがあり、会場を訪れた際に東京大学血液・腫瘍内科の先輩医師を紹介された。今までの研究・臨床経験について、そして今後の進路について話し、自分が社会の流れに対して疎いこと、これから生き残るために自ら変わらねばならない必要性を痛感した。ここから、医療に限らず多様な背景を持つ諸先輩方とお話する機会に恵まれ、もっと社会貢献できる仕事への欲求が高まった。そこから大学での研究・臨床生活からの転身を決意するに至った。

【今後にむけて】
私は、2015年4月から神奈川の病院で外来診療に従事するとともに、星槎大学大学院教育系研究科教授として新たな道を歩むことを決意した。星槎大学は通信教育を中心とした教員養成をメインにした学校法人であり、今回のポストは、その創設者である宮澤保夫先生をはじめとした先生方と相談の上で決定した。教員養成を主に行っている星槎グループでは、私は初の医師ということになる。この春から星槎大学での「看護教育研究コース」の開設の中心となって活動していくためである。医療業界の人材不足が叫ばれて久しいが、その中でも看護師不足は特に深刻である。それに対して各地で看護大学や看護学部が新設されている。

しかし、その看護学生に対する教員が不足しているのも現状である。実際の臨床現場において経験豊富な看護師が望まれているのと同様に、看護学生に対して実地に基づいた教育においてもそういった人材は強く望まれている。ただし、大学卒に比較して専門学校卒が多い看護師の中で、学士や修士の資格取得へのハードルはとても高い。そこをクリアすべく、今回新規開設する「看護教育研究コース」では、通信教育を通じて幅広い教養を提供しながら、看護教育のできる人材育成(修士相当)を目指していく。臨床現場において、その中核として働いている経験豊富な看護師たちが通学のために休職するダメージは計り知れない。その点で、「働きながらでも勉強できる」通信制の大学院教育システムは大きなメリットを生む。

これからの私の取り組みは、以前にいわき市で垣間見た、看護師不足と臨床現場へ与えるダメージへの具体的な対応策でもあり、不思議な縁故を感じる。さらには、東京大学血液・腫瘍内科における大学院生(修士および博士)指導の経験を生かすこともできる。新しいことへの挑戦は勇気とやる気が必要であるが、少しでも医療分野の人材不足が解消し、社会貢献できることを願って全力で取り組んでいく所存である。それが「立派な研究者」への道につながると切に願っている。

今回の異動に伴いご賛同、ご協力いただいた諸先生方に感謝申し上げたい。また、この取り組みへの挑戦を後押ししてくれた妻へ感謝したい。ぜひこれから皆様のご指導とご支援を賜れば幸いである。
佐藤 智彦
内科医師、医学博士、総合内科専門医。1977年青森県生まれ。東京大学医学部卒業、2003年東京大学医学部附属病院内科研修医、2004年東京厚生年金病院内科研修医を経て同血液・腫瘍内科入局。造血幹細胞、白血病の基礎研究に従事し、2009年東京大学大学院医学系研究科修了。東京大学医学部附属病院輸血部医員を経て2014年1月より同院輸血部助教。2015年4月より星槎大学大学院教育系研究科教授。

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