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臨時 vol 89 「組織学的胃炎と内視鏡的(形態学的)胃炎について」

医療ガバナンス学会 (2008年7月7日 12:32)


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         国立国際医療センター 消化器科 小早川雅男


●炎症とは何か?
本来、「胃炎」とはどういった病態を表すものなのか。最も適切な病名というものは、その病態を最も適切に表現しているべきである。「胃炎」というからには、胃の炎症でなければならない。では炎症とは何であろうか。古代ローマのCelsusは、炎症とは、「発赤」、「腫脹」、「発熱」、「疼痛」を伴うものと定義している。この概念は現代医学にも通ずるものであり、例えば転倒による外傷が化膿してしまった場合を想像すれば納得するであろう。近代に入ると顕微鏡が発明されたことにより病理学が盛んとなり、炎症とは組織内への炎症細胞浸潤が主体であることが解明された。すなわち顕微鏡で観察し、本来は存在しないはずの炎症細胞が組織内にあれば、その臓器の名前を冠し、例えば、肺であれば肺炎、肝臓では肝炎といったように病名が定義される。同様に胃に対しても胃の組織内に本来そこに有るべきはずのない炎症細胞の浸潤があれば「胃炎」ということになる。自己免疫性疾患という例外もあるが、一般に炎症とは細菌、ウイルス、異物などが体内に侵入した場合、それを排除しようとする生体防御反応である。細菌であれば主に炎症細胞の一つである多核白血球が、ウイルスであればリンパ球がその役割を果たす。また、細菌感染でも急性の炎症が持続し慢性化してくるとリンパ球の浸潤が増加する。これらのことは、現在では病理学の一般常識と言ってよいであろう。
●組織学的胃炎の分類の変遷について
「胃炎」については、1936年にSchindlerが胃鏡による観察と切除した胃を顕微鏡で観察することによって急性胃炎と慢性胃炎(表層性胃炎、萎縮性胃炎、肥厚性胃炎)の組織学的な分類を提唱しており、これが胃炎の分類の基本とされている。この時代において胃炎の原因は全くの不明であったが、既に「組織学的胃炎」という病態があることが分かっていた。慢性胃炎では、急性期の活動性を示す多核白血球と慢性炎症であるリンパ球の浸潤が同時に起こっており、その原因については長い間不明とされてきた。しかし、1980年代になりWarrenとMarshallが胃の中にピロリ菌が生息しているのを発見し、現在では多核白血球の浸潤のある慢性活動性胃炎のほとんどがピロリ菌の持続感染による感染性の胃炎であることが判明している。ピロリ菌の発見以後は、慢性胃炎をピロリ菌感染に主眼をおいて分類していこうと、世界消化器病学会でシドニー分類が提唱され、現在ではその改訂版が全世界で使用されている。
●内視鏡的(形態学的)胃炎について
我が国では内視鏡検査が盛んだが、「組織学的胃炎」を内視鏡での外観(形態)で判断しようとした場合、様々な問題がある。胃は胃酸を分泌していることから、胃粘膜は常に酸による化学的な刺激を受けている。また、食物によって擦れたりするなどの物理的な刺激も受けている。このようなことから、ピロリ菌の感染による慢性胃炎がなく無症状の人にも、胃粘膜に「ビラン」と呼ばれる粘膜傷害や、「ヘマチン」という粘膜出血などがしばしば観察される。現在でも多くの医師が「ビラン」や「ヘマチン」があっただけで組織学的な対比を行うことなく、「内視鏡で胃炎が確認された」「あなたは胃炎があります」と診断している。しかし、「ビラン」や「ヘマチン」は決して組織学的な胃炎に特徴的なものではなく、症状にも関連性はほとんどない。内視鏡での形態で判断した胃炎は、「内視鏡的胃炎」もしくは「形態学的胃炎」と呼ばれるが、これが「組織学的胃炎」と必ずしも一致していないという問題点がある。
しかしながら、ピロリ菌感染による「組織学的胃炎」の有無や、程度、範囲などについてある程度推測することも可能である。「組織学的胃炎」があれば、炎症の一般的な形態的特徴である「発赤」、「腫脹」が胃粘膜にも出現する。また、炎症の結果に生じた「胃粘膜の萎縮」(胃の老化現象)も観察することが出来きる。このような組織学的胃炎に特徴的な胃粘膜の形態の変化を注意深く観察すれば、「組織学的胃炎」をある程度正確に診断することもできる。
●まとめ
胃炎は「組織学的胃炎」を基に病態的に定義されるべきだが、現時点において、「組織学的胃炎」と「内視鏡的胃炎」とは必ずしも一致する概念ではない。しかし、内視鏡的に組織学的胃炎を推測することはある程度可能であり、今後、内視鏡の発達している我が国が中心となって、ピロリ菌感染による組織学的な胃炎を考慮した内視鏡検査での記載、分類方法を確立して普及していかなければならないと考える。

 
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