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臨時 vol 66 「横浜から」

医療ガバナンス学会 (2009年3月26日 10:03)


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横浜市大学附属病院神経内科
鈴木ゆめ


横浜では労働基準法の遵守と、安全管理の徹底が行われています。特に研修医に対
しては前者が重視されています。どの病院でも当然のことではありましょう。これに
異論を唱えるわけではありません。大切なことではありますし、世の中にはわずかで
あれ無茶な医療をしているところもあるのかも知れません。横浜では不幸なことがあっ
たため、徹底した管理を導入しています。 具体的には外科研修直後に亡くなった研
修医が労災と考えられ、研修医が労働者と認められたことから、労働時間を遵守する
ように、研修ノートに勤務時間を書くこと、5時になったら帰るように上の医者が必
ず毎日口に出して言うこと、など、細かいことまでが実際に励行されるようになりま
した。労働基準法の遵守がないと、研修指定を取り消されるとのことで、みんな本当
に一生懸命でした。腑に落ちないまま、研修指定が取り消されてはたいへんと私もそ
の旨教室員に伝えましたが、本当に問題なのは数字に残る労働時間や時間帯、当直数
ではなく、働く人の人としての疲労に気づかなかったことなのではないかと思いまし
た。ただ、時間数にも時間帯にも関わりなく働き続けることもある外科のスタッフを
責める気持ちも湧きませんでした。ではスタッフにも労働者としての保護を与えるな
ら、だれがそのひずみを負うことになるでしょうか。私たちの職場では必要な労働時
間をそれを行う労働者の数で割ると、労基法どころか、自然界の物理的制約すら越え
てしまうのですから。遵法を徹底し、スタッフが時間になったら誘い合わせて帰宅し
たなら、必要な治療を必要な時間に受けられず、不幸な転帰を取る患者さんがでてし
まいます。もし簡単にスタッフもまた労基法を守れというなら、それをおっしゃる人
が結果に責任を持たなければなりません。それはそれ、これはこれとbureaucraticに
事を進めてきた今、ひずみが確実に大きく育っています。

一方、安全管理面からは、研修医が処置や処方指示一つ一人では出せない仕組みが
徹底されました。処置のうち研修医が一人きりでできることは採血程度。指示すら上
級医の承認を常に必要とし、これを今年から完全導入した電子カルテで実行するには、
病棟に於いても相当の労力を必要とされます。たとえば薬の指示は処方のみならず、
変更も上級医のチェックを受けた旨の入力がいちいち必要になります。なければ病棟
が受けられない仕組みです。もちろん、上級医の指導は必要なのが研修ですが、重症
患者の管理に於いて、時々刻々変わる病状に合わせた治療の変更が口頭指示による研
修医の入力では、患者さんまで届かないのです。上級医がその入力された指示を確か
に認めたという入力が必要です。さらには変更のあったことを告げる電話、あるいは
直接のこえかけも病棟ナースに対して必要になります。入力に気づかれないことも十
分あるからです。ナースも医者も一生懸命完全電子カルテに取り組んでいます。個人
的には電子化は検査オーダーやデータ取得には大変便利ですが、カルテ記載に関して
は万年筆で直接書く方が好きです。

さて、卒業試験が毎年おこなわれていますが、少し前にはこれもなくなるような噂
を聞きました。進級判定は学生にとって重要なことですが、それをCBT,OSCEに代えよ
うとのことでしょうか。大学固有の試験は無用とおっしゃる方がおられたようです。
3月13日「医学教育、臨床研修制度の現場から」で申し上げましたように、これも思
い返してみれば大学の主任教授の力を削ぐという徹底した方針に外れていません。し
かし、どこの大学に卒業論文も、卒業試験もないままその大学から学士号を出すでしょ
う。画一した教育を行い、同じ試験を課せば、できあがりは同じと考えるのでしょう
が、南北に長い日本、歴史もそれなりにあり、大学の個性を無視しては、いかに専門
職の養成所たる医学部とはいえ、目指す受験生もとまどうことでしょう。

医者の人事配置を国家統制するに関しては、大きな危惧を感じざるを得ません。単
に研修医の数の上限をもうけるということですが、それは配置統制の始まりです。今
日日の子ども達がそんな統制に甘んじるとは思えません。私はもう一つ全く別なとこ
ろで恐れを抱きます。たとえば、じっくり型の医者が息つく間もない救急病院に配置
されたり、せっかちな医者が慢性期病院に配置されたりというようなことが起こりか
ねなず、またたとえば余り希望者のいない病院にどうしても人を配置する場合、その
責任者は背に腹を代えられず、私たちに有形無形のプレッシャーをかけてくることで
しょう。やだなあ。

安全管理も労働者保護も大切なことです。しかし大切なのは決まり自体ではなく、
決まりが保護しようとしている「人」です。その本質であり、いわばその決まりの魂
です。魂の抜けた決まりが一人歩きし、遵法のために私たちは疲弊します。

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