医療ガバナンス学会 (2015年6月30日 06:00)
MMJ 6月15日発売号からの転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2015年6月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.RCA分析によるグレードアップ
いわゆる西澤研究班報告書(平成26年度厚労科研費事業「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究」研究代表者全日本病院協会会長西澤寛俊・平成27年3月)がまとめられた。多少過去の思いに引きずられている部分もあるが、有益な研究報告と言ってよい。たとえば、その205頁には事務局資料として「再発防止策の立案方法について」が添付された。「2.原因分析の手法」(206頁)には、各所の医療安全管理者養成講習会において導入・推奨されているRCA(Root Cause Analysis、根本原因分析)が要領よく紹介されている。
「RCAは診療における疾患の診断、診療計画策定、結果の評価、標準化の一連の思考経路と類似しており、時系列に沿って網羅的・具体的に行為ごとになぜなぜと掘り下げて分析し、原因を究明することができる。」
「ヒューマンエラーは必ずしも根本原因ではなく、そのほかの原因に起因した結果であり、ヒューマンエラーには複数の背後要因があるので、諸要因との関連性をよく検討しないと根本原因に至らないことに注意が必要である。」
RCAは、「網羅的・具体的に行為ごとに」着眼して掘り下げるので、それらが中途半端だと逆に「責任追及」「説明責任」などに直結してしまう。背後要因をよく検討して「根本原因に至」ることこそが重要である。そうすれば医療安全のグレードアップとなり、上手に取りまとめれば、「責任追及」「説明責任」「紛争」「納得」とも切り分けられたものとなろう。
3.調査結果報告の非識別化
厳格に切り分けて医療安全のグレードアップを図ろうとする厚生労働省令(特に、医療法施行規則第1条の10の4第2項)が5月8日に制定された。具体的には、院内での事故調査結果の報告書は「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別も含む。)ができないように加工した報告書」でなければならないと明示されたのである。
端的に言えば、「他の情報」すなわち診療録や遺族の見聞きした診療状況と照合したとしても、医療従事者等が識別できないような報告書でなければならない。氏名を消すだけの黒塗りでは、せいぜいよくて「非特定」と言えるに過ぎず、「非識別」には到底足りないのである。「識別」とは、ある情報が誰の情報であるかわかるかは別にして、ある人の情報と別の人の情報とを区別できてしまうことを言う。つまり、非識別非特定情報に限定されたのである。報告書には、識別特定情報はもちろんのこと、識別非特定情報も記述してはならない。
この省令の定めは、個人情報保護法などと比べても厳格度が高いレベルにある。これはまさに、WHOドラフトガイドラインに言う「秘匿性」を法的に正しく表現したものにほかならない。よく実務的に言われるような「用途と利用者の面からの適切な匿名化」などという程度では、省令違反になってしまうのである。コンプライアンス違反を犯すことになってしまう。
4.非識別化されたRCA分析
RCAは、分析の最初は「網羅的・具体的に行為ごとに」行うのであるから、識別特定情報または識別非特定情報からスタートする。しかし、「諸要因との関連性をよく検討」して「根本原因に至」ったのであれば、おおむね省令に則った「非識別非特定情報」になったと評しうることが多いであろう。言い換えれば、「非識別化」への試みを通じて「根本原因」に至る可能性もあるのである。
こうなれば、非識別化によって原因分析が進歩した、非識別化によって医療安全活動のレベルがグレードアップした、と評せるようになるであろう。
なお、5月8日に発出された医政局長通知(医政発0508第1号)には、「原因を明らかにするための調査の結果」につき、「必ずしも原因が明らかになるとは限らないことに留意すること。」と注意書きが付された。これはRCAに即して言えば、「根本原因に至らない」時には「非識別化」ができないのだから、そのような中途半端な分析に終わった場合は報告書に記載してはならない、ということになる。
5.非識別化された遺族への説明
同じことが遺族への調査結果の説明についても、厚生労働省令(医療法施行規則第1条の10の4第3項)で、「当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないようにしたものに限る。」とし、厳格な限定が明示された。遺族への説明の仕方についても、各医療機関は、非識別非特定情報のみによらなければならない。一見すると、難しいことを強いているようにも感じるが、説明の仕方の進歩が延いては医療安全活動の真のグレードアップにつながることを見通した省令として、高く評価しえよう。
なお、付け加えれば、この遺族への説明は、もともと説明責任や納得のための説明ではない。専ら将来の医療安全のための検討資料として患者情報を同意なくして利用したので、その限りでの説明なのである。
http://expres.umin.jp/mric/mric_20150630.pdf