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Vol.161 南相馬市において,蜂刺症が増加している?

医療ガバナンス学会 (2015年8月15日 06:00)


南相馬市立総合病院
尾崎 章彦

2015年8月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は,南相馬市立総合病院に勤務する外科医である。当院では,伝統的に,外科が蜂刺症を担当してきた。蜂刺症とは,いわゆる「蜂刺され」であり,アナフィラキシーショックを起こした場合,死に至ることもある。当院では,夏から秋にかけて平均して年間30例前後の症例が受診している。それが,2014年には受診数が約60例と約2倍に増加し,2015年も7月末時点で,既に30例が受診している。おそらく,今年度も,2014年と同程度の受診者になるだろう。この2年間,周囲に,診療を中止した病院はなく,また,大きな人口の変動はない。では,なぜ突然これほど受診者が増加したのだろうか。その原因を明らかにするために,まず,当院における蜂刺症の現状について調査を行うこととした。

◆蜂刺症の実際
まず,蜂さされによる受診者数の推移を調べることとした。2011年からの月ごとの受診者数と平均気温の推移を図1に示した。気温の上下に伴って受診者数が増減し,気温が最も上昇する8月に受診者数がピークに達していた。受診者数が大幅に増加する2014年には平均気温の上昇はなかった。昆虫の生息区域は,気温に影響されるため,温暖化によって,ハチの生息区域は拡大する可能性がある。しかし,当地域での蜂刺症の増加は,気候の変化では説明が難しそうである。

http://expres.umin.jp/mric/mric161_ozaki1.pdf

次に,どのようなタイミングで蜂に刺されているかを調べた。半数近くの患者が,自宅や畑で,草むしりや庭いじり,剪定作業を行っている際に,被害に遭っていた。こういったケースでは,多くの場合,巣が,草むらや植樹,あるいは家の軒先に作られていた。その存在に気づかずに,蜂を刺激したことが襲われた原因だった。ある男性は,剪定中に,気づかずにスズメバチの巣をナタで切ってしまった。その結果,家の中まで大群のスズメバチに追いかけ回され,顔面から足まで,4箇所も刺されてしまった。アナフィラキシー反応を起こしたが,幸いなことに,一命を取り留めている。

また,山間部など,人の出入りが少ない地域も蜂の被害に遭いやすい。巣が大きく成長しやすいこと,人が巣の存在に気付きにくいことが理由だ。今回の調査でも,4人に1人は山間部で蜂に刺されていた。散策やカブトムシ採集で山に入った結果,蜂に襲われたのである。このように,夏場は,アウトドアで山間部に入る機会が増えるので,注意が必要である。特に気をつけるべきは,スズメバチである。スズメバチは,木の中や地中など,閉鎖された空間に巣を作ることを好む。また,外敵に対する巣の防衛本能が非常に発達している。些細な刺激に対しても敏感に反応して,人を襲うのである。毎年,その被害が報告されているため,多くの人にはおなじみだろう。加えて,スズメバチは秋まで活発に活動する。巣が外被に覆われており,巣内の温度が外気に影響されにくいからだ。秋になっても,山間部にはいるときには,十分な注意が必要である。

◆除染作業や一時帰還に伴う被害
また,調査を行う中で意外な事実もわかった。受診者の4人に1人が,福島原発から20km圏内の避難区域で,蜂に刺されていたのだ。被害者は,主に除染作業員や一時帰還者である。除染作業員は,山間部の他,市街地において活動している。彼らにおける蜂刺され被害が,2014年から急増している(図2)。

http://expres.umin.jp/mric/mric161_ozaki2.pdf

興味深いのが,南相馬市小高区や浪江町など避難区域の市街地での被害である。よくよく話を聞くと,震災後,荒れ地や空き家になった場所に,蜂の巣がたくさん作られているのだという。空き家などでは,知らないうちに巣が大きくなってしまう。コロニーの個体数も多くなるため,蜂と出くわす確率が一層増すのだ。そうと知らずに作業を行い,蜂に襲われるケースが多い。当然,前もって蜂の巣の存在に気づいた場合には,巣の撤去が優先される。しかし,蜂の巣が多く,業者による駆除が間に合わないのだという。結果,自分たちで撤去せざるを得ない場合もあり,大変危険な状況になっている。

同様に,一時帰還者が避難区域の自宅に戻った際の被害も報告されている。ある男性は,小高区の自宅2階の雨戸を開けた際に,複数のスズメバチに襲われ,頭や手を刺された。雨戸の収納内に,スズメバチが巣を作っていたのだ。幸い,アナフィラキシーショックは起こさず,大事には至らなかった。もし,長期避難を強いられることがなければ,巣が小さいうちに駆除することができただろう。このような状況には,決してならなかったはずである。

◆アナフィラキシー反応の危険性
蜂刺されにおいて最も問題となるのは,アナフィラキシー反応である。これは,蜂刺症の0.3〜3%に起こる超急性の全身性アレルギー反応である。典型的な症状は,全身性の蕁麻疹や掻痒感である。また,重症例になると,上気道閉塞による呼吸器症状や血圧低下などの心血管症状を引き起こし,死に至ることもある。今回の調査でアナフィラキシー反応を起こした患者は合計8名いた。2013年に1名,2014年に5名,2015年に2名と近年多発していた。このうち2014年の1名は, 重度のアナフィラキシーにより,当院に搬送時には,既に心肺停止状態であった。蘇生処置が行われたが,残念ながら亡くなっている。

実際,アナフィラキシー反応において,発症から死亡までの時間は,多くの場合10〜15分以内と短い。そのため,迅速な対応が求められる。治療としては,エピネフリンの筋肉注射が第一選択である。しかし,多くの場合,この時間内に病院に到着することは難しい。刺された場所が,山間部や避難区域ならば,なおさらである。現在,浪江町や小高区では,診療所が部分的に再開されている。しかし,重症例への対応は難しく,当院に緊急搬送されるケースが散見されている。

ではどうすればよいのだろうか?
蜂毒によるアナフィラキシーを経験した患者は,次回以降の蜂刺されにおいて,30〜60%の確率で,アナフィラキシーを起こす。そのため,エピネフリンの自己注射キットであるエピペンを携行することが推奨されている。発症後すぐにエピペンを用いることで,アナフィラキシー症状を抑える,あるいは弱くすることができるからだ。実際,最近は,エピペンを迅速に使ったことで,アナフィラキシーの重症化を防ぐことができた症例が増えてきている。当院においても,積極的にエピペンを処方し,悲劇を未然に防ぐ努力を続けている。

◆調査を終えて
今回の調査により,蜂さされの実態を学ぶとともに,この地域に関して,興味深い発見を多数行うことができた。また,地域医療とは,決まった形があるわけではなく,地域のニーズに応える取り組みであることを再確認した。今後も,ささやかながら,地域の方々の健康を守る努力を続けていきたい。
最後になったが,北海道大学の三浦徹准教授には,蜂の生態について詳細に教えていただいた。また,当院研修医の横田武尊さんや山本佳奈さんには,カルテの調査を献身的に手伝っていただいた。改めて感謝したい。

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