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Vol.181 警察届出と記者会見は「地獄への片道切符」

医療ガバナンス学会 (2015年9月9日 06:00)


月刊集中9月号(8月末日発売)の原稿です。

井上法律事務所
弁護士 井上清成

2015年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.事故調開始目前に再確認を

10月1日の医療事故調査制度開始まであと1ヶ月を切った。事故調スタート前に、開始準備の基本的項目を再確認したい。
それは、今般の医療事故調査制度は法律に基づき法律に則って行われるものであって、パラダイムシフトの結果、世界基準たるWHOドラフトガイドラインに則り、真に医療安全を進めていくための手段として医療従事者の非懲罰性と非識別性を正面から採用した、ということである。
これは、処罰感情や納得という心情に過度に流されがちなために、真に合理的に医療安全を進めて来られなかった現状を冷静に分析して、従来型とは一線を画して、本当に国民全体の利益になるように医療安全を推進しようとする政策的決断の結果であった。

基本中の基本原則は二つであり、非懲罰性と非識別性である。非懲罰性とは、刑事事件との切り離しであり、中核は医師法21条の外表異状基準の遵守にほかならない。非識別性とは、秘匿性の法令用語であり、究極の方策は記者会見の禁止である。これらは従来型の実務慣行に方向転換を迫ることになるが、真に合理的に医療安全を進めて行きたいのならば、皆が心情に流されずに合理的に割り切らねばならないところであろう。

2.警察届出は地獄への片道切符

かつて国立国際医療研究センター病院の管理者は、研修医のウログラフイン誤投与死亡事例を大急ぎで警察に届け出た。本来は医師法21条の外表異状基準を遵守して、警察へは届け出てはいけなかった事例である。ただ、実情は、「医療過誤またはその疑いによる死亡が生じたら、施設長は警察署に届け出る。」という趣旨のいわゆる異状死(注・異状死体ではない。)届出の院内規則が未だに削除されずに残存放置されていたためであろう。古い院内規則の放置という不作為管理責任の招いた悲劇であった。研修医は公開の刑事法廷に引きずり出されて、遺族の罵声と検察の論告求刑の後に、有罪判決を下されたのである。

しかし、医療安全管理の観点で言えば、その本質は研修医の「医療行為の問題」ではなく病院管理者の「管理上の問題」であった。すなわち、事故等分析事業について規定した医療法施行規則12条に基づく平成16年9月21日付け厚労省医政局長通知では、医療安全管理の観点から「医療行為にかかる事例」と「管理上の問題にかかる事例」とが区別されている。そこでは、「熟練度の低い者が適切な指導なく行った医療行為による事故」は、「管理上の問題にかかる事例」に分類されており、「医療行為にかかる事例」ではない。つまり、国立国際医療研究センター病院事件の本質は、まさに厚労省通知のとおり「管理上の問題」だったのである。
もし今般の医療事故調査制度に当てはめたとするならば、単純過誤アプローチでの「予期」要件非該当と研修医アプローチでの「医療起因」要件非該当の二つのアプローチが考えうるが、いずれにしても「医療事故」には該当せず、第三者機関たる医療事故調査・支援センターには報告しない事例となるであろう。

3.記者会見は地獄への片道切符

群馬大学医学部附属病院での腹腔鏡下肝切除術の死亡事例に対して、マスメディアの過熱報道はまことに異常であった。まさにメディアスクラムの凄まじさを目の当たりにした感じである。あたかも連続殺人犯を追い回すかのような取材の逸脱や報道の論調は、責任追及そのものであった。到底、医療安全管理への寄与などあるはずもない。病院も大学も、ひたすらマスメディア向け対策にばかり翻弄されてしまっている。果ては、弁護士や被害者一般代表らを入れた外部委員だけの医療事故調査委員会を新たに組織してまでの再調査に至ってしまっている。厚生労働省というよりは文部科学省の主導と推測され、文科省の専門外なのでやむをえないとはいえども、いかにも本来の医療安全管理とはほど遠い方向に進んでしまった。
そしてその発端は、マスメディア発表であり病院自らの記者会見だったのである。その記者会見も大学病院自らの定める「公表基準」から生じたものであり、その元凶は「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針」だったのであろう。

しかし、今般の医療事故調査制度においては、WHOドラフトガイドラインの「秘匿性」を受けて、厚生労働省令では「非識別性」(報告書の非識別加工)が明記された。省令である医療法施行規則第1条の10の4第2項では、報告書を「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工」しなければならないと規定され、同規則の第3項では、遺族への説明事項は「当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないようにしたものに限る」と規定されたのである。非識別性(秘匿性)の有無は、センターや遺族などの相手方の有する「他の情報との照合」によって判断されるという点に、特に注意しなければならない。
この省令を当てはめれば、マスメディア発表や記者会見では、報道に接するすべての国民や住民の有する「他の情報との照合」によっても医療従事者の非識別(秘匿)が適切になされているかどうかが判断されることになる。つまり、事実上、従来型レベルでのマスメディア発表や記者会見の内容・やり取りは禁止されたに等しいと言えよう。
実際そうしないと、群馬大学医学部附属病院の事例で生じたように、当該医療従事者個人への責任追及ばかりに焦点が当てられてしまうのである。

4.院内の規則等の再点検を

警察への不要な届出やマスメディアへの不要な公表は、それが契機になって一旦でも暴走が始まったら、もう誰にも止められない。事の成り行きは、最も重要な医療安全の推進とは全くかけ離れた所に飛んで行ってしまう。言葉は悪いけれども、「地獄への片道切符」と称したゆえんである。
今般の医療事故調査制度の開始に先立って、本来の医療安全の確保・推進に現実に寄与できるよう、院内規則等を再点検し、不要な警察届出規定や公表基準を見つけたら是非とも直ちに削除しておかねばならない。

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