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Vol.222 センターへの医療事故報告票記載例~非識別加工と医療事故判断の要領

医療ガバナンス学会 (2015年11月5日 06:00)


この原稿はMMJ10月15日発売号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年11月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.医療事故報告票の記載例
この9月29日に日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)のホームページに、医療事故発生時の報告の記載例(医療事故報告票様式1)が公表された。今後の指針の一つとなりうるもので重要なので、ここに考察を加えることとする。紙幅の関係上、ポイントを抜粋するに留めるので、全文は同ホームページを参照されたい。

2.もっと非識別加工を
診療科「内科」における疾患名「筋萎縮性側索硬化症」の事例であるが、取り敢えず、「医療事故の状況」の記載を、非識別加工(いわゆる匿名化)の観点から採り上げる。
冒頭に、「気管切開による呼吸管理を行う時期にあると判断し患者の意思を確認し、耳鼻咽喉科に気管切開を依頼した。」とあるが、末尾を「…患者の意思を確認した。」とする程度でよいであろう。「耳鼻咽喉科」云々は非識別加工してよい。続いて、「耳鼻咽喉科医師による気管切開術」「耳鼻咽喉科医師により気管切開部のガーゼ交換」とあるが、同様に「耳鼻咽喉科医師による(り)」は省いてよいであろう。
「看護師」への言及も頻繁に出てくるが、同様である。「分時換気量低下アラームが鳴ったため他チームの看護師が訪室した。」とあるが、「他チームの看護師が」は削除してよいであろう。引き続いて今度は、「他患の対応を終えた担当看護師が廊下に出た際、人工呼吸器の低圧アラームが聞こえたため、慌てて訪室する」という下りも、「他患の対応を終えた担当看護師が廊下に出た際、」は省いてよい。同様に、「看護師が気管切開孔のガーゼを取ってみる」とか「担当看護師は当直医に電話で状況報告し、応援を求めた」という箇所も、主語である「看護師が」「担当看護師は」は、削除してよいであろう。
また、「当直医、救急医、救急看護師が蘇生に加わった。」という一文もあるが、省いてよい。

3.非識別加工のやり方
この記載例は、医療事故の調査の結果報告ではなく、医療事故の発生報告である。しかし、厚生労働省令(医療法施行規則第1条の10の4第2項)が定める「当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工した報告書を提出しなければならない。」という規制の趣旨は、同様に捉えてよい。
非識別加工とは、一旦は識別できる詳細な原文を作った上で、識別できないように加工することをいう。つまり、院内調査の際と報告書の原文作成に際しては、まだ識別できていて構わない。しかし、その上で、今度は非識別化するという二段階のプロセスを踏むのである。
記載例を非識別加工してみたこの考察の意図は、院内での耳鼻咽頭科と内科の連携や看護師チーム間の連携などの調査・検証は十分に行うことを大前提とし、ただし、それを報告書の形に仕上げる際には、当該医療従事者等を厚労省令の命じるとおりに徹底した非識別の加工をすべきだ、ということにほかならない。このことこそが、厚労省令の要求するところなのである。

4.遺族への説明の程度
医療法第6条の10第2項によれば、センター報告前に先ず、遺族に説明しなければならない。この説明は、いわゆる遺族の納得や遺族への説明責任を定めたものではなく、死亡患者情報を利用・活用し第三者機関たるセンターに提供する前に、一応の説明をするという趣旨である。しかも、院内調査はまさにこれから開始するところでもあるので、説明内容は非識別加工をより徹底させると共に、概略で足りよう(実際上もっと簡潔にすべきなのは、実はセンターへの報告票も同じ)。
したがって、遺族への説明事項としての「医療事故の状況」は、次のようにより非識別加工し、簡潔にしたものでよい。
「身長:150.0cm、体重:32kg。
これまで非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)による呼吸管理を行ってきたが、気管切開による呼吸管理を行う時期にあると判断し患者の意思を確認した。平成27年10月9日(入院4日目)人工呼吸器下、SpO2は97~100%で安定していた。気管切開術を施行。平成27年10月10日(入院5日目死亡当日)SpO2が低下し始めた。21時50分心肺停止状態。心肺蘇生を開始した。家族に連絡した。21時53分心肺蘇生を継続したが反応しなかった。22時50分家族が到着。蘇生できないことを説明し、死亡確認した。」

5.そもそも「医療事故」なのか
センターの記載例は、以上の考察のとおり、非識別化の点でも簡潔化の点でも、さらに検討を要しよう。しかしながら、より根本的には、センターの記載例のような事例は、現実にはそもそも「医療事故」とは判断されないのが通常だと思われる。
先ず、この患者の症状における「気管切開による呼吸管理」では、医療安全管理を適切に推進している病院ならばリスク管理をきちんとしていて、「死亡または重大な後遺障害に至ることがありえます。」ということを事前に説明し、または、少なくともカルテや看護日誌に記載しているであろう。そうしていれば、「予期していた死亡」となり、通常はこのゆえに「医療事故ではない」と判断されると思われる。
仮りに、「予期しなかった死亡」の要件には当てはまる場合だったとしても、原則として「医療」に起因した死亡とは捉えないかも知れない。そもそも「療養」「誤嚥」などに関連するものは、今般の医療事故調査制度においては医療安全「管理」一般に属するものに分類し、制度としては「調査」は不要とされた。もちろん、特に「気管切開」自体に問題の中心があると特に管理者が判断した場合は「医療」に起因した死亡とは扱われうるが、ただし、これは特段の場合である。
したがって、通常一般には、「予期しなかった死亡」に該当せず、少なくとも「医療に起因した死亡」には該当しないものと捉えられよう。むしろ今般の医療事故調査制度ではなく、院内での今までの「医療安全管理」の延長で、より一層の推進をしていくための事例として活用していくべきものと思われる。

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