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Vol.230 現場からの医療改革推進協議会第十回シンポジウム 抄録から(1)

医療ガバナンス学会 (2015年11月16日 06:00)


*このシンポジウムの聴講をご希望の場合は事前申し込みが必要です。
(参加申込宛先: genbasympo2015@gmail.com)

2015年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2015年11月28日(土曜日)

【ご挨拶】 10:00-10:30

林良造

早いものでこの「現場からの医療改革推進協議会」も第10回を迎えます。
今年はとりわけ一年が速く感じられるような気がします。
振り返ってみると、医療の研究開発体制ではAMEDが発足しました。薬事の分野でも医薬医療機器法が成立し施行段階に入ってきています。再生医療でも新方式での再生医療も承認が始まりiPS細胞を使った臨床研究も進んでいます。医療供給体制・医療財政の分野でも、変革の原動力となる医療情報の利活用についての検討も進んでいます。保険制度・医療供給面でも様々な改革が行われ始めました。懸案となっていた医療事故調もようやく開始されようとしています。
思い返すと、10年前には、日本の医療制度は、世界に冠たる万全のものであるという考えが支配的でした。そのほころびが随所で明らかになってきているにもかかわらずその改革への具体的道筋は見えず、現場では危機が起こらないようにつぎはぎをしながら支えるということを強いられる状態でした。
その中で、本協議会においては、高齢化、医療技術の進歩、制度のゆがみなど本質的問題を、ある時には正面から、ある時にはトピックスに対応して、現在現場で起こっている材料を提供する形で提起し、その解決に向かっての知恵を組み立てる場を提供してきました。
そして今、多くの改革が進み始めました。しかしながら、多くの新たな制度は今から具体化の段階を迎えます。これらの問題提起の中で次第に明らかになってきたように、医療には、多くの人々がかかわり、また、様々な制度がかかわっています。医療資源が適材適所に配置され医療の質を改善し続けるように、制度の細部を設計し人々の意識の変革に働きかけることが求められます。
さらには環境が変化し続ける中で、制度がよどんだものとなってしまわないために声を上げ続ける変革を求める動きも極めて重要です。
今回も、この場での議論が、新鮮な問題提起とステークホールダー間の真摯な議論によって医療技術の進歩、医療の受け手にも担い手にもやさしい、持続可能な制度の構築に向けて引き続き大きな役割を果たしていくことを祈念して開会の挨拶とさせていただきます。

 

【Session 01】医療改革の現在 10:30-12:30

●れぎゅらとりーさいえんすはさらに蔓延
小野俊介

先日、日本の医療政策を紹介するプレゼンに、勇ましく「日本のレギュラトリーサイエンスを世界に発信する!」とあるのを見て驚いた。「日本の高度な医療を世界に輸出する」政策のタマの一つらしい。確かに日本の優れた医療システム・医師(そうなのですよね?)をグローバルビジネスで使わぬ手はないと外野が考えても何ら不自然ではないし、買い手さえいれば頑張って輸出するのもよかろう。
しかし、日本のれぎゅらとりーさいえんす(長いので「れ・さ」と略す)ってそれ一体なんだ? 伝統工芸の一種? そんなものが存在することを不勉強にも私は全く知らなかった。そもそも「れ・さ」という概念が分からない。最近の医薬系の学会誌は、ネタ枯れを反映してか、やたらと「れ・さ」特集が多い。興味深いのは、その手の特集号の論文のタイトルにはきまって「れ・さ」という語が含まれていること。
まるで選挙運動のように「皆様、これこそが、れぎゅらとりーさいえんすでございます!」と連呼しないとそれが「れ・さ」の論文だとは誰にも気付いてもらえないらしい。少し哀れである。ちなみに20年前にはそうした論文は「薬事・衛生行政(の紹介)」と正しく分類されていた。
特集号では、今の規制・ガイドライン等が説明され、それらがなんとなく正当化される。面白いことに、そうした特集号で「現在の規制のここがダメである」と科学的根拠に基づき指摘する著者はほぼ皆無である。
規制システムの欠陥を科学の言葉ではっきり指摘することこそが本領域の研究者の最も重要な使命だと思うのだが、そんな研究者はこの「れ・さ」の領域では生きていけないのかも。科学の定義は山ほどあるが、「仮説に誤りはあり得ない」ことを前提とした「科学」をポパーは似非(エセ)科学と呼んだ。
日本人がもてはやす「れ・さ」は単に当局からの情報公開であり(その重要性は誰も否定しない)、科学の営みではあるまい。学会・行政・ビジネスの重鎮の方々が「キミたち、似非科学への悪乗りは止めて、きちんと学問しなさい!」と現状を厳しく叱責することもない現在の姿は、日本にregulatory scienceが(未だ)存在しないことの証であろう。
一方、これを書いた私は、いろいろなヒトからまた厳しく叱責されるのである(笑)

●ついに始まった医療事故調査制度 ~自分の身は自分で守ろう~
満岡 渉

2014年6月改正医療法が成立し、今年10月ついに医療事故調査制度が始まった。長年この制度に反対してきた者としては痛恨の極みだが、法律が成立した以上これに備えねばならない。筆者の属する「現場の医療を守る会」では、日本医療法人協会の協力を得て、昨年10月法律の適正な運用を定める「医法協ガイドライン」を発表した。
幸い「医法協ガイドライン」が厚労省検討会の正式なたたき台として採用されたため、われわれは制度の運用を定めた厚労省の省令・通知に、この制度から身を守るための「安全弁」を仕込むことが出来た。
医療事故調査制度推進派の中心にいるのは、医療に恨みを持つ一部の被害者団体と医療事故を商売と考える法律家であり、彼らの目的は、調査報告書を訴訟・紛争の証拠として利用することである。この動きに、医療行為の過失を判定することが医療安全だと考える似非医療安全専門家や、厚労省、日医などがそれぞれの思惑の下に加わり、事故調査制度は彼らの複合利権になりつつある。彼らに共通するのは、医療事故を紛争すなわち規範的非難から切り離して科学として捉える姿勢の欠落であり、このような態度からは、真の医療安全を得られない。
しかし、彼らは制度を「成功」させるべく、法律を逸脱した解釈・説明を全国で広めており、これに呼応して筆者の周囲でも、上が決めたことには従うべきだとして、この制度を積極的に利用しようと主張する医療従事者が少なくない。厚労省・日医といった「権威」を無批判に信じる権威主義と思考停止であり、あたかも、笛吹男の笛の音に誘われて川になだれ込んで行くネズミのようである。
現場の医療者がこの制度の危うさに気付き、われわれが仕込んだ「安全弁」をフルに利用して、制度に慎重に向き合うことを願うが、自分の身を守れるのは、最後には自分しかいない。

●被災地基幹病院の医療改革
及川友好

福島県東北部に位置する南相馬市は東日本大震災による地震、津波の被害に加え、福島第一原子力発電所(FDNPP)の事故による様々な不利益を被った。震災から4年9ヶ月経過した現在、常磐自動車道、国道6号線が開通し道路交通網はある程度整備され、市内人口も震災前の7割まで戻ってきたが、一方ではJR常磐線は福島北部で未だに不通であり、FDNPP20km圏内の居住制限は解かれていない。また、出産数、学童数の低下から極端な少子高齢化社会が続いている。
震災を通して病院は社会の縮図であることを改めて感じる。地域における生産人口の減少とともに医療スタッフも、医師16人から4人、看護師128人から82人、リハビリ12人から3人と激減した。
医療スタッフ激減の原因は入院医療の中断、被曝に対する過度の反応、大規模避難による社会インフラの崩壊など原因は様々であったが、その後の復興努力により看護師以外のスタッフは震災前以上に集まっている。
たとえば、医師は常勤医24名+初期研修医6名まで増えた。医師人生の最後に被災地に貢献したいとするベテラン、被災地医療や研究を今後のキャリアアップに繋げたいとする中堅や後期研修医、そして今しか被災地を見られないという理由で初期研修医たちが集まってきている。当院では震災初期の混乱期から支援、共同研究、取材などの申し出を可能な限り受け入れて来た。
その結果、地方の病院としては珍しく、地域を越えた医療人、施設との協力関係が構築され、更には医療の枠を超えた方々との協力関係も築けたと考える。
医療とは人が為すものであり、組織とは人の集まりであるならば、一病院のミクロ的な医療改革は人の質、数、関係の改革に他ならない。当院での医師確保の具体例を述べながら、医療改革軌跡と現在の問題点について考えてみたい。

●重粒子線治療と先進医療
瀧田盛仁

重粒子線治療は、日本が誇る先進的な医療技術の一つである。1994年に世界で初めて放射線医学総合研究所でヒトに対して応用した。以来、日本では12,000人以上の患者さんが重粒子線治療を受けている。現在、日本で4ヶ所、世界では、ドイツ、中国(上海)、イタリアの医療機関で重粒子線治療が行われている。なお、アメリカには重粒子線治療施設は1ヶ所も稼動していない。
通常のX線を用いる放射線治療と比較して重粒子線の特徴は、体内のより深いがん病巣に命中できること、がん細胞を破壊するパワーが強いことである。治療期間も劇的に短縮できる。
ところが、健康保険は適応されておらず、「先進医療A」という保険承認の前段階にある。「先進医療制度」とは、有望な先進的な新薬や医療技術に対して、保険診療と未承認の治療法との併用(混合診療)を認める制度である。先進医療では、新規治療法の費用は患者さんの自己負担となるが、民間保険会社は、この自己負担分を軽減する「先進保険特約」を販売している。
保険承認が遅れている原因の一つは、他の治療法に対して重粒子線治療が優位であるという明確な根拠が示されていないことにある。平成22年以降、厚生労働省の「先進医療会議」も同様なことを指摘している。
現在、日本放射線腫瘍学会が主体となって、新たな臨床試験を計画し課題に答えようとしている。しかし、X線や陽子線治療の技術改良や縮小手術の進化もあり、生存期間というような従来型の「ものさし」だけでは、重粒子線の優位性は必ずしも証明されないかもしれない。別の問題は、約300万円から350万円強という高額な医療費である。これは、重粒子線施設の建設に巨額な費用がかかるためである。
このように、重粒子線治療は極めて有望な治療法である一方で、克服すべき課題も多い。課題解決には、医療機関や学会、行政、重粒子線治療機器メーカー、民間保険会社等、患者を取り巻くステークホルダーが互いに歩み寄る必要がある。

●中国人の法意識 ~医療と不法行為法を巡って
石本茂彦

医療の過程における患者の死亡に際し激高した家族が医療関係者に激しい暴力に及ぶ。手に手に棒で「武装」した一族郎党や村民の一団が病院に押し寄せる。時には逆に医師らを死に至らしめる。中国ではこの手の事件が21世紀になった今でも少なからず起きている。
こうした現象の背景には、中国の法律制度が抱える様々な問題――裁判制度の不全、法律の不備等々――がある。中国政府は「法治国家」の建設を標榜し、こうした問題の改善に積極的に取り組む姿勢を見せている。2010年の不法行為法(権利侵害責任法)の施行や、ここ1~2年特に強調されはじめた裁判制度の改革などはその一環と言える。
例えば不法行為法では、全92条のうち11条が医療に関する規定に割かれている。そこには、医療機関の民事損害賠償責任、医師の過失判定基準、医療機関の免責事由は勿論、逆に患者の側からの不法行為等から医師や医療機関の権利を保護する規定も置かれ、中国の「実情」に即した紛争解決への志向が見て取れる。
そして、これらの現象や法律のさらなる背後には、中国人特有とも言えるある種の「法」に対する意識のあり方――国家法との距離感、紛争の解決、家族観等々――が透けて見えることもある。

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