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Vol.241 看護専門職通信教育の充実のために 第2回

医療ガバナンス学会 (2015年11月25日 15:00)


佐藤 智彦

2015年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【横断的学修の意味】
冒頭に触れた研究発表会だが、当大学院教育学研究科の特色が表れている。現職の学校教員をはじめとした教育に従事もしくは関心の高い大学院生とともに議論する場なのである。それぞれの大学院生は修士論文を完成するまでに3回の研究発表会の機会がある。聴衆を前にしたこういった口頭発表の機会は非常に重要な経験である。生徒の多くは職場内での発表経験は持ち合わせているが、医療知識を必ずしも持ち合わせていない聴衆に対して自身の考えや研究内容をわかりやすく説明できる機会はほぼなかったといってよい。既定の発表時間にあわせて自分の研究と言いたいことをわかりやすく伝える、ともすれば看護職の中だけで専門用語だらけの会話をすることに終始する状況とは好対照な経験をすることができる。あらかじめ想定される質問を考えておくことも大事であるが、その予想をはるかに超える質問を、教育関連専門職から受けることは、生徒のいい刺激となる。

この発表会において、私の担当する大学院生たちの発表に寄せられた現職教員からの意見・質問に大きな傾向が認められた。医療現場や看護学生への教育現場での課題や問題に立脚した研究テーマを強調するあまり、医療現場ではそれほど問題が多いのか、となかば医療不信を嘆く内容である。一般社会と医療者の医療に対する認識の差を痛感したわけであるが、強調しておきたいことは、医療技術が途上技術であるということだ(Lewis Thomas, “The Technology of Medicine,” in Lives of a Cell, Viking Press, 1974)。乗用車や航空機といった完成された技術の対義語として考えればよく、新しい知見を取り入れては既存のやり方を改善していく必要があるのが医療技術である。常に現状をよくしていくように、そしてそういった取り組みができる人材を継続的に輩出するには、医療現場での問題意識が非常に重要になってくる。幼稚園、小学校、中学校、高校といった学校現場は集団生活の最たる例であり、学習内容だけではなく、健康面でも細心の注意を必要とする。インフルエンザその他の集団感染をはじめとして、医療に対する関心の高い学校教員からの意見からあらためて医療者として考えさせられることがある。
さらには質問だけではなく、この研究発表会において学校教員から自身の研究で用いる教育評価手法についても話題提供されるため、生徒にはさらにいい刺激となる。

【看護専門職通信教育におけるポイント】
では、看護専門職通信教育におけるポイントを考えてみたい。大きなものとして、連絡の取りやすい方法の確立と貴重な対面時間の有効利用があげられる。
仕事が終わってから、各授業のレポートや、修士論文に向けた研究を進めていくことは本人に体力的にも精神的にもタフさを要求する。しかし、現在の生徒を見ているといろんなことを吸収して学びを深めたいという意欲で満ちている。そのためか、充実感のある表情が印象的である。ひとたび悩みはじめるとなかなか周囲に相談できなくなってしまう、そんな状況にならないよう、定期的に生徒とSNSやメールでやり取りすることが重要なポイントとなっている。ICT(情報通信技術)に苦手意識をもつ生徒もいるが、こういう時こそ習うより慣れよ、である。数回のやり取りを1期生の間で繰り広げるともう適応できている。また、対面時間の有効利用について、生徒がスクーリング、研究発表会に対して事前準備をしっかりとして臨むことの重要性はもちろんであるが、教員としての工夫は先述のとおりである。

【医療施設におけるリーダー教育:教育への投資】
1期生の中に、職場からの学費援助を得ている者が3名いる。看護師不足のみならず看護教員不足も解消していく必要があることは以前から触れてきたが、実際は各医療圏において看護教員の取り合いになっている。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44088

http://medg.jp/mt/?p=6006

これは根本的な解決法ではなく、今後を踏まえた育成に着手する必要がある。自施設で次世代の看護職リーダーを育成することは大きな目標となるが、繁忙な業務を行いながらの現場教育では困難を極めることが多いと聞く。
本人の学びに対する職場のサポートと聞くと、スターバックスの学費補助のニュースが記憶に新しい。アメリカのスターバックスで週20時間以上働く社員(対象は約135,000人!)は、アリゾナ州立大学オンラインコースの3年生及び4年生の授業料をスターバックスが負担し、1年生と2年生には、学費一部負担及びローンを提供するもので、この学費援助を受けても、卒業以後のスターバックスでの就労義務は生じないという。この取り組みにおいても取り上げられるべきは「教育への投資」である。社員の働くモチベーションアップと、将来の優秀な人材を育てる意味で重要な取り組みと言える。

http://jp.wsj.com/articles/SB12112543374486784702504580565422084530324

これを考えると、看護協会やその他団体主催の看護職用研修よろしく、看護職のリーダー教育の一環として星槎大学院を利用して、高度専門教育の場として活用してほしいと考える。教育のできる最初の看護職リーダーをまず作り上げることが重要であり、そこから継続して看護職リーダーが輩出できるようになると、圧倒的に高いコストパフォーマンスを誇る教育システムになると考えられる。
また、自ら大学院進学を決め、自身で学費を出している大学院生ももちろんいる。私としては、教育学修士という資格が得られるだけではなく、自身の今後のキャリアアップにつながることを切に願うわけである。

【最後に】
ここまで、普段あまり知る機会のない通信制大学院での学びについて触れてきた。少しでも多くの人にこういった教育の必要性を知っていただけるようであればこの上ない喜びである。また、大学院で学び始めたことによる思いがけない波及効果の報告をいくつか受けた。ある生徒からは、履修科目での課題図書が職場内に口コミで広がったこと、またある生徒からは職場の後輩看護師が自主的に資格試験を受け始めていることを聞いている。このようなエピソードはその生徒にとっても、私たち教員としても非常に励みになる。私自身、過去に聴講生として数学を通信教育で受講したことがある。当時はビデオ教材を学習センターで自分の好きな時間に再生して講義を聞き、テキストを勉強するスタイルであった。通信教育に対する一般のイメージと相違ないものだったといえる。そこでも感じたことは、モチベーションの維持のむずかしさである。内科医として、研究者としてのこれまでの経験を活かしつつ、大学院生と修士論文研究と看護教育について議論を重ねてきているが、やはり時間経過の早さを実感する。わずか2年の大学院生活において、自学自修による充足感だけではあまりにさびしい。仕事をしながら、同じ目標を持った仲間と一緒に学びを進めている実感とともに、教員をより身近に感じられるような通信制教育であるよう努める必要を感じている。2017年3月には1期生がそれぞれ教育学修士を取得してさらに羽ばたいていけるようこれからも注力していきたいと考える。

佐藤 智彦
内科医師、医学博士、総合内科専門医。1977年青森県生まれ。東京大学医学部卒業、2003年東京大学医学部附属病院内科研修医、2004年東京厚生年金病院内科研修医を経て同血液・腫瘍内科入局。造血幹細胞、白血病の基礎研究に従事し、2009年東京大学大学院医学系研究科修了。東京大学医学部附属病院輸血部医員を経て2014年1月より同院輸血部助教。2015年4月より星槎大学大学院教育学研究科教授、看護教育研究コースを主宰。

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