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Vol.244 『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (5): 小松俊平「官民役割分担の原則」を語る

医療ガバナンス学会 (2015年11月28日 06:00)


ソシノフブログhttp://www.socinnov.org/blog/p225より転載

小松秀樹

2015年11月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


一般的に、めったなことで、行政は期待通りには機能しない。これは、行政の活動が法に基づかなければならないことに由来する。この欠点を補完する手段は、原理的に市民側が用意すべきものであるが、日本国民は、いわゆる市民活動家を含めて、行政にあらゆることを依存しがちである。国に到底できないことまで要求し、それがかなえられないからと不平を言う。これが国に過剰な権力を与えることになる。

法は強制力のある規範である。規範は演繹的であり、原理的に大まかなものにならざるをえない。ピラミッド型の上意下達のヒエラルキーとして作動するしかない。法に基づく営為は、実情を認識しつつ臨機応変に方針を変更できるようになっていない。理想的な行政とは、大枠の基本ルールを精密に法として設計して、現場のインセンティブの働きで細部が改善されるよう、法による作動が自動的に向上するように仕組んだものであろう。ただし、よほど条件が整っていない限り、実現不可能である。

トイブナー(『システム複合時代の法』(信山社))によると、ヒエラルキーは「決定過程をヒエラルキー化することを通じて冗長性を十分に作りだし―つまり同じ情報を十分に反復させ―そのことによって決定の不確実性を縮減しようとした。」これには大きな代償を伴った。「組織の頂点への環境コンタクトの集中によって、環境に関する情報が、組織の存続を危うくするほどに欠乏することになった。」「ヒエラルキーの機能不全について、法もおびただしい共同責任を負っている。」公法は、「ヒエラルキー的な調整交渉メカニズムを下支えし」、法の持つ規範によって、変化を拒み、社会の営為を硬直的にした。組織の頂点しか、環境を認識してそれに対応することができない。現場の担当者は上だけを見て、現場の状況を認識しなくなる。政策決定者には、現場の情報が上がらない。

地域包括ケアで求められている生活モデルのケアでは、「ケアされる人にとっての固有の価値・ニーズを理解するための情報収集に重きを置く」(猪飼周平『病院の世紀の理論』)。こうした情報収集は、様々なサービス提供者によってなされ、収集された情報によって、ケアが修正されていく。現場のネットワークがこれを担うことになる。「環境の観察を多面的にすること、多様性を向上させること、組織を生活に密着したものにさせること、組織の応答性を高めること、組織を適応の点で柔軟にすること、これらのことが、脱ヒエラルキー化によって可能になる」(トイブナー)。

しかし、ネットワークにも宿命的な不確実性が内在する。それぞれの個別サービス提供者が自ら獲得した情報に基づいて、独自に判断し行動すると、衝突と混乱が生じるからである。

これを回避するためのヒントが、国境を超える企業の活動を制限する「民間憲法」の発生についてのトイブナーの考察にある。以下、これを紹介する。国民国家の憲法は、そのスタートから根本的な矛盾を抱えていた。商業、科学、交通、医学などの部分社会システムは、国民国家の枠を超えて作動する。部分社会システムが日々更新し続けている正しさに対し、国家は無力である。部分社会同士の衝突による破壊的傾向を阻止するため、部分社会システムに「民間憲法」が制定される傾向が生まれ、権力の暴走の制限を組み込むようになってきた。

かつて、ブラジルでのエイズ治療のためのジェネリック医薬品販売に薬品会社が反対した。経済システムと保健医療システムの合理性が対立した。決着をつける上位機関はない。結局、経済システムが譲歩することで決着された。保健医療システムの原理を、自らの経済的原理を制限するものとして受け入れた。

企業は経済活動を担い、自らの利益を最大化させるべく努力する。国境を超える企業には国民国家の主権が及びにくい。経済合理的に振る舞ってきたが、その結果、様々なスキャンダル(ナイジェリアにおけるシェルの環境破壊、非人間的な労働条件、児童の労働、エイズ治療薬の破壊的な価格設定、国境を超える汚職の共謀)を引き起こした。国境を超える企業は、国内外の規制に対し徹底して抵抗した。時間のかかる国家間での条約を通じて効率的に規制することも困難だった。国境を超える企業の活動を抑制するためのさまざまな試みが挫折した後、国境を超える企業の自己立憲化が生じた。

国境を超える企業を律する規範には、2種類ある。1つは、国家的コードであり、国連、ILO、OECD、EUなどが発信するものである。行動モデル、原則、最良の実践、勧告にすぎず、通常、拘束力や処罰を伴わない。国連や世界保健機関はドラフトコード、ドラフトガイドラインを出すことがあるが、本物のガイドラインが次に出てくることを想定したものではない。企業に対して「正式」の文書を発出する立場にないための工夫が、「ドラフト(草案)」という言葉に表現されている。

これに対し、企業コードは、自らに対し拘束力を持つ。世論やNGOによる攻撃的な行動によって、自発的に自己への義務付けを明らかにして、義務の履行を約束する。国境を超える企業は外からの学習強制がある場合にのみ、自発的に、国家的コードが示す方向に従う。有効な権力としては、企業間圧力、抗議行動、NGO、労働組合、世論がある。最も強い学習強制は経済的サンクションである。消費者と共に企業に経済的圧力を働かせる一定の投資家グループがその担い手である。企業コードに効果をもたらす条件は、NGOによる継続的なモニタリング、ならびに、市民社会における私的認証機関と拘束力のある契約を締結することである。

地域包括ケアがネットワークの機能不全を避ける方法として、特定非営利活動法人ソシノフは、規格(非権力的行動プログラム)の策定、規格についての民間の認証システム、サービス提供者間での規格の共有についての契約、地域での協定、違反を扱うパネルが有効であろうと考えてきた。そして何より、規格についての公開の継続的な議論によって、規格を深化するとともに、認識の共有を広めることが規格の正当性と有用性を支える。

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