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Vol.269 ある医系技官の独白「小松先生、モノには言い方がありますぜ…。」

医療ガバナンス学会 (2015年12月28日 06:00)


井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年12月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.ある医系技官の感情
ある医系技官と小松秀樹医師(平成27年9月25日付けで亀田総合病院から懲戒解雇)とは、かつて幾度にもわたり大量のメールのやり取りをしていたことがある。新型インフルエンザ騒動、新型インフルエンザ特別措置法、東日本大震災への対処その他、多岐にわたる厚生行政に関する施策論争であり、双方とも真剣そのものであった。
激しい論争の間に、その医系技官がキレたのかどうか、突然、「これは独白ですが、」と断わりを入れつつも、「小松先生、モノには言い方がありますぜ…。」と一転して調子を変えて、自身の感情をぶちまけ始める。「外部からの優れた批判者は大切だと思います。この『優れた批判者』というのは、上述の『事実に立脚した批判』であり『全体を俯瞰した上での批判』であり、加えて、モノには言い方もあるんだけどな…と、小松先生の論評を読んで、ちょっと思います。」などと続けたのであった。

2.Czar(ツァーリ、皇帝)の発想
その医系技官は、東日本大震災直後約1ヶ月の時点では、その対処をめぐる別のメールやり取りの場面で、「被災対策のうち保健・医療分野を指揮するCzar(皇帝)を政府内に任命し、首相がCzarに強力な権限を与えて対策を進めていくことが必要であった(過去形ではなく、今からでもやるべき)と思います。」「保健医療を知る与党議員の中から、強力な権限とリーダーシップを持つCzarを1人、首相が任命なされば、私はこれからの事態を好転させることは可能であると思います。」などとも述べていたのである。
つまり、その医系技官には、公権力が皇帝のような強い統制力を持って事に当たれば上手く行く、という素朴な発想が根強く親和性をもって存在しているのであろう。Czar(皇帝)などという用語を敢えて使うのも、その端的なあらわれのように推測される。
しかし、そんなことではいくら議論しても、発想の真逆な小松医師と互いに交わろうはずもない。こうして見ると結局、前出の独白も、意見が正反対なので、いくらやっても説得できないし逆に説得されてしまいそうにすらなる小松医師に対するイライラのあらわれに過ぎないのであった。
つまり、実は「モノの言い方」そのものではなく、Czarの如くに公権力を行使したがる一人の公務員に対して全く反対の発想をもって「事実に立脚した批判」と「全体を俯瞰した上での批判」を展開する民間病院の一人の私人に向かって、反論できずについつい、粗っぽく感情が表出してしまったのであろう。

3.地域包括ケアのパラダイムシフト
ところで、その小松医師は、近時は、「亀田総合病院地域医療学講座」のプログラムディレクターをしていた。小松医師の目指す「地域医療学講座」は、公権力が指導してはいるものの閉塞ムードの漂う「地域包括ケア」とは一線を画し、むしろ「地域包括ケア」を根底からパラダイムシフトさせるものである。その医系技官や一派の医系技官が思い描くであろう中央集権的発想に基づく「地域包括ケア」とは、それこそ真逆でしかない。
たとえば、小松秀樹・小松俊平・熊田梨恵編「地域包括ケアの課題と未来―看取り方と看取られ方」(2015年8月・ロハスメディカル)には、「はしがき」から「規範ではなく認識」という見出しが出てくる。「規範に解決を求めて、非難や制裁を振りかざしても悲劇しか生みません。」「科学は、規範から脱した認識です。」などと続く(同書8頁)。つまり、行政に「地域包括ケア」のシステム設計や実務運用のやり方を任せても悲劇しか生まれない、ということであろう。
現に、もっとわかりやすく、「官民役割分担の原則」をも唱っている。「日本の社会保障を、どのようにして社会の変化に適応させていくか考える際には、行政の限界を認識しておく必要があります。行政は、法に従わなければならないため、問題を的確に認識して、迅速かつ臨機応変に対応することは不可能です。公権力の主体として一方的に行動するため、時に独善に陥って破滅的結果を招きます。」(同書37頁)など、ズバリと行政の本質とその限界を指摘した。その上で、「国や地方公共団体の役割は、特殊な成功例が多く出るような環境を整えることです。現場に自由を与え、環境の公正さを保障することが重要です。」と、正当で妥当な構想を真正面から打ち出している(同書37頁)。
まさに、地域包括ケアのパラダイムシフトと評しえよう。

4.地域医療学講座への畏怖
「地域包括ケアの戦略」は次のとおりである。
(同書55頁)「ケアを向上させるためには、多様な主体が協働しなければなりません。国は、行政の権限強化とサービス提供組織の統合で、協働を実現しようとしています。しかし、現場に近い主体が地域の特殊性にかなう形で連携するには、行政を経由した統一的な方法ではなく、現場同士が直接連携する仕組みが必要です。利用者に関する情報のやり取りを、合理性に基づいて標準化し、それを地域の協定、あるいは契約複合で実現するなど、非権力的枠組みの社会プログラムが大きな手段になります。」
(同書233頁)「基底にあるのは、『民による公益活動』という考え方です。社会の混迷を強い権力で打ち破ろうとすることの危険性は、歴史が証明しています。我々は、民による公益活動によって、社会の問題を解決していきます。権力による強制ではなく、共感と自由意思に基づく参加によって、可能なところから問題を解決していきます。解決を示すことによって、国や自治体の政策を改善していきます。」
このように大胆にパラダイムシフトした地域包括ケアを構想する「地域医療学講座」に対して、Czarの発想しかできない医系技官とその一派の医系技官は、畏怖の念をいだいた。さらには、そもそも小松医師には、約8年前、当時は第三者機関中心型が当然だった医療事故調に対して、パラダイムシフトした院内事故調中心型の構想を提唱し、当時はナンセンスだと思われていたところ、なんと今は、その小松医師の構想が実現してしまったというほどの先見性がある。
畏怖の念をいだいていたそれら医系技官は、小松医師の公益活動に対して、嫌悪感と共に、切迫した危機感をいだいた。それこそが、一連の亀田病院騒動の隠れた端緒と言えよう。

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