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Vol.072 『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (16): アドバンス・ケア・プランニング

医療ガバナンス学会 (2016年3月19日 06:00)


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(ソシノフブログからの転載ですhttp://www.socinnov.org/blog/p519)

小松秀樹

2016年3月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、25歳から60歳までの35年間、第一線の泌尿器科医として働いてきた。悪性腫瘍を専門としてきたこともあり、多くの患者を看取った。一貫して大病院の勤務だった。他に適切な看取り施設がなかったため、自分で看取ることが多かった。

私は、医師として自立して判断するようになって以後、末期がん患者に対し気管内挿管や心マッサージをしたことがない。1980年代半ばまで、死亡した担当患者のほとんどで病理解剖を行った。担当患者2名に対し、同時に病理解剖を行ったこともある。がん患者では、解剖所見が死亡前の診断と異なっていたことは皆無だった。解剖の所見からも、末期がん患者と診断された患者の死は不可避だった。医学的には、末期がん患者に対する蘇生措置に意義がないことは明らかである。経済的には、死の間際の蘇生措置で診療報酬を稼ごうとする医療機関があった。今もあるかもしれない。蘇生措置は、患者と家族の別れを騒々しいものにしてしまう。死が避けられない患者に対する蘇生措置が、患者と患者の家族を幸福にすることはない。

死期が近いという認識は、家族、医療関係者で共有されていた。本人には、治癒の望めない進行がんの存在を、進行がんの診断がついた時点、すなわち、比較的元気な時期に説明していた。治癒しないことを受け入れられない患者は少なからず存在したが、否定せずにそのまま受け止めた。蘇生措置は選択すべき手段に入っていなかった。どうしても蘇生措置をしてほしいと希望する家族はいなかった。死期が近づいた患者本人に、蘇生措置をするかどうか、相談したことはなかった。泌尿器科チームの医師が、心停止を、家族と共に静かに確認した。病棟の看護師も心停止があっても、蘇生しなければならないとは考えていなかった。

1974年、私が医師になった当時、がんの告知はほとんどなされていなかった。私は周囲を説得しつつ、1970年代末頃にはがん患者に正直に病状を説明するようになった。1983年に山梨医大(現山梨大学医学部)の助教授に就任して以後、山梨医大の泌尿器科ではがんの告知は一般的になった。1999年、虎の門病院に移ってからは、患者、家族への説明と同意に関する病院内ルールをいくつか作った。

DNR、あるいは、DNAR (Do Not Attempt Resuscitate 蘇生措置を試みない)という言葉が輸入されて流行り始めたときには違和感を覚えた。DNARは以下のように説明されていた。「患者の心臓の拍動や呼吸がとまったりした場合には、そばにいる医療スタッフはただちに心肺蘇生をするように訓練を受けている。しかし、不治の病で死が目前に迫っている患者に対しては、患者が心停止に陥った時、心肺蘇生を行わないことを前もって指示しておくことができる。その指示がDNARである。」背景にある医療の状況が日本と全く異なる。想定されている病院は、医師チームが日勤、夜勤などシフト勤務している、あるいは、治療に特化しており、看取りを行っていないため、死が間近にせまった進行がん患者がいない病院である。

私が第一線の医師だった2010年まで、日本にこのような病院はなかった。今もほとんどないと思う。日本で病床の機能分担を進めようとしているが、治療した患者の看取りを他の施設に任せようとすると軋轢が生じかねない。多くの基幹病院で、今も、相当数の看取りが行われている。病棟ナースは、死期が迫っている患者については、十分に把握している。末期がん患者が心肺停止になったからといって、近くにいる医師がむやみに蘇生措置を行うことはない。医療スタッフが単純なマニュアルに沿って、ロボットのように動いているのでなければ、DNARを声高に語る必要はない。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という外来語が、DNARを含む概念として議論され、日本の実情から乖離したまま、病院内で空回りしている印象がある。蔵本浩一は、『地域包括ケアの課題と未来』で、ACPを「将来の意思決定能力の低下に備えて、今後の治療・療養について患者・家族とあらかじめ話し合うプロセス」と定義している。将来の意思決定能力低下に備えたインフォームド・コンセントである。ACPを死期が近い患者の病院内での意思決定に限定するとすれば、これまでも、日常診療に含まれていたことである。日本の高齢者で、ACPが必要だとすれば、病院内に入院している患者より、在宅の要支援・要介護の人たちである。この意味で、蔵本が病院外で啓発活動を行っていることには大きな意味がある。

2012年10月23日、ダイヤモンド・オンラインで、出口治明は、「ACPの基本理念は、人間が良く生きるために何が大切か、患者の権利を尊重することに、その主眼がある」と指摘した。ACPを大きくとらえており、「患者本人が元気なうちに、終末医療に限定することなく、現在の健康状態や気掛かりな点、今後の人生でチャレンジしたいこと等を含めて、患者本人の価値観や人生の目標を、関係者の間で共有する」ことだとした。その上で「東京の福祉オールガイド」の高齢者のページの目次を示した。下記は2016年2月時点での目次だが、この下に96もの具体的項目が挙げられている。

・くらしや介護の相談
・健康や医療の相談
・財産管理や権利擁護に関する相談
・介護保険制度の仕組み
・家事援助や介護・入浴に関するサービス
・訪問看護、医学的指導、リハビリテーションに関するサービス
・日帰り介護、短期の宿泊
・福祉用具の利用、緊急時の通報など
・高齢者の医療
・医療費の助成、医療の給付
・認知症のある方に適した住まい
・高齢者向けの住宅
・入居、退去に困ったら…
・住みやすく改修、バリアフリー化
・介護や医療ケアが必要な方のための施設
・自宅での生活が困難な方のための施設
・仲間作り、趣味・スポーツ
・交通機関等の割引
・日頃の健康管理、介護予防
・仕事の紹介や支援
・不服申立て

東京では2015年から2025年までの10年間に75歳以上の独居高齢者が36%増加して、56万5千人になる。世帯主が75歳以上の夫婦のみの世帯が、33%増加して、37万5千世帯になる。後期高齢者だけの世帯で生活する人が130万人程度まで増加する。2025年以後も増え続ける。

高齢者は、体力、判断力の衰えに伴い、生活上、様々な問題が発生する。問題の多くは複合的である。問題が深刻になればなるほど、本人の判断力も低下しているはずである。96もの項目から適切なものを選択して、当該部署を訪れて相談するのは不可能に近い。出口は、「残された人生をトータルでサポートする骨太の仕組み」として、私見と断りつつ「ACPこそが、その中核を担うべき」であり、「医師や看護師がACP手帳を渡し、指導・懇談する仕組みを上手く創っていくべきであろう。ACPの指導・懇談に、医療点数表で高い評価を与え、医療機関のサイドにインセンティブを付与すれば、十分機能するのではないか」と、ACPを医療の基本部分に組み込むことを提案した。

私は、「人生をトータルでサポートする」制度に諸手を上げて賛成するが、医療機関に勤務する医師や看護師に任せられることではない。高齢者の生活をより良くするのに、医療は一つの分野に過ぎない。しかも、加齢に伴う衰えに対し、医療は無力である。地域包括ケアが目指すのは、病気の治癒ではなく、生活の質の改善である。人生の価値は多様である。生活現場の近くで、多様なニーズを把握し、地域のさまざまなサービス提供主体を連携させるのに、医師は適さない。

医療ソーシャルワーカーの香田らは、安房地域医療センターの無料低額診療で、全例聞き取り調査を行っている(無料低額診療の実際『地域包括ケアの課題と未来』)。無料低額診療規定は『地域包括ケアの課題と未来』の編集者の一人、小松俊平が起草した。対象者の多くは多重債務、家庭内暴力、コミュニケーション障害など複数の問題を抱えていたが、適切な支援制度にアクセスできていなかった。無料低額診療がさまざまな支援制度につなげる端緒になった。

また、香田らは、看護学生寮に併設した高齢者向け住宅で、あらゆる相談に応じて必要なサービスにつなげ、重要な意思決定をサポートする実験的事業を開始した(有償ワンストップ相談『地域包括ケアの課題と未来』)。この事業の実務は、安房地域医療センターの総務課、医療ソーシャルワーカーが担当しているが、全く新しい事業だけに、コンセプトが重要になる。事業の組み立ての議論に、『地域包括ケアの課題と未来』の編集者である、小松秀樹、小松俊平、作業療法士の大瀬律子、北里大学の小野沢滋も加わった。

2015年2月2日、日本医療社会福祉協会による「人生最終段階における意思決定支援」研修会が行われた。

http://www.jaswhs.or.jp/training/information_detail.php?@DB_ID@=376

『地域包括ケアの課題と未来』の書籍を一緒に作ってきた小野沢滋医師が、この研修会の仕掛け人の一人である。ゆっくりではあるが時代は着実に進んでいる。

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