医療ガバナンス学会 (2016年3月30日 06:00)
ほりメンタルクリニック(予定)
NPO法人みんなのとなり組
堀有伸
2016年3月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
原発事故被災地におけるこころの問題は、今後、隠されていたものが表面化してくると予想され、まさにこれからが本番です。そして、その問題に腰を据えて取り組み続けようと思った時に、私はこちらで開業することが一番良い方法だと考えました。
原発事故が引き起こした数多くの問題のなかで、もっとも深刻なものの一つはコミュニティの分断です。ある災害精神医療に詳しい医師は、こんな風に語っていました。「通常の自然災害はたしかに悲惨なものだが、一つ良い点がある。それは、同じ経験を共有することでコミュニティが団結できることだ。しかし、原発事故が関係するとそこが損なわれてしまう。原発をどう考えるか、放射線の影響をどう理解するか、賠償や避難指示の問題などで、被災地のなかで立場の違いによる分断が起こる。これは現地の人々のメンタルヘルスに悪影響を及ぼすと予想される」ということです。もう一つ教えてもらったのが、災害後の場面で経験的に知られている、人のこころの回復が促される5つの要因についてです。その5つとは、safety(安全保障感), calmness (冷静さ・穏やかさ・安定), connectedness(つながっていること), self-efficacy(自己効力感), hope(希望)です。そして、原発事故被災地には、被災者が悲観的になって、この5つのすべてが失われたと主観的に経験してしまう危険性が存在します。
私は今後、自分のメンタルクリニックを軸に、地元のNPO法人や福祉・介護の団体、他の医療機関や行政等、さまざまな内外の個人や機関と連携しながら、地域のメンタルヘルスに関連したたくさんの具体的な課題、例えば高齢化対策、地域のアルコール依存症や自殺対策、企業におけるうつ病予防や発生した事例への対応、PTSDについての啓発や治療・子どものメンタルヘルスの問題に、継続してかかわっていくつもりです。そして、そのような課題についての問題解決を目指すネットワークの構築を目指しつつ、そこにかかわる人々が、内的にも、希望をもってつながりを感じながら毎日を過ごせるようになるお手伝いをしたいと思います。
放射線についてのリスクコミュニケーションについても、私の立場からの協力を行っていきます。原発事故被災地に暮らしている一人一人が、自らが自分の納得できる安心を、自分の周囲に作り出していく感覚を持てることが望ましいと考えています。
危機の時には希望もあります。この数十年の日本は「護送船団方式」と呼ばれるような、個人が全体の方針に自らを徹底的に合わせることを通じて、素晴らしい成功を成し遂げました。しかし、状況が変わってもその成功体験の記憶に縛られて、行動様式を変えることができていません。そのために、さまざまな課題に対して有効な対策を取れないままに無為に時間が失われていく事態が起きています。これを乗り越えるためには、それぞれの個人が、主体的に考えて行動し、自らの社会的な役割を引き受けいくことが必要です。そのような変化は、本当に危機に直面した被災地のような状況の方が起こりやすいと考えています。
「外傷後成長」という言葉があります。心的なトラウマにさらされるのは、たしかに痛ましい出来事です。しかし、その貴重な経験を通じて、良い変化が起きることがあることも知られています。
東日本大震災の被災地で、この言葉が本格的に語られるようになるには、まだしばらくの時間が必要でしょうが、私はその現場に立ち合って参加したいと思っています。
今後のクリニックの展開について、このMRICにも報告していくつもりです。ほりメンタルクリニックでは、この意図に賛同し、一緒に行動してくださる方、応援をしてくださる方を求めています。多くの困難な課題を前に、おそれる気持ちもないと言えば嘘になります。ここまで支えていただいたご恩に改めてお礼を申し上げるとともに、今後とも引き続きご理解とご支援をいただきたく、よろしくお願い申し上げます。