医療ガバナンス学会 (2016年7月7日 06:00)
この原稿はJBpressからの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46966
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2016年7月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2016/0518/shiryo_01.pdf
を議論しました。今回の2016年度版では、医療における新たな項目として次の一文が加わりましした(基本方針の33ページ)。
「医療従事者の需給の見通し、地域偏在対策等について検討を進め、本年内に取りまとめを行う。特に医師については、地域医療構想等を踏まえ、規制的手法も含めた地域偏在・診療科偏在対策を検討する。」
長年叫ばれている医師不足に対して、「規制的手法」つまりは“半強制的に医師が足りない地域と科目に医師を振り分ける施策“を検討することになったのです。
しかし、半強制的に足りない分野に医師を差し向けるという解決策は「そもそもなぜ医師が足りないのか」という本質的な問題に背を背けていると言わ ざるを得ません。民間企業であれば、まずは人手が足りない(人気がない)理由を探し出して問題を解消することを模索するのではないでしょうか。
地方の医師不足の最大の理由とは
5月19日には厚生労働省で「医療従事者の需給に関する検討会」が開催され、この中で今後の医師需給推計
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000120212_4.pdf
が公表されています。膨大な資料ですが、結論は「2024年ごろに医師の需要と供給は一致し、その後は人口減少に伴い医師は供給過剰になる」というものです。
「医師の養成数を増やせば、医師が不足している産婦人科や救急などの分野、そして地方にも医師が行きわたるようになる」という意見もあるでしょう。しかし安易に医師を増やすことは、医師の全体としての質の低下をきたし、人材養成コストの無駄を増やすだけです。
現在の医師不足は、医師の“絶対数が不足”しているのではなく、“医師が偏在している”というのが原因です。
現場レベルの感覚で言うと、医師が不足している地域というのは人口の少ない地域です。人口が少ないと患者数が確保できず、十分な医業収入を得られません。そのため、民間病院も進出せず、開業希望医師も新規開業を行わないのです。
また、若手医師は「地方だと経験できる症例数が少なく、キャリアアップや専門医の維持に影響が出る」ため、地方に行きたがりません。これも十分な患者数がいないことに起因しています。
医療にはいろいろな専門分野があるため、「専門医を常勤で1人配置」にこだわると地方で医師が足りなくなるのは当然です。そして、たとえ常勤で1 人配置しても、専門分野だけでは十分な患者数が集まらないため専門外の仕事を行うことになり、医師も患者も不幸な状況に陥ることが多いのです。
このような状況の中で、専門医の数を制限したり地域枠を設定したりして医師を地方に配置するのは、若手の教育の機会を奪うだけでなく、競争原理を働かなくさせ、医療の停滞を招くことになるだけです。
解決策の1つは専門医の短時間派遣
では、どうすれば医師の「地域偏在」を解決できるのでしょうか。
1つの有力な解決策は、都心や中核都市の大病院から医師不足の地方に、専門医が月2回ほど半日勤務などの形で働きに行けるようにすることです。その環境を派遣元と受け入れ側の両者で整えるように促す施策が考えられます。
医師配置にこだわるのではなく、“医療の提供“という観点からすれば、この方法でそれなりに対応できるはずです。なによりも質の高い医療を受けたいという多くの国民のニーズに答えられる施策なのではないでしょうか。
さいたま市の小児救急の対応事例
一方、「診療科偏在」の問題として、産科や小児科、救急科など、24時間体制での手厚い対応が必要とされる科目が医師不足に陥っています。その最大の理由は“労働時間が長くキツイから“に尽きます。
この解決策の一例として、さいたま市の小児救急の対応事例を紹介しましょう。
さいたま市では、小児救急の初期対応についてパンフレット
http://www.city.saitama.jp/007/002/014/001/p011907.html
を作成し配布しています。また、100万人都市でありながら、深夜帯(22時から朝6時まで)の小児救急対応は「社会保険大宮総合病院」の1カ所に集約しています(本コラムの「なぜ日本の夜間休日診療は充実しないのか?」
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45136
この施策が、小児科医が働きやすい環境作りに貢献していることは間違いないでしょう。ポイントは、連携して広い地域を順番でカバーすることです。小さな施設で24時間対応しようとするから疲弊してしまうのです。
また、大病院の人手不足解消のためには、交代勤務性の導入、予定手術前日の当直業務の免除などが必要ですが、2014年の診療報酬改定後も実際に それらを実施している医療機関はわずかに12%(!)しかありません。最大の理由は「基準を満たすためにかかるコストや手間に対して、加算で得られる増収 が見合わない」ということのようです。導入が進むような何らかの追加対応は必須でしょう。
現実をふまえた最終結論を
厚労省の「医療従事者の需給に関する検討会」は、文字通り医療従事者の需給のみを議論する場です。そのため、「専門医の定数を制限する」ないしは「地域枠を設定する」などの施策がベストとされるのは、ある意味仕方がないことだとは思います。
しかし、地域枠で医師を採用しても、実際には「違約金を支払ってもいいから地方では勤務したくない」という医師が出てきています。結局、どれだけ制度を作っても、その制度をみんながある程度喜んで利用するものでないと効果は見込めません。
医師不足の本質的な原因である「症例数が少なくコストに見合わない」や「過酷な勤務」が解消されなければ解決にはつながらないはずです。その現実をふまえた最終結論になることを強く望んでやみません。