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Vol.165 愛知県の救急医療は新専門医制度により崩壊する

医療ガバナンス学会 (2016年7月19日 06:00)


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安城更生病院 副院長/神経内科部長
安藤哲朗

2016年7月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

愛知県は、人口10万人あたりの医師数が202人、全国で38番目である。1位の京都府は307人、2位の東京都は304人に比較して、約3分の2の医師数であり、全国平均の10万人あたり233人よりも少ない。しかし少ない医師数にも関わらず、愛知県の救急医療は受け入れ率が高いことが知られている。2014年の消防庁の救命救急センターの受入率は、東京76.9%、大阪65.7%に対して愛知県は97.1%と極めて高い。また2011年の消防庁のデータによると、搬送先の受け入れ照会に4回以上かかった割合は、東京7.6%、大阪9.7%に対して愛知県は0.9%と極めて少ない。

なぜ愛知県は、医師数が少ないにもかかわらず救急患者の受入率が高いのだろうか?
その主要な理由の一つは、初期研修医、専攻医(後期研修医)のmotivationが高く、救急診療の重要な戦力になっていることだと私は考えている。

名古屋大学では、ほぼすべての初期研修医が大学病院以外の市中病院で研修して、内科や外科などのメジャー診療科は5,6年目までそのまま初期研修の病院で働き、おおむね専門医の資格を取る前後に大学に帰局する。主な教育研修病院では、2年目医師が1年目を教え、3年目医師が2年目を教えるという屋根瓦式教育システムが卒後6年目頃まで形成されている。若い医師は、プログラムやプロセスで教えられるのではなく、医療の第一線で初期から医療チームの一員として働きながら学ぶ。そして指導医は全体を管轄すると共に、医師としてのロールモデルとなる。

屋根瓦式システムの有効性は教育論的には?認知的徒弟制?と考えられる。旧来の徒弟制が丁稚奉公の若手を安い労働力としてみなして教育的配慮が乏しいのに対して、認知的徒弟制ではまず若手はチームの中の周辺的な仕事から参加して先輩の仕事を見て学び、先輩は後輩の能力を見ながら、達成可能な役割・課題を順次与えていき、徐々に仕事の中心的な役割を果たせるように導いていく(これを正統的周辺参加という)。実践的な能力は、現場において実体験を積み重ねることによってこそ身につくので、極めて効果的な教育システムである。

愛知の屋根瓦方式を実践できている病院では、初期研修医年代から救急医療の戦力になっており、極めて教育効果が高いので、卒後3年目になると相当の救急対応能力を身につけている。専攻医の世代は内科ならばsubspecialtyに進み、その診療科の救急の主戦力であり、主治医として責任を負う立場として働いている。そして専門の経験を積むと同時に、全人的な診療をする能力も涵養している。たとえば神経内科で診療する脳卒中患者でも心臓の病気や消化器の病気などを併せ持つ場合が多いが、それを他の専門科にも相談しつつ主治医として全人的に診療をしている。お客様のような短期間のローテートではできない責任を持つ診療をすることが、専攻医のmotivationを高めている。

新専門医制度では内科は初期研修2年の後で、さらに3年間のローテートを求められている。しかも原則1年間は他の病院に移動しなくてはならない。もしこの新専門医制度が開始されると、40年の歴史のある愛知の屋根瓦方式が崩れることになる。病院は大幅に戦力ダウンを余儀なくされ、経営的にもダメージが大きい。専攻医にとっては生活が安定せず、診療・研修に専念できないし、何よりもmotivationが保てない。それはつまり愛知県の救急医療が崩壊するということである。

今般の新専門医制度への主な反対理由は、医師偏在による地域医療の崩壊の恐れである。それも極めて重要な問題であるが、それと同程度に、あるいはそれ以上に問題なのは専攻医のmotivationが低下することではないかと思う。地域によって医療や医師研修の形は異なっている。それぞれの地域には歴史的経緯と独自の事情があり、その中でそれぞれ問題を抱えながらも最適化する努力がされている。新専門医制度は地域による多様性を許さず、全国一律のプロセス・プログラムを要求する。愛知県についていえば、救急医療を崩壊させ専門医教育の質を低下させる新専門医制度は絶対に受入れることができない。

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