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Vol.176 ようやくPTSDのこと

医療ガバナンス学会 (2016年8月2日 06:00)


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ほりメンタルクリニック
堀有伸

2016年8月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今年の4月に「ほりメンタルクリニック」を開業して、もうすぐ4か月になります。夢中に過ごしていたので、あっという間でした。ここまで皆様からの暖かいご理解とご支援をいただいておりますことに、改めて厚く御礼を申し上げます。

診療科目については、「心療内科・精神科・内科」で標榜しています。地域の皆様にとって敷居が高く感じられるのではないかと考えていましたが、意外と気楽に受診して下さる地元の方が多く、私にとってはありがたい誤算でした。先日は、受診して下さるお婆さん同士で情報交換をしていたらしく、「この間〇〇さんが注射をしてもらったようなので、私も注射してください」と頼まれました。高齢者に限らず、昔の神経症、今なら(軽症)うつ病や不安性障害と診断されるような方のご相談も、これも意外に多くいただいております。

これは南相馬に来て精神科の病院に勤めた最初の頃からの印象なのですが、統合失調症やⅠ型の双極性障害のような、いわゆる精神病性の障害の方は少ないです。その理由については、やはり震災後しばらく精神科の医療機関の機能が大幅に失われていたことの影響が大きく、重症の精神疾患を支える余力のあった他の地域に移動したのだろうと予想しています。相双地区から、仙台や福島市・郡山にまで通院している方も結構おられるようです。
そんな中で相談件数が多かったのが、震災後の過酷な環境の変化のなかで認知症を悪化させて生じた心理・行動面の異常についてでした。現在でも高齢者の相談は、一時よりは減った印象はあるものの、確実に新規発生が続いているという感じです。

児童精神科のニーズはあるものの、地域で十分受け止められてはいない、掘り起こせてはいないという印象です。当クリニックでも、月に1回、2日間の児童精神科の先生の応援をいただいておりますが、こちらの予約は余裕の少ない状況になっています。

さて、今回特にご報告したいと考えたのは、PTSDのことです。
一定の割合で、症状の強いPTSDの方を見つけます。放射線や避難生活のことなどで地域に余裕がなかったなかで、津波(地震も)のPTSDが5年間放置されていたのだな、と感じるケースを、見つけることが多くなりました。
ここには私の方の診断能力が高まったこともあると思います。通常のうつ病やパニック障害のような症状で、本人がトラウマについて意識していないように見えても、症状が強かったり長引いたり、よくなっても再発しやすいような場合に、改めて詳細に震災時のトラウマ的な経験を訪ねると、強い反応を示して対応が必要になるケースの経験を積み重ねてきました。そのうちに、「これは」と気がつく感覚が強まったように思います。症状評価尺度を用いて質問すると、びっくりするような高い数値が出ることも珍しくありません。

もう一つ、今までは、地域全体のことを考えると、私の方がPTSDを積極的に取り扱う気持ちになれなかった、という事情もあります。PTSDには自然回復もあるため、精神科の専門医療を提供できる受け皿が少ない状況で、潜在的な患者を掘り起こしてしまうよりも、地域全体の生活再建への協力を優先する方が望ましいかもしれない、そういう判断がありました。
2012年に私が南相馬に来た直後のことを覚えています。ボランティアで地域の世話役をしているある方のご配慮で、うつ病やPTSDの話を皆様にする機会がありました。その話が終わった後で、まさにその世話役の方がはっきりとトラウマ反応を持っていることを話されました。

平常時であれば、その人に強く受診することを勧め、患者になってもらうことを求めたでしょう。もしそうしても、その方は拒否したでしょうけど。その時に私が感じたのは、地域で要になって活動している方々に、しっかりとトラウマ反応が観察できることが少なくないということでした。
しかし、もしその方々を「患者として」掘り起こしてしまったらどうなるだろうか。受け皿が十分にないし、その方々が患者の立場を取ることになって仕事のパフォーマンスを下げてしまったら、さまざまな地域の機能が失われて立ちいかなくなるという実感もありました。なかなか複雑な気分でしたが、PTSDについて強調するよりも、地域全体の機能の回復を目指す働きかけを優先させることを自分の中で決め、対策として、NPO等での活動を通じて「コミュニティの再生がこころの再生につながる」というメッセージを発しました。
(実際に、2011年の12月に震災の影響が強かった地区の仮設住宅の住民241人を対象とした調査で、抑うつを呈していた方が66.8%(重度は14.5%、Zung Self-Raitng Depression Scaleを用いて評価)、心的外傷後ストレス反応PTSRを呈していた方が53.5%(重度は33.2%、Impact of Events Scale-Revisedを用いて評価)だったという報告も行われています)

さて、震災後に5年以上が経過しましたが、相双地区などの被災地では残念ながら安定した日常生活が戻ったとは言えない状況があります。これは、PTSDの自然回復を妨げる要因となる可能性があります。そして、地域の課題は多々残っているものも、現在でも問題として残存しているものは、今後も長期化することが予想されるものばかりで、短期の解決を期待することが困難で、そのようなストレスと共存する方向を考えねばなりません。
そういう事情で、ようやく、PTSDのことを問題として取り上げていくことに、自分自身が納得できるようになってきたという次第です。

現状はまだ、一臨床医の印象としてしかお伝えできないのが残念です。できれば、きちんとしたエビデンスのあるものとして皆様にご提示したいのですが、さまざまな制約の中でそれが今はかないません。ご寛恕いただければ幸いです。今後も研鑽を続け、さらによい報告ができるようになりたいと考えております。

参考
Kukihara H, Yamawaki N, Uchiyama K, Arai S, Horikawa E.: Trauma, depression, and resilience of earthquake/tsunami/nuclear disaster survivors of Hirono, Fukushima, Japan. Psychiatry Clin Neurosci. 2014 Jul;68(7):524-33.

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